ミラノサローネ2011 レポート 2 /キヤノン
「NEOREAL WONDER」

撮影/大木大輔

キヤノンのミラノサローネへの出展は今年で4回目。回を重ねるごとにコンセプトが洗練され、体感的なエンターテイメントとしての完成度が高まっていく印象だ。実際、同社のエキシビションは、今年初めて開催されたデザインアワード「ELITA DESIGN AWARDS 2011」でグランプリを受賞した。審査員、一般の来場者が「今年の一番の展示はこれ」と認めたのである。

2画面を曲面でつなげたスクリーン。

まず会場に足を踏み入れ、想像を超えた映像と音の迫力に飲み込まれそうになる。入ってすぐの巨大な曲面スクリーンに映し出された高精細の映像はさまざまなイメージや色彩を繰り出し、眺めているだけであらゆる感覚が揺さぶられるようだ。

プロジェクターから張られた糸の束の上に映像が映し出される。

続いて会場の中央に進もうとして、思わず目を見張る。会場を横断する無数の白い糸。プロジェクター側の6カ所から約16m先の壁側に向かって勢いよく糸が放たれるように張られている。その数なんと約2万本。各プロジェクターが投写する映像は対面の壁だけでなく、白い糸にも反射する。よく映画館などで投写の光が空気中の細かいチリに当たって見えるが、それと同じ原理で張り巡らされた糸が立体スクリーンのような役割を担うというわけだ。

「空気の器」の展示コーナー。キヤノンのプリンターを使って出力された紙製の特別バージョンが紹介された。

なぜこんなことを考えたのか。会場構成はトラフ建築設計事務所。話を伺った禿 真哉氏は「映像をさまざまな角度から見てみたり、光そのものの中に入ってみたいと思った」と話す。会場にも展示されているプロダクト「空気の器」では、1枚の平面の紙から細かな切れ目を引き出してつくることで、空気をはらんだような繊細な表現を試みた。今回も、空気のような存在である“光”を視覚化してみたいと考えた。「LIGHT LOOM(光の織機)」と名付けられた空間デザインは、プロジェクターがあたかも光の糸を無数に放出しながら一つの映像を織り上げていくイメージから生まれた。約2万本の糸に分解された映像が、対面の壁で再び映像の形を結ぶ。

撮影/大木大輔

糸は、工事現場などで水平を測定するために使われる水糸を使った。直径0.5mmで張った糸がゆるみにくい特徴がある。とはいえ会場内の湿気などを吸って糸が伸びる可能性があるため、会期中はすべての糸を定期的に引いて張りを保った。また会場の中央には“丘”を設け、来場者が様々な高さの視点で糸のスクリーンを見えるように配慮した。

来場者は糸に触れられるくらいの目線で映像を見ることができ、あたかも映像の中に入り込んだような感覚を体感できる。

一方、映像「Circle of Light (光の循環)」を手がけたのはヴィジュアルデザインスタジオWOW。新製品のデジタルビデオカメラやプロジェクターなどを使用し、入力から出力までキヤノンの技術を活用している点がポイントだ。過去に2回ミラノサローネの出展をはじめとする世界各国での経験を生かし、今回も24台のプロジェクター用の異なる映像が連動しながら一つの時間の流れを作っていく壮大な映像インスタレーションを完成させた。

エントランス(トルトーナ地区、スタジオ・ピュー内)

ふと、無数の映像に囲まれながら生きる現代の日常生活を思った。単に映像を情報として受け取るだけではなく、より能動的に映像そのものとの戯れを楽しむという可能性。映像との新しい関わり方が始まるかもしれない。(文・写真/今村玲子)


今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。