NEWS | 建築
2013.03.27 15:34
本誌154号「information」で紹介した「アーク・ノヴァ」プロジェクトが、いよいよ今秋開催されることが決まった。これは、ヨーロッパの3大クラシック音楽祭の1つと呼ばれるスイスの「ルツェルン・フェスティバル」が、宮城県松島町で開催する「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ 松島 2013」であり、ホールの設計には建築家の磯崎 新氏や彫刻家のアニッシュ・カプーア氏が携わっている。
企画のきっかけは、2011年3月11日。報道で震災の被害を知ったルツェルン・フェスティバルの芸術総監督ミヒャエル・ヘフリガー氏が、クラシック音楽の企画事務所であるKAJIMOTOの梶本眞秀社長に「何かできることはないか」と尋ねたところから始まった。
「復興において最優先されるのが衣食住。いちばん後回しにされるのが文化だ。それならばわれわれが移動式のコンサートホールをつくって被災地をまわり、被災された方々に音楽を届けてはどうか」というアイデアを、親交のある建築家・磯崎 新氏に相談。6月になって磯崎氏から「友人で彫刻家のアニッシュ・カプーア氏とともにつくってみたい」と、空気を入れて風船のように膨らむ可動式ホールが提案された。そして、同年8月に「アーク・ノヴァ」プロジェクトの始動を公表したのである。
それから2年が経った今年3月5日、フェスティバルの日程や内容、開催場所などが明かになった。記者会見で梶本社長は「プロジェクトを発表してからここまで辿り着くのが本当に大変だった」と打ち明けた。最大の問題は資金。実現するために基金を立ち上げ、スポンサーを探した。また前例のない可動式ホールは、建築の検討や行政との調整に時間がかかったという。
▲ 3月5日、スイス大使公邸で行われた記者会見。左から、梶本眞秀氏(KAJIMOTO代表取締役社長)、ミヒャエル・ヘフリガー氏(ルツェルン・フェスティバル芸術総監督)、ウルス・ブーヘル閣下(スイス駐日大使)、中西 忍氏(アーク・ノヴァ プロジェクトマネジャー)Photo by Reiko Imamura
ホールの設計を担当するイソザキ・アオキ アンド アソシエイツの小俣裕亮氏によると、2年前に発表したホール案からの変更点として、初期に検討していた形状を構造力学的に実現するためにシンメトリーにしたり、カプーア氏の考案で空に抜ける穴のある形に変えたこと。また、当初発表した700人収容から500人に規模を縮小したことを挙げた。
膜の素材は、約1mm厚のPVC(ポリ塩化ビニル)コーティングポリエステル繊維膜材で、パーツを縫い合わせて巨大なシートをつくり、内部に24時間空気を送り込むことで風船のように膨らませる。東京ドームと同じ空気膜構造だが、ドームを支える骨組みなどはなく、外周にぐるりと鉄骨のバラストフレームを設置し、そこに風船の足元を取り付けるイメージだ。
▲ 記者会見会場に展示された1/50模型。色は計画では暗い赤茶色だが、現在検討中とのこと
▲ 建築スタディ模型
▲ 磯崎 新氏によるスケッチ
▲ アニッシュ・カプーア氏によるドローイング
コンサートホールといえば音響が大きな課題だ。「音響の専門家とともに設計を進め、仮設ホールとはいえできる限りよい環境をつくっていきたい。ポイントは不必要な反射音をいかに吸収させるかということ。現在取り組んでいるアイデアとしては、津波の塩害を受けた端厳寺の杉を使ってホール内に立てる音響調整板を考えたり、杉材でつくるベンチに吸音させる仕掛けをするなどだ。樹皮も吸音効果があることがわかっているので活用したい。また、PVC膜材の風船を天井に浮かべて反響板にするなど、今後もスタディしながら詰めていく」(小俣氏)。
フェスティバルの会期は2013 年9 月27 日(金)~10 月14 日(月・祝)(予定)で、松島湾の景色を臨むエリア(地名は未発表)にホールを設置する予定だ。地理的に東北三県の中心に位置し、ここから別の地域への移動も視野に入れている。ルツェルン・フェスティバル監修によるクラシック音楽のプログラムのほか、東北各地の伝統芸能や市民音楽祭、小中学校の吹奏楽部などとの連携を図り、市民や子供が主体的に参加できる内容になるという。プログラムの詳細については、後日発表されるのを待ちたい。(文/今村玲子)
「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ 松島 2013」
http://www.ark-nova.com/matsushima/
▲ ©LUCERNE FESTIVAL, Peter Fischli
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。