第7回
「デザイナーの役割は、見直しの時期にきている。
プロダクトデザイナー 加賀谷 優」

加賀谷 優という名が初めて公に出たのは、2014年秋、東京・有楽町のATELIER MUJIで開催された「無印良品~加賀谷 優の仕事」展だった。無印良品のほぼ創成期から、日用品や文具のデザインを手がけているプロダクトデザイナーだ。

▲ 加賀谷氏の初個展は、2014年9月19日〜11月16日の期間、ATELIER MUJIで開催された。Photo by Naoki Fujioka

「子どもの頃の暮らしが影響しているかもしれません」。デザイナーになったきっかけを訊ねると、加賀谷氏はこう答えた。

生まれてから6歳まで暮らした中国・大連には、大陸のおおらかさとヨーロッパ風の街並みが混在した不思議な空気感があったという。帰国して住んだ石油会社の社宅は、自然あふれる豊かな環境の広い庭園のなかに2階建てのテラスハウスが点在する集合住宅。部屋からはテラスと広い芝生の庭と市営の動物園が見えていたそうだ。

社宅の建設は続けられていて、そこで働く設計士の姿を見て「こういう仕事がしたい」「暮らしていて楽しい家を建てたい」と思ったという。工業高校の建築科を出て、建築会社で現場監督を2年経験後、金沢美術工芸大学工業デザイン科に入学。

大学で課題を提出しながら、徐々に建築よりもデザインのほうが自分の肌に合っていると感じたそうだ。そして、卒業後、GKインダストリアル研究所などを経て自身の事務所を開設し、現在に至る。

▲ 名刺入れは、抜き取って相手に渡し、もらった名刺をなかに入れるまでの所作が美しく見えるように考えてデザインしたという。Photo by Naoki Fujioka

加賀谷氏はこれまでオーディオ機器や事務機器、カメラなど、さまざまなデザインに携わってきた。だが、速いサイクルでつくっては捨てられる、インダストリアルデザインの世界に次第に疑問を感じるようになっていった。そして、これまでとは違う価値観を探していたとき、無印良品との運命的な出会いがあったという。

80年代初め、加賀谷氏は無印良品の日用品や文具などのプロダクト部門初のデザイナーとしてデザインを手がけることになった。「面白かったですね。と同時に、大変なことだと思いました」と、当時を振り返って語る。

「生活道具は使いやすく、長く使い続けていただける物でなくてはなりません。思想が見えすぎない、ちょうどいいところを見極めてデザインするのが、難しいと今でも感じます。無印良品が目指す理想の世界に近づきたいと思いながら、走り続けてきましたけれど、まだ遥か先かもしれません。難しいです。でも、難しいから、楽しいですね」。

▲ 三輪車は1983年、自転車は1989年に発売された。自転車は、簡素なH型フレーム構造、オプションでさまざまにアレンジできる。Photo by Naoki Fujioka

奇抜で極彩色な物があふれた80年代。そのなかで無印良品の商品はアルミやステンレス、紙、樹脂など、素材そのものの色を生かしたナチュラルさと、ごく普通の暮らしに寄り添う優しさがあった。また、当時はブランド全盛期でもあり、あらゆるものにロゴやマークが付けられたなかで、デザイナー名を表に出さず、ノーブランドのアノニマスな生活道具というのは清々しく感じられた。

けれども、加賀谷氏は「すべての物がアノニマスである必要はない」と考える。「例えば、『ポール・スミスがデザインした服』ということに価値を感じる人がいる一方で、『洗いざらしの白いコットンのシャツ』がいちばんと思っている方も。いろいろあっていいし、自分の意見だけを正しいと主張する社会は窮屈です。スタンダードなコットンシャツやジーンズは誰がデザインしたのかなんて考えませんよね? 僕はこの『誰もつくり手のことを意識しない物』のほうをこれからも考えていきたいと思っています」。

▲「敷蒲団が空中に浮いているように見える、寝るための道具」としてデザイン。畳のように、暮らしのなかでさまざまな用途に使える。Photo by Naoki Fujioka

無印良品には、長く愛され続けているロングライフ商品も多い。このベッドは、1991年から販売されている。「脚付きマットレス」という名が付けられ、寝具として、あるいはちょっと腰掛けられたり、寄りかかれたりするソファやベンチ、テーブルやデスク代わりにもなる。

ほかにも、左右どちらから開いても使えるノート、耐水性があるのでリビングでもキッチンでも庭でも使えるポリプロピレンのファイルボックス、アクリルケースやポリエチレンのボトルなど。汎用性に優れ、多様に解釈することができ、使い方が使い手に委ねられているということも、面白いところだ。それは暮らしの楽しみ方を広げることにもつながっていく。

こうした無印良品の概念に深く共感するという、加賀谷氏。「僕らデザイナーがこういう思いでデザインして、人々にこう使ってほしいと思うことなど、何の意味も持ちません。買われた方が自分の思い通りの使い方をする。それがすべてです。自分なりの使い方を発見されたり、僕らが思ってもみなかったような斬新な使い方をされたりする方がいたほうが、嬉しいですね」。

さらに言えば、いわゆる「無駄を削ぎ落とした」シンプルなデザインも、無印良品の魅力の1つだろう。だが、加賀谷氏はデザインするときに引き算ではなく足し算をしていくのだという。

インタビューをした喫茶店でコーヒーカップを持ち上げながら、加賀谷氏はこう語った。「例えば、新しいコーヒーカップを開発するとします。私たちは市場調査やサンプル集めはしません。まずその物は誰とどこで使われるか、使われる時間、どこにしまうかなど、コーヒーカップの背景をすべて抽出します。次に使う素材や外形、サイズの検討、取っ手の有無など必要なものとそうではないものを仕分けしていく。ゼロの状態から始めて、最終的に本当に必要なものだけを足していきます。つまり、引き算ではなく足し算をしていくのです」。それにより、美しいだけでなく、生活のなかできちんと機能する物になるのだろう。

▲「物は生活空間の背景として存在する。そのとき個々の主張やこだわりは邪魔になるため、何の変哲もないものを」と考えてデザインしたのが、このファイルボックス。Photo by Naoki Fujioka

1990年頃、「デザイナーの役割は変わった」と加賀谷氏は感じたという。「80年代頃から物を所有することで心が満たされ、物が自分を幸せにしてくれるという物信仰のようなものがあって、デザイナーもそれに加担する傾向があったように思います」。だが、デザイナーの役割は「ずっと前から、見直しの時期がきている」とみる。

「みな本当は、物に頼る生活ではなく、もっと別の幸せを求めているのではないかと思うのです。例えば、恋人や家族と一緒に過ごす豊かな時間や、地球環境に負荷をかけない暮らしなど。身の回りにあるものは、特別な物ではなく、普通の物でいい。無印良品では、そんな普通の物を提供し、永く、大切に使う価値を提案してきました。でも、そのコンセプトが大多数の人々の賛同を得るのは、まだ遠い先かなと思っています。未だに世の中には物信仰がありますよね。世の中に無印良品のような考えを持った商品がたくさんあれば、生き方の選択肢も広がってもう少し世界はハッピーに……。そんなことを夢想しています」。(インタビュー・文/浦川愛亜)

▲「無印良品~加賀谷 優の仕事」展には、加賀谷氏のアイデアスケッチが描かれたノートや模型なども展示された。


加賀谷 優/プロダクトデザイナー。1949年中国・大連生まれ。工業高校を卒業後、建設会社に勤務。1974年金沢美術工芸大学工業デザイン科卒業後、同年、GKインダストリアルデザイン研究所入所。1982年に独立し、友人と事務所を設立。1988年に加賀谷 優デザイン事務所に名称変更。2006〜2007年、良品計画の嘱託デザイナーとして、シンガポールに駐在。現在、無印良品のプロダクト部門の外部デザイナーとしてデザインを手がける。