ミラノサローネ2011 レポート 1 /東芝
「Luce Tempo Luogo <光・時・場>」

メイン会場内。残された壁をほぼそのまま見せる。

暗闇の中に無数の水滴がカーテンのように落ちてくる。天井に設置された1,000個以上もの高輝度LED電球の光が水滴に反射し、光の粒となって空間に躍る。春雨のようなサーという静かな音だけが響く中、来場者の誰もがこの“水の照明”の幻想的な美しさに時間を忘れて見入っていた。外に出ると、イタリアの強烈な日光が真っ白な石を敷いた中庭に突き刺す。まぶしさに軽くめまいを覚えながら、自然光と人工の光の共演を堪能した——。

中庭。日中は太陽が、夜間はLEDが水面の波紋に光をあてる。

今年は国際照明機器見本市「ユーロルーチェ」の開催年であり、各社LED照明を精力的に出しているが、特に日本企業が押し出すのはLEDならではの光源色のバラエティやきめ細やかな制御技術である。3回目のサローネ出展を果たした東芝は、「ユーロルーチェ」では欧州向けのLED照明のラインナップを紹介し、トルトーナ地区では「Luce Tempo Luogo<光・時・場>」と題した大型インスタレーションを展開。100年もの歴史を刻んだ建造物を舞台に、太陽の光とLEDの光を対峙させながら未来の照明の可能性を訴求した。

エントランスからのアプローチ。

会場構成のパートナーとして参加したのは、DGT(DORELL.GHOTMETH.TANE/ARCHITECTS)。イタリア、レバノン、日本という異なる国の出身者3人によるパリを拠点とする建築家集団だ。彼らはエストニア国立博物館のコンペで勝利した際、設計以前に同国の歴史や風土文化を詳細にリサーチした点が評価されるなど、常にその場所の特異性を前提に建築を進めることで知られる。

メイン会場。インスタレーションは暗闇から始まり、徐々に明るくなる。

エキシビション会場となったコルティーレ・ディ・ヴィア サヴォナ( Cortile di Via Savona )は、100年以上も昔の建造物で現在は壁だけが残る。過去のサローネでもレクサスが会場として使用したことがあるが、普段は福祉施設として利用されており、メイン会場手前の中庭となる部分は駐車場となっているそうだ。DGTはこの建造物そのもののに刻まれた歴史に着目し、インスタレーションを支える重要な要素として位置づけた。一見、“素”を生かした展示のように見えるが、実はかなり手が込んでいる。中庭に水を張るために床面を数10センチ上げ底にし、屋根のない建造物には天井を作って、4トン弱の水を循環させるためのポンプ設備を組み込んだ。

光量が最大になった瞬間。落ちた水滴は床のスポンジ部分にそのまま吸い込まれて循環する。

照明のテクニカルサポートには、昨年と同じく照明デザイナーの岡安泉氏があたった。流れ落ちる水に単にLED 照明をあてるだけでは“光の粒”が際だって見えない。LEDの光量や明滅を100万分の5秒といったギリギリ制御可能な単位でコントロールすると同時に、2色の光源を交互にあてることで粒がより立体化して見えるという。

このようにLEDは白熱球の代替という初期の役割から、高度な制御技術を組み合わせることで全く新しい照明環境や体験を創造するという次の段階に入ったことを確信させられる印象的な展示だった。(文・写真/今村玲子)


今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。