深澤直人(デザイナー)書評:
「あなたのために―いのちを支えるスープ』

「あなたのために―いのちを支えるスープ』
辰巳芳子 著(文化出版局 2,730円)

評者 深澤直人(デザイナー)

「からだに染み込むもの」

著者の辰巳芳子さんをテレビで見た。82歳で現役の料理家である。その生き方に深く感動した。『あなたのために』というスープの本のことは知っていた。表紙はバウハウスのルートヴィヒ・ヒルシュフェルトマックによる作品「Gradation farbig」だった。著者が料理、特にスープは図式化できると考えていたこととこの作品は合致していたそうで、著者自身がこの作品と巡り合ったことの感動が綴られていた。色は食材を、並列はその技法を表し、その重なり合いの融合の美が味そのものであるという。さまざまな食材とその組み合わせの技法が織りなすコンポジション全体がイメージにあってこそ、個々の味に深みを与えられるのだろうと思った。それはデザインも同じである。デザインもあらゆるエレメントの編集作業であって、ないものをあるようにするのではなく、あるものの組み合わせが新しい味を出す。料理もデザインも感覚の記憶の総編集作業であると思った。

著者はスープというものが「おつゆ(露)」と呼ばれることの意味について書いている。露が降り、ものがみな生き返るイメージがスープというものの隠喩であることを大切にされていることに感動する。流し込む液体や食物ではなく、染み込んでいく、からだに浸透していくイメージを持たれていることが、すでにスープをつくるという行為を異にし、本質的な価値と概念を見せ、辿り着く先の深みを感じさせてくれる。

つくられるものはみな、異なるプロセスを辿ることで変わってくると、また、プロセスが同じであれば結果もさほど違わないと、人は思いがちである。しかし、それはあまりにもおおざっぱな理解という気がする。むしろ創作物に込めるイメージこそがその微細な深みや味わいを変えていく。この本に綴られたすべてのことは結局、著者がスープに込めたイメージであり、それは「流し込む」「食べる」という物理的な行為のイメージとはかけ離れた、食す人に優しく浸透していく様であるのだろうと思う。それが『あなたのために』というタイトルになった故でもあるのではないだろうか。

目次はスープを図式化したものになっている。個々に独立したスープのレシピが連ねられているのではなく、出汁やスープのファンデーションから応用に分化していくようにダイアグラム化されている。全体のなかで個のスープの位置が、一目でわかるようになっている。

当たり前のことを手を抜かずにやるということだと思う。「鍋中の煮えつき加減を、見る。香りをかぐ。音を聞く。味をみる。感覚を目一杯つかってほしい。さらに、人の目に触れぬ内心の仕事がある。それは、選んだ食材と、その都度の自分の仕事の、相関の統計を持つことである」(文中より)。

「愛につられ、無心に、よくなるように、よくなるようにと、鍋中を見守る。いつしか天は、用意のある人をつくり、いざの時、必ず、手を差しのべる」。病苦の父のためにつくり続けたスープ。そのときの思いを綴ったものに違いない。 (AXIS 123号 2006年9・10月より)