「アブダビアート 2013」より アラブ諸国におけるデザインの課題

アブダビアートの会場。アラブ圏でみられるスーク(市場)をイメージした展示空間は坂 茂によるもの。


7つの首長国からなるアラブ首長国連邦(UAE)の中で、最大の石油産出量を誇る首長国アブダビ。そのアブダビでは、石油産業依存型の経済からの脱却を図り、観光、IT、環境技術といった分野への多角化が推し進められている。アートやデザインといったクリエイティブ産業の育成も重点課題の1つであり、昨年11月に開催されたアートフェア「アブダビアート 2013」にはUAE、オマーン、シリア、レバノンから50のギャラリーが参加、活発に商談が進められていた。その中で唯一、デザインオブジェクトを扱うCarpenters Workshop Galleryのブースではスタッフが「UAEのコレクターがデザインに関心を持ち始めている今のうちから存在感を示しておきたい」と期待を寄せていた。

アルゼンチン出身のPablo Reinosoの「ALADIN SPAGHETTI BENCH」。端が木の根っこや枝のように伸びたベンチは木の本来の姿をとどめているかのよう。©CARPENTERS WORKSHOP GALLERY

しかしながら、より広い消費者層に向けたプロダクトデザインの分野はまだ確立していないに等しい。Carpenters Workshop Galleryで扱っているのは数量限定のリミテッド・エディションに近く、アートピース扱いと言っていいだろう。そもそも、家具に対する考え方がアラブ諸国の人たちと現代の日本人とでは異なる。1980年代まで遊牧生活を送ってきたUAEの多くの人々は、キャビネットや棚といった大きな家具を持たず、低座の暮らしが長く、その生活習慣が染みついている。富裕層の邸宅でも低座の暮らしが残っていると言う。そうした背景をよく知る現地のキュレーターは「UAEの知識階級の中には柔軟な考え方を持っている人も多く、アートのように観念的なものに対しては、かなり先鋭的でも受け入れることができると思います。しかし、日々のふるまいや作業に関わる生活道具や家具となると、体に染みついているものが多く、簡単には変えられないのかもしれない」と説明してくれた。

オランダのデザインユニットStudio Driftの「FRAGILE FUTURE 」。本物のタンポポの綿毛を一つずつLEDに接着して作られたシャンデリア。下の写真も。©CARPENTERS WORKSHOP GALLERY

その一方で、伝統的工芸に現代的な視点やアイデアを取り入れる動きが、日本同様UAEでも見られた。例えば、長い遊牧生活の中で家屋の建材として使われてきたヤシの木から日用品をつくったり、アラビア語のカリグラフィーをそのデザイン性に着目して生活雑貨に応用したり、アラブ伝統の幾何学文様をそのまま構造体にしたスツールなどが生まれている。

遊牧民の住まいの壁材として使われていたヤシの木。アバヤという黒いローブにヘッドスカーフ姿の女性たちがヤシの木の繊維を籠や帽子に編み上げていく。

加えて、天然資源は豊富にあるものの、石油エネルギーやIT産業以外の製造業がまだ発達していない中、原料や素材自体が不足しているというのが現状だ。今後、世界で通用するデザイナーがアラブ圏から登場するかどうかは、製造業の拡大、そしてデザイナーの教育の充実が課題だと感じた。(文/長谷川香苗)

UAEのデザイナーAljoud Lootahがアラブ独特の幾何学文様をスツールの構造に用いたデザイン。