長澤忠徳(武蔵野美術大学教授、デザインコンサルタント)書評:
杉浦康平 編著『アジアの本・文字・デザイン』

『アジアの本・文字・デザイン―杉浦康平とアジアの仲間たちが語る』杉浦康平 編著(トランスアート 2,940円)

評者 長澤忠徳(武蔵野美術大学教授、デザインコンサルタント)

「多彩なアジア、そのデザイン思考を語り尽くす」

「杉浦康平とアジアの仲間たちが語る」と副題の付いたこの本は、編著者・杉浦康平への津野海太郎(この本の企画者)のインタビューで始まる。幾何学的で合理的な“杉浦グラフィズム”への高い評価によって、当時最先端のデザイン大学として戦後デザイン教育に多大な影響を与えたウルム造形大学に客員教授として招かれていた1960年代、さらにはその後、ユネスコから派遣されたインドへの旅における、杉浦自ら「人生の第一の転機、思考法の転換だった」と語るにいたる、アジアに目覚めたエピソードが紹介される。

アジアの本、文字、デザインへの他に類を見ない「杉浦アジア図像学」の始源だ。このアジアへの開眼は、アジアの現代デザイン文化を代表する韓国のアン・サンス、チョン・ビョンキュ、中国の呂敬人、台湾の黄永松、インドのR・K・ジョ−シー、キルティー・トゥリヴェディの6人との対話で明らかになる、アジア各国のデザインに絶大な影響を及ぼし続ける杉浦のデザイン思想を知るには欠かせない逸話である。

この対話者6人は、それぞれに杉浦と出会い、交流するなかで、問いかけられ、答えては感化され、自らに宿るアジアと自国の文化の伝統に目覚め、その誰もが、杉浦康平の一貫したアジアの図像と宇宙観に対するデザイン探究の姿に教えられ、勇気をもらって、同じアジアでありながらも異なるその国独自の伝統文化を掘り起こし、デザイン活動や教育を通じて、その意義を問いかけ、造形原理の継承と超越を体現し続けている杉浦を敬愛するアジア文化の導師たちである。

杉浦と彼らの対話は、文字や書物、デザインをめぐって、杉浦が問いかけるかたちで、それぞれの話題に沿って豊富な事例(図版や写真)とともに、驚くばかりの知見と興奮を伴って展開するのだが、「声」に拠る対話は、「文字」で書きとめられ、言葉の厳密さと意味の広がりを明らかにするために、こうして書物にまとめられる必要があった。

「日本人の血脈には、韓国、中国、インドの三つの国(地域)の文化の強力な遺伝子が流れ込んでいる」と杉浦は言う。「それらをどう考えておくべきか、そして、どう未来につなげていくべきかを、アジアの友人たちと話しておきたかった」とも。

日本のアイデンティティをどのように再構築していくか。新しい日本様式を考える政府の懇談会メンバーとしてあれこれ議論し思案した末に、新日本様式の英語表記として「Japanesque, Modern」を思い付いた日、僕は、恩師のこの本のことをここに書くことに決めた。それからというもの、この本に込められたアジアの智慧の深奥に、再び目覚めたアジア人そして日本人としての強烈な自覚は、自分の中に潜む西欧の知への憧れと衝突して、今もなお、自分を揺さぶる。真髄を極めんと精進する人々の生き生きとした対話の一言一言が、これほど強烈に自分を射たことはない。今、日本のデザインがなすべきことに、新たな眼差しを開いてくれる必読の1冊である。(AXIS 117号 2005年9・10月より)

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