vol.47
「レアオス」対
「イテラ」

前回は、オートバイの分野で最新の電動モデルと内燃機関モデルのデザイン的な対比を採り上げたが、今回は、自転車の世界の温故知新に言及してみたい。

ハイテク素材のモノコックフレーム、LEDライトシステム、ケーブル類の内蔵(ハンドル周りの一部を除く)などを特徴とする「レアオス」は、同名のイタリアの新興企業が開発した電動アシスト自転車。ヨーロッパの免許制度にあわせて、最高速度が25km/h(免許不要)と45km/h(要免許)の2つのモデルが用意されている。

フレーム、フェンダー、ハンドルはすべてカーボンファイバー製だが、2.2kgで11.6Ahの容量を持つバッテリーを含めた車重は22kgと、それなりに重い。250/350Wのモーター(重量非公開)がかなり全体の重さに影響するとしても、応力を受け持つモノコックフレーム自体に強度を持たせるため、壁厚をそこそこ厚くしてあるようだ。

ハンドルも、カーボン素材で一体成形し、中央にデジタルメーターを組み込むために形状が工夫されており、前方に向かってY字に開いた独自のフォルムをしている。

ところで、この最先端の電動アシスト自転車を知ったとき、すぐに思い出したものがあった。それは、同じようにハイテク素材のモノコックフレーム、LEDライトシステム、内蔵されたケーブル類などが特徴の「イテラ」という自転車だ。

このイテラは、たまたま筆者が愛用している中古の1台でもある。自動車メーカー、ボルボの子会社であるイテラ社によって開発・販売されたが、それは1982年のこと。今から32年も前にリリースされた製品なのだ。

ブレーキやチェーン、ボルトなどを除けば、フロントギアやクランクなどを含めてすべて樹脂製で、当時のデザイナーや技術者の意気込みが感じられる北欧モダン的フォルムと構造が特徴となっている。

イテラ社は、もともと、1970年代末に、樹脂素材の自動車ボディや構造材への応用を目指して設立された。しかし、最初から自動車で試すにはリスクが大きい。そこで、研究成果をまず自転車に適用することで、市場の反応を探ろうとした。

この計画にはスウェーデン政府も興味を持ち、国民にアンケートをとってみると、実に10万人が購入の意向を示したという。ファイバー強化樹脂製と聞いて、おそらく多くの人が、軽くて錆びず、金属製自転車に負けない走りを持つ安価な製品を期待したに違いない。

ところが、1982年に発売された製品は、確かに錆びにくかったものの、重く剛性感が不足していた。ディテールに見られる多くのリブが、設計時の苦労を物語る。また、当時の技術では北欧の気候は厳しすぎ、夏には樹脂が軟化してさらに剛性が低下し、冬には弾性を失ったパーツの破損事例が相次いだという。

しかし、いちばん非難されたのは、当時の標準的な自転車のスタイルとはかけ離れたデザインだったようだ。自転車の形態が多様化した今では北欧モダンのグッドデザインと感じられるが、32年前の保守的な消費者からは「世界でいちばん醜い」とまで揶揄されたのである。

その結果、メーカーは3年で解散する憂き目に遭い、余った在庫は、塩害で自転車の錆に悩まされていた西インド地方に払い下げられて人気を博したと言われる。その真偽のほどはともかく、今でもこの製品に触れると、世界を変えようとした意志がはっきりと伝わってくる。その後、日本でも多く見られた軽快車の樹脂製スポークホイールは、その革命の名残だったのだ。

話を戻せば、イテラは電装用の電池ボックスをフロントギア付近に内蔵し、そうした構造やフレーム、ハンドルの形状も、レアオスに通じる部分がある。かつて筆者は、イテラを現代の技術で電動アシスト車として復刻したら、少なからぬ評価を得られるのではないかという記事を執筆したことがあったが、レアロスは、それに近い存在かもしれない。ただ、フレーム中央の持ち手や、荷台の固定システムに見られる卓抜したアイデアを考えると、イテラのほうが理想主義に満ちていると感じる。

レアロスのデザイナーがイテラの存在を知っていたかどうかは知る由もないが、おそらくは、それとは別に理詰めで開発されたデザインであろう。いずれにしても確かなのは、この30年余りで人々の自転車の美に対する価値観が確実に変わったということだ。その意味で、イテラは30年先を走っていたのである。




大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。著書は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。最新刊に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)がある。