第8回
「トム・ディクソン、 照明プロダクトから見るデザインスタイル」

「Beat Light」という照明プロダクトがあります。表面がつや消しの黒で内部が真鍮。真鍮面が手打ちで叩かれ細かい鎚の跡があるランプシェード。光源はハロゲンで、点灯すると真鍮面に当たる光がギラッと反射し、表面とは真逆の華やかな表情が現れます。英国のデザイナー、トム・ディクソンがデザインし、自らのブランドTom Dixonの商品でもあるこのBeat Lightは今では国内外の多くの商業施設や宿泊施設で見ることができます。

写真協力 /TomDixon shop青山

照明器具としての機能の1つである明るさを求めるものではなく、空間全体を印象づけるデザインが多いTom Dixonの照明プロダクトは、Beat Light のほか銅製のランプシェードのCopper Shade など、素材の特徴をそのままシンプルに引き出しているものが多くあります。光の特徴でもある グレア(眩しさ) をあえてデザインの個性として打ち出しているのです。

私が照明の仕事をしてきたなかで、デザイン照明のセレクトの1つとして身近にあったTom Dixonのプロダクト。ディクソンのデザインプロセスやデザイナー&メーカーとしての活動とに関心があり、彼をよく知る方々に取材してみました。

写真協力/E&Y

ディクソンが日本で初めて大きく紹介されたのは1990年代の中頃。国内ではE&Y から照明プロダクト、「Octo」や「Star Lamp」が発売されました。

写真協力/E&Y

特に印象深く残っているのは、テトラポットからイマジネーションされた「Jack」。このプロダクトは樹脂製ですが、樹脂の持つ透過性が照明と相性がよく、さまざまなカラーバリエーションがあり、形の持つ特性によって組み合わせで天板を配せばテーブルになったりスツールになったりと、多様な可能性を表現していて、当時はとてもセンセーショナルでした。

当時、E&Yのプレス担当だったdailypressの川村美帆さんによれば、「市場としても、人気のアイテムで家具のコレクターが買い揃えていったり、ショップのインテリアに取り入れたりと、入荷してもすぐに売り切れる状態でした」とのこと。デザインイベントの時期には、駐日英国大使館でOctoによるインスタレーションも行われ多くの注目を集めていました。

写真協力/E&Y *現在、Octo、Star LampおよびJackは販売されていません

E&Y創設者の中牟田洋一氏のコメントからディクソンのものづくりに対するスタイルがわかります。
「冒険家、トム・ディクソン 。 私が最初にトムに会ったのは1992年ごろ。80年代、彼がロンドンのクリエイティブサルベージ運動の仕掛け人のひとりだったことや、先端的な人々に支持されていたことは知っていた。そして日本でトム・ディクソンの名前が大きく紹介されたのは1994年、E&Yが主催したTOM DIXON展以降だと記憶する。
 ロンドンでトムと一緒につくったプラスチック製の照明のことをよく思い出す。夜中に道で拾った(というよりは、違法に持ち帰ってきた)ポリプロピレン製の道路標識を材料に、独自に改良した高温度のヘアードライヤーを使って素材を溶かしてつくる照明。彼が常に求めてきたのはインダストリアルな”生”な形。若い頃、安い倉庫を自分たちで改造してナイトクラブをつくったり、ヘアーサロンの家具をつくったり、身体で学んだ造形美が原点である。それは、トム・ディクソンは冒険を恐れないデザイナー&メーカーの先駆者として今日も世界中から支持されている所以である」。

照明プロダクトはどうしても電気関係の規制があるせいか、特に日本では斬新なデザインが出にくい分野であるようですが、当時、日本のデザイナーたちもディクソンの照明プロダクトに刺激を受け、規制に捉われずに自由な感覚で提示するようになった気がします。

デザイナーの安積朋子氏は次ように語ってくれました。
「トムは私が駆け出しの頃にデザインを依頼してくれた最初の数人のひとりで、彼がディレクターをしていたHabitatのためにいくつかの家具をデザインしたのが1997年ごろです。彼はロンドンのデザイン界ではアニキ的存在。その頃でもちゃんと工房を持って、自分で溶接してプロトタイプをつくったりしていた。ぶっきらぼうに見えて実はとても繊細な彼の人柄は作品の雰囲気と似ているなぁ、と思いました。彼のクリエイションにの素晴らしさは、素材の持つ強さをデザインで隠さない、そのさじ加減だと思います 」。

ディクソンは自身の手を使うことによって素材1つ1つに向き合っていることが、両氏のコメントからもよくわかります。特に照明プロダクトが多いのも、樹脂やスチールなど光との相性と耐久性がよい素材をよく知っていて、素材そのものの特性が伝わりやすいと感じているのかもしれません。

ディクソンはBeat Lightの開発のなかで、伝統技術を絶やさない活動もしています、彼の著書『DIXONARY』によると、Beat Lightは、インドの女性や子供たちが水を運ぶ水差しに関係しているそうです。昔から水差しは真鍮製できめ細かい槌めを真鍮に打ちこむ職人の技術が特徴です。それが近年では安価で質の悪いプラスチック製の水差しに変わりつつある。伝統技術が失われていくことを知ったディクソンは、職人たちの街、インドのジャイプール市に向かい新しい可能性を見出していくのです。真鍮製の水差しに施される伝統技術をBeat Lightの生産で活かし残していくのでした。

その他、印象深いディクソンの活動は、2006年ロンドンのトラファルガー広場に、1,000個のポリスチレン製の新作椅子を並べ無料で配布したというイベント。広告を椅子の一部に配した、輸送コストや消費文化への実験的なプロジェクトでした。プロダクトの流通に対しても関心を持つ姿にディクソンのデザインだけではないデザインビジネスに対する高いセンスも感じるのです。

彼は自著の最後に自身のことをこのように述べています。
「ものづくりを愛する趣味人であり、実業家とデザイナーとしては成長し続けていて、まだ初心者であるようにしみじみと感じている。デザインのプロセスとそれを実現していくことを理解すればするほど、私たちをとりまく周辺のあらゆることを知れば知るほど、改善すること革新していくことそして、それらを気ままに楽しむことが可能である沢山のことがあるように思う」。

心の底から、ものづくりが大好きで好奇心があり、いくつになってもまるで少年のように無邪気なトム・ディクソン。そんな彼だからこそ、既成概念にとらわれない独自の世界を確立し、私たちをいつも驚かせてくれるプロダクトが生まれていくのです。

写真協力 /TomDixon shop青山

TomDixonのラインナップが一堂に会したショップが7月に東京・青山にオープンしました。訪れてみると、初めてトム・ディクソンの世界に出会ったときのワクワクする気持ちが自然にこみ上げてきました。(文/谷田宏江、ライティングエディター)

取材協力(敬称略):
中牟田 洋一  http://industryplus.com.sg/
安積朋子 http://www.tnadesignstudio.co.uk/
川村美帆  http://dailypress.org
E&Y http://www.eandy.com/
Tom Dixon Shop 青山店 http://www.tomdixon.jp/shop/index.html