東京ステーションギャラリー
「始発電車を待ちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート 9つの物語」レポート

10月1日、約5年半の保存・復原工事を経て東京駅丸の内駅舎が創建当時の姿に蘇る。1914年に辰野金吾が設計した煉瓦壁の建築は、1945年の東京大空襲で3階部分を焼失。工事の目的はこれを復原し、建物全体を免震構造とすることである。

そして、同時に東京ステーションギャラリーも活動を再開する。「多くの人々が行き交う駅を文化の発信地とすること」を狙いとし、1988年に丸の内駅舎の2階を改造して開館。これまでにジャンルを問わず105本の展覧会を開催してきた場だ。

復原工事完成を記念する展覧会「始発電車を待ちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート 9つの物語」では、「東京駅」「鉄道」をテーマに9組のアーティストによる新作を展示する。鉄道を発想源とする、あるいは場所性にこだわる作家の作品を通して、人々の日常生活を支えるインフラであり、歴史的には激動の近代史の舞台となった特別な場所「東京駅」をとらえ直す機会といえるだろう。

▲ パラモデル「パレモデリック・グラフィティ」2012年
東京ステーションギャラリーは、3階から順路がスタート。エレベーターを出てすぐ、パラモデルによる玩具のレールを使った大掛かりなインスタレーションが来場者を迎える。

▲ クワクボリョウタ「LOST #8(tokyo marunouchi)」2012年
近年制作を続ける「LOST」シリーズは、LED電球をつけた鉄道模型と日用品で構成される。ごく身近な日用品や工業製品のパーツが描き出すモノクロームの世界は、その身近さとは裏腹に壮大だ。Photo by Ryota Kuwakubo

▲ 3階展示室から2階へは階段で。創建当時の構造煉瓦(建物を支える煉瓦)を間近で見ることができる。もともとは煉瓦の表面に細かい傷をつけ、その上に漆喰を塗っていた。今回の工事で漆喰を剥がし、煉瓦壁を露出。ちなみに外観から見えるのは構造煉瓦ではなく表面に張った化粧煉瓦だ。

▲ 東京駅3階は戦災で焼失したため今回新たに再現された。階段踊り場のアールデコ調のシャンデリアは1988年の東京ステーションギャラリー開館時のものを使用。

▲ 2階展示室はできるだけ当時の煉瓦壁を残し、その雰囲気を生かした設えとなっている。「展示が難しいなどの使いにくさもあるが、煉瓦の味わいをあえて残した」と冨田章館長。ホワイトキューブとは異なる独特の展示空間だ。

秋山さやかさんは、その場所に滞在して周辺を歩き回り、その足跡を縫い込んでいく作品を制作。新作では約2カ月間東京駅近くのウィークリーマンションに滞在し、毎日同駅に通った。東京駅構内の地図上にびっしりと縫い込んだリボンや糸は、秋山さんの生活そのもの。「旅人と生活者の間のような視点」(秋山)で見た東京駅の姿は、どこか親密さがあって新鮮に映る。

▲ 秋山さやか「あるく 私の生活形 東京駅〜相模大野〜東京駅〜日本橋〜東京駅 2012年7月19日・7月25日、26日、27日、30日、8月8日、13日・8月22日〜9月7日(仮題・2012年8月現在)」
窓は作品保護のために塞がれることが多くなるかもしれないが、今回は秋山さんの希望で窓からの景色も取り込んだ。

東京大学大学院 情報理工学系研究科の廣瀬通孝教授も今回アーティストとして招かれた。同教授は科学技術とアートの接点を探る「デジタル・パブリックアート」の一環として「Sharelog」シリーズを展開している。新作の「Sharelog 3D」は、交通系ICカードに記録された20件の利用履歴が、映像作品として映し出されるというもの。森ビルが制作した東京の1/1000都市模型を合成した3D地図の上を、光の軌跡が行き来するという美しい映像だ。アートディレクターとして鈴木康広さんも参加する。

▲ 廣瀬通孝「Sharelog 3D」2012年
来場者が交通系ICカードをセンサーにかざすと、自分が乗車した区間の履歴がスクリーンに投影される。電車に乗るという行為を客観的に眺めることができる。

また、東京ステーションギャラリーのVIを手がけた廣村正彰さんは、近年取り組んでいる映像シリーズ「ジュングリン」の一環として、同館のアイデンティティでもある煉瓦壁をモチーフにした作品を発表。「デザインとはゼロから発明するものではなくて、日々の事象から生まれる“気づき”が基本になっていると思う」と語る廣村さん。6組の老若男女が煉瓦壁を眺めている映像を、3つのスクリーンで順番に入れ替えながら投影しており、ふとした瞬間に小さな発見をもたらす作品となっている。

▲ 廣村正彰「ギャラリー ジュングリン」2012年

▲ 廣村正彰によるシンボルマークとロゴタイプ。シンボルマークをつなげていくと、煉瓦のグラフィックパターンとしても展開できる。

ほかにも駅や車窓をテーマにした作品はどれも見応えがあって楽しめるものばかり。復原工事が完成した10月1日以降の東京駅をモチーフに、作品を新たに制作したり、アップデートする作家もいる(本城直季、ヤマガミユキヒロ)。普段何気なく利用し、通過するだけの駅や鉄道。見慣れた景色も、これらの作品を通せば今まで知らなかった「東京駅」に出会えるかもしれない。毎日何十万という人々が行き交う駅のなか、というユニークな環境で展開される美術館。今後の企画にも期待したい。(文・写真/今村玲子)

▲ 大洲大作「光のシークエンス」2004-2012年
車窓からの風景ではなく、全国各地を列車で旅しながら車窓そのものを切り取る写真家。細長い空間を生かして展示室そのものを車両に見立て、次々と移り変わる車窓の光をテーマに制作した。

▲ ヤマガミユキヒロ「platform no1/no2」2012年、4分48秒
「キャンバスプロジェクション」と名付けて取り組むのは、精細な鉛筆画を描いたキャンパスの上に同じアングルから撮影した映像を投写したもの。「作品のために東京駅を歩いていて、線路の上に空が抜けているこの景色がとても美しいと思った」という。


【東京駅復原工事完成記念展】
「始発電車を待ちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート 9つの物語」

期 間:2012年10月1日(月)〜2013年2月24日(日)
    平日11:00~20:00
    土・日・祝10:00~18:00
    *10月1日のみ10:00~14:00
    *10月1日以降当面は、入場整理券を配布予定

会 場:東京ステーションギャラリー

入館料:500円(中学生以下、無料)



今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ