イタリアの伝統素材
「植物タンニンなめし革」の伝統とその歴史

イタリアの伝統的な手法で生産される革素材、植物タンニンなめし革への理解を深めるイベントが11月21日、都内のイタリア文化会館で開催された。セミナーのテーマは、「トスカーナ産植物タンニンなめし革 伝統と革新への旅路」。今年も満員となったセミナーやカクテルパーティの盛り上がりは、日本でのイタリア産タンニンなめし革の人気の高まりをうかがわせた。

イタリア産なめし革の国内シェアは2012年1-9月期で125%増

「なめし」は、皮革製品の原材料である動物の「皮」に防腐処理を施し、「革」へと生まれ変わらせる重要な工程。数多くの手仕事を経て、時間をかけて革本来の表情を引き出していく。使い込むほどに身体になじみ、味わいが出るのが特徴だ。

現在のトスカーナ産のなめし革は、イタリア植物タンニンなめし革協会(PELLE CONCIATA AL VEGETALE IN TOSCANA)に加盟する、タンナーと呼ばれる23の中小の事業所が生産している。タンナーは伝統的な手法を守り、化学物質を一切使わず、植物から抽出される渋成分「タンニン」でなめすという天然加工法を用いている。

今、日本でのイタリア産なめし革の人気は急上昇中だという。なめし革の総輸入量に占めるイタリア産のシェアは、2013年1月-9月期で5.3%。同期間の前年度比で125%増と伸びている。

染色等の加工を施したなめし革は、同時期でシェア36.8%、金額にして1,561百万円とイタリア産が断トツ1位。2位のバングラデシュ産(シェア19.2%、813万円)との差は年々大きくなる一方だ。

「スタイル」の語源に、イタリアン・スタイルの意味が隠されている

「トスカーナのなめし革職人は、伝統や歴史という糸でつながっている」と話すのは、「商標に関する保護・保証活動について」と題した講演を行った同協会理事のパオロ・クワーリ氏だ。

イタリアン・スタイルの代名詞とも言えるレザークラフト。クワーリ氏は、英語のスタイルにあたるイタリア語のstile(スティーレ)が、「筆記具」という意味から派生して文体や文章様式を表すようになり、そこから、「優雅さや品の良さ、格調の高さなど、人々の生き方を表す言葉になった」と紹介した。

クワーリ氏はその語源にヒントを得て、14世紀からルネッサンスが花開いたフィレンツェで、なめし革の技法をあみ出し、その伝統と歴史を頑なに守ってきたなめし革の職人たちこそ、イタリアン・スタイルの担い手と話した。

▲クワーリ氏は、「非営利団体として、ビジネスとは離れた所で製品の持つ品質の説明をしていきたい」と話した

組合は、腕の立つ職人が生み出される仕組みだった

トスカーナ州の植物タンニンなめし革は、ピサ県とフィレンツェ県のアルノ川流域でつくられる。革なめしの技術はこの地で14世紀以降、めざましい発展を遂げた。

13世紀の中世フィレンツェでは、国際的な取引を行う7つの大組合と、共和国内の取引を専門とする14の小組合に分けて、同業組合を組織。イタリア植物タンニンなめし革協会コミュニケーションマネージャーのバルバラ・マンヌッチ氏によれば、小組合に編成されていた皮革加工職人組合の歴史は、最古の記録が残る14世紀までさかのぼれるという。

▲「歴史的に見るイタリアン・スタイルの始まり」と題して講演したマンヌッチ氏

組合に多くの権限を与えた中世のフィレンツェ共和国では、多くの天才的な親方が誕生した。誰もが働き、失業も存在しない時代だったという。

その頃の皮革加工職人は、なめしの準備となめしを行うペラカーニ、なめし後の仕上げをするクオイアイ、メタル張りのオルペッライ、革商人のペッツァイ、商人であり職人でもある工房主のガリガイに分かれていた。

同業組合は16世紀に始まったメディチ家の支配下で衰退し、協会(ウニヴェルシタ)に再編されて皮革製造者協会に変わった。その協会は18世紀になると、フィレンツェ商工会議所に組み込まれた。

レミ会長は、「フィレンツェ近郊のレザークラフトが、今なお世界的な名声を博していることを考えると、組合がいかに重要な役割を果たしてきたかわかる」と言う。

連綿と受け継がれてきた植物タンニンなめし革技術と生産体制こそが、流行に左右されないイタリアン・スタイル源泉なのかもしれない。

伝統と歴史を生かした現代のコミュニケーション戦略

シエナ大学のマルチメディア・コミュニケーション研究所主任のマウリツィオ・マジーニ教授は、伝統と歴史を生かすイタリア植物タンニンなめし革協会のコミュニケーション戦略について講演した。

▲イタリア産植物タンニンなめし革の生産から流通、ユーザーに至るまでを丁寧に分析する様を話すマジーニ教授

対象となる分析や調査は、協会そのものやロゴに対するイメージ分析をはじめ、ウェブのアクセス解析、コミュニケーション戦略の目的等の5つの事項にわたる。

そのなかでマジーニ教授は、トスカーナ産植物タンニンなめし革のブランドのキーメッセージを、

・クオリティの大変高い素材である
・イタリアで、協会の規定を遵守した加工プロセスを経て製造される
・クオリティとデザインの両面で、他にはない製品をつくり出すことができる

と位置づけ、メーカーとエンドユーザーに向けたプロモーションを展開。また、イタリアの風光明媚な景観や文化遺産、ワイン・食文化などの分野と提携して目標を共有し、ともにブランド価値を高めていくと話した。

▲手がアイコンの協会ロゴマークのタグ。デジタルタグも導入され、トレーサビリティにも対応する

若手の台頭

イタリア文化会館の会場では、さまざまな種類のなめし革や、デザイナーを目指す若者向けのワークショップ「Craft The Leather」で制作された作品を展示。

2013年9月にフランス・パリで行われた業界最大の見本市「ル・キュイール・ア・パリ」のコンペで2013年の最優秀賞を受賞した東京の吉川英佑さん(ヒコ・みづのジュエリーカレッジ)の作品も披露され、来場者たちから次々と声を掛けられていた。そして、植物タンニンなめし革への理解を深める催しは、今年も盛況のうちに幕を閉じた。(文・写真/加藤順子)

▲「Craft The Leather 2013」で、最優秀賞を獲得した吉川英佑さん。「形状記憶というなめし革の特性をいかに捉えて表現するかが勝負だった」とうれしそうに語った




加藤順子/ライター・フォトグラファー。気象解説業を経て、2009年頃より執筆・撮影活動を開始。現在『ダイヤモンド・オンライン』や週刊誌等に寄稿中。ソーシャルデザインやダイアログ系のイベントに出没しがち。共著に『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)等。ブログはこちら