「イタリア植物タンニンなめし革協会セミナー」レポート

11月15日、イタリア文化会館(東京・九段南)で、イタリア植物タンニンなめし革協会によるセミナーが開催された。イタリア・トスカーナ州のタンナー23社が加盟する同協会は、2000年から日本市場に向けて植物タンニンを使ったなめし革のプロモーションに取り組んでいる。

来場者の多くは靴やバッグなど皮革関連業界の関係者やデザイナー、学生など。今年のセミナーでは、「概要だけでなく植物なめしの特性をより詳しく知りたい」との声に応えて、耐久性や染色堅牢度などの試験データと共により技術的な解説に重点が置かれた。長所も短所もオープンにした上で、素材の可能性についての理解を求めた。

▲マッシモ・ボルドリーニ氏(イタリア植物タンニンなめし革協会 副会長)
「協会の目的はルネサンス時代から伝わる歴史的な技術を保護、保存すること。イベントを通じて製品だけでなく、我々のものづくりの情熱と文化そのものを知ってほしい」と挨拶。

植物タンニンなめし革の特性を理解してほしい

なめし革産業は、食肉生産の副産物として存在するものである。動物の皮膚からタンパク質、脂肪、不純物を取り除いてやわらかくし、皮革製品の材料として加工しやすくするプロセスが「なめし」である。多くの場合、安価で効率よく生産するためにクロムやアルミニウム、ホルムアルデヒドなどの重金属や化学物質のなめし剤が用いられるが、イタリア植物タンニンなめし革協会の加盟タンナーは伝統的に樹皮などから抽出されたタンニンを使用する。
(植物タンニンなめしの詳しい概要については昨年のセミナーレポートをご覧下さい)

レオナルド・ヴォルピ氏(イタリア植物タンニンなめし革協会 副会長)

同協会のレオナルド・ヴォルピ副会長によれば、加盟タンナーの多くは家族経営による10数人規模の工場だ。職場と住居が同じ場所にあり、環境保全については自分たちの生活に直結する問題として力を尽くしている。
特に浄化設備には多額の投資を惜しまず、工場から排出されるのはほぼ100%浄化された水のみだという。もちろん製品にも自ら厳しい限界値を設け、有毒物質をほとんど含まないことを必須要件として保証している。

▲協会加盟タンナーによる革の展示。革の香りがいっぱいに広がった会場では、トスカーナ産のワインも振る舞われた。

環境や人体に優しいだけでなく、革本来の自然な風合いや手触りもまた植物タンニンなめし革の特長だ。ヴォルピ副会長は、「革は動物と同じ生き物。同じ革が二枚としてないのは当たり前です。そうした一枚一枚の個性を最大限に生かせるのが植物タンニンなめし革なのです」と力を込める。

その一方で、プロダクトの材料として見た時には「個体差」がデメリットとしてとらえられてしまうこともある。そこで同協会では製造技術規則を定め、水滴や摩擦に対する染色堅牢度や耐光性について検査し、そのデータを公開している。
例えば水滴に対する染色堅牢度は「完璧〜許容範囲内の変化」、摩擦に対しては「平均的に良好」といった結果を示した。しかし、厚い仕上げ層をもたない革の場合は摩擦に対する強度が「不十分」、耐光性についてはタンニンの種類に応じて「軽度〜明白な退色が発生する」といった結果も出た。こうしたデータについてヴォルピ氏は率直に「自然な製品であるが故の限界」と話す。

しかしヴォルピ氏は「それが長所でもある」と続ける。「ユートピアのように何でも夢が叶うわけではない。ナチュラルな風合いを生かすからこその経験変化。むしろそれが植物タンニンなめし革の味わいととらえてほしい。私たちはこの素材に何ができて、何ができないかという情報をオープンにすることで、その特色を皆さんに理解してもらいたいのです」。

教育プロジェクトの報告

続いて登壇したイタリアのファッション・アカデミー、ポリモーダ校のダイアン・ベッカー氏から「CRAFT THE LEATHER(クラフト・ザ・レザー)」について報告があった。
これはトスカーナ経済振興局とイタリア植物タンニンなめし革協会が実施する教育プロジェクトで、今年3月に世界各地のファッション系学校5校から学生をトスカーナに招き、1週間のワークショップを行ったというもの。日本からは文化服装学院の学生2名が派遣された。

▲ダイアン・ベッカー氏(ポリモーダ校)

ワークショップでは、タンナーの工場を見学して技術やプロセスについて知識を深めた後、学生自身が選んだ素材を使って皮革製品づくりに挑んだ。完成時にはイタリアのファッション関係者による審査が行われ、オランダ出身のレネ・ヴァーフーヴェンさん(ArtEZ美術学校)による手袋のコレクションが最優秀賞に選ばれた。

▲学生が製品づくりに取り組む様子が紹介された。

▲プロジェクトの優秀賞に選ばれたレネ・ヴァーフーヴェンさんの作品。「手のしわ」にインスピレーションを受けて制作したという。皮膚とは何かを問い、手の解剖学的構造を調べるなど緻密なスタディの上に成り立つデザインが評価された。

また10人の学生たちの作品はボローニャで行われた皮革製品の国際展示会「LINEAPELLE(リネアペッレ)」にも出展。来場者の人気投票で小島亮介さんのバッグが1位に、丸岡知樹さんの靴が2位に輝いた。
「植物タンニンなめしに地域ぐるみで取り組んでいる様子が印象的だった」と話す小島さんは、現地から受けたインスピレーションとして「人々、未来、自然」をキーワードに作品を制作したそうだ。植物タンニンなめし革については、「ハリがありながらもしなやかで柔軟。何でもつくれそうな楽しさがある」と感想を語った。

▲小島亮介さんのバッグコレクション「明かりがともる」のスケッチ。

▲実際の作品

▲会場で表彰される小島さん。ヴォルピ氏が「ワークショップは楽しかった?」と尋ねると、「とても楽しかったです」と即答。ヴォルピ氏は「楽しいことが一番。タンナーは楽しくなければ続けられません」と微笑んだ。

▲丸岡知樹さんの靴コレクションのスケッチ。

▲実際の作品。「足袋、草鞋、鎧をモチーフにしました。革の表面加工やつや加工など植物タンニンなめし革の特長を感じながら制作することができた」(丸岡さん)

日本のものづくりにも通じる姿勢

イベントの最後に登壇したのは、クリエイティブディレクター(イベントキュレーター、写真家)のオリヴィエロ・トスカーニ氏。ベネトンのキャンペーン広告や有名ファッション雑誌のフォトグラファーとしても知られる同氏は、数年前から同協会のCIや広告、品質表示ロゴなどの制作を手がけている。今年は入れ墨をテーマに撮影した新しいカレンダーを紹介し、「一人一人の人間が違うように、革も一枚一枚違う。そのことを尊重したい」とセミナーを締めくくった。

▲オリヴィエロ・トスカーニ氏。「イタリアは個人主義の国だが、この協会では小さなグループが一緒になって一つのシステムを作り上げている。それは驚くべきことです」。

▲2013年の同協会のカレンダー。同氏はタンナーの職人や地元の女性をモデルにするなど、毎年斬新なテーマのカレンダーを制作している。

映像などで概要や生産工程をわかりやすく紹介した昨年のセミナーに比べて、今回は技術的な話題がメインになったが、最後まで熱心に耳を傾ける聴講者の姿が印象的だった。
イベント後の記者会見でヴォルピ氏は「植物タンニンなめし革はとてもニッチな製品。世界のなかでも特に日本では天然由来の素材に対する消費者の関心が高く、その意義が理解されていると感じています。だからこそ私たちは情報をすべて出したいのです」と話した。

そのために毎年同じ内容ではなく、より深いところに踏み込むことで植物タンニンなめし革についてはもちろん、タンナーの取り組みや地域に根付くものづくりの精神について共有したいとの想いがある。手仕事に誇りを持ち、品質に対して自ら厳しく律する姿勢。日本のものづくりにも通じるクラフツマンシップが伝わってくるセミナーとなった。(文・写真/今村玲子)




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。