人々のための場所をつくった建築家
「リナ・ボ・バルディ」展

ブラジルで活躍した女性建築家、リナ・ボ・バルディの回顧展がワタリウム美術館で開催されている。リナが手がけた建築を中心に、インテリアデザインや家具、工芸のコレクション、インタビュー映像などの資料を豊富に紹介。リナの人物像やデザインのベースとなる考え方を感じられるような内容だ。

▲ 展示会場(2階)の入り口。右手の木のオブジェは「道ばたの椅子」(1967年)。道で拾った木の棒をツルで結んだだけのシンプルなもの。大衆の工芸品を愛したリナらしい作品


リナ・ボ・バルディはローマ生まれのイタリア人。ローマ大学を卒業後、ミラノのジオ・ポンティの下でインテリアデザインやデザイン誌の編集に従事していたが、1946年に美術評論家の夫とともにブラジルに移り住んだ。サンパウロ市内に自邸「ガラスの家」(1951年)を設計すると同時にブラジル国民となり、92年に78歳で亡くなるまでこの地で暮らした。リナが設計した公共建築は今でも人々に愛され、憩いの場となっている。

本展を監修したのは建築家の妹島和世氏で、会場デザインはSANAAのOBである周防貴之氏が手がけた。妹島氏がリナ・ボ・バルディの建築と出会ったのは2008年。仕事でブラジルを訪れた際、リナの作品に触れて衝撃を受けたという。「イタリア気質とでも言うのか、ラショナル(合理的、理性的)で繊細な近代建築の側面と、赤い土や藁などブラジルで出会ったものを自由に採り入れる大胆さのミックス。今見ても新しく、力強く、とても魅力的に感じました」(妹島氏)。その後、妹島氏は2010年のヴェネチアビエンナーレ国際建築展で総合ディレクターを務めた際にもリナの作品を紹介した。

▲ 床はリナが設計した「サンタ・マリア・ドス・アンジョス協会」(1978年)が建つ土地の赤い土を再現し、壁は「ガラスの家」(1951年)の石壁を模している。リナは植物に詳しく、プロジェクトの植栽についても細かく指定したという

▲ リナが最初に設計した「ガラスの家」(1951年)。傾斜地に建ち、見晴らし側が完全にガラスで覆われており「ジャングルのなかに立っているような眺め」(妹島氏)だという内装や家具もすべてリナがデザインを手がけた

▲ 3階展示室は、「ガラスの家」のリビングにインスピレーションを受けた構成。床のガラスタイルは「ガラスの家」で使われているものをブラジルから取り寄せた

▲ リナがデザインした「ボール・チェア」(1951年)。金属の構造体にボール型のシートを載せただけのシンプルなデザインは、リナが手がけたほかの椅子にも通じる


本展のために妹島氏をはじめとするメンバーは今年3月にブラジルを訪れ、リナ・ボ・バルディの主要な建築を視察した。そのなかから最初の作品である自邸「ガラスの建築」と、3つの公共建築プロジェクトを選び、模型やスケッチとともにメインフロアで紹介する。特に公共建築に関して「すごく勉強になりました」と妹島氏。「建築単体としてできることと、周囲の環境や利用する人々がいろいろなかたちで融合している。リナの建築を見ていると、公共の場というものが皆のためにもっと力を持てるはず、と勇気づけられます」。

サンパウロ市内の幹線通りに面した「サンパウロ美術館」(1957〜1968年)は、1階部分が市内を一望できるオープンスペースになっており、多くの市民が集い、思い思いに過ごす広場のような役割を担う。妹島氏は「周囲を大きな道路に囲まれ、建物の地下にも高速道路が走っているような環境。都市のなかで、人々のための場所をつくったということだと思う」と視察した印象を語った。

▲「サンパウロ美術館」(1957〜1968年)の1/50模型。2階展示室では、リナが設計した12のプロジェクトのうち4件を模型とともに紹介する。精細かつ迫力のある模型のデザイン制作は、野口直人建築設計事務所(協力:横浜国立大学都市イノベーション研究員)

▲「サンパウロ美術館」1階のオープンスペース「ベルヴェデーレ」を描いたドローイング「夕暮れの影」(1965年)


また、廃業したドラム缶工場を改装し、劇場や運動場などを擁する複合施設へと再生した「SESC ポンペイア文化スポーツセンター」(1977〜1986年)も、人々が気軽に立ち寄って過ごせる開放的な雰囲気がある場所とのことだ。「大きなギャラリーや子どもの教育に使われる場所など、いろいろなことが丁寧にプランニングされている。リナがつくった楽しげな家具が随所に置かれて、とても生き生きとした空間」(妹島氏)。

リナが本プロジェクトのために描いたカラフルで可愛らしいスケッチも会場で展示されている。プールのタイルや、アイスクリームの屋台、サッカーチームのユニフォームなど。リナが建築だけでなく、そこで起こるさまざまな活動やコミュニケーションまで見据えて“場所のデザイン”を手がけていたことが伝わってくる。

▲「SESC ポンペイア文化スポーツセンター」(1977〜1986年)1/50模型。旧ドラム缶工場を改装するとともに、2つの建物と貯水塔を新設。図書館や劇場、プール、ギャラリーなどを含む公共スポーツ文化センターとして再生させた

▲「SESC ポンペイア文化スポーツセンター」の新設部分。2つの建築を橋でつなげている

▲ ワタリウム美術館の窓に設置された「SESC ポンペイア文化スポーツセンター」の「雲型窓」の原寸模型。ガラスではなく格子をはめただけの“穴”であり、それによって自然換気を促す。リナは73年と78年に日本を訪れており、京都や鎌倉の建築から着想したのかもしれない

▲ リナは建築だけでなく、内装や家具、ユニフォームまであらゆるデザインを手がけた。どれも絵本のように色彩豊かな楽しさに溢れている


妹島氏をはじめとする企画メンバーが、ブラジルでの旅を通じて受けた印象を丁寧にかたちにした本展。会場は南米の植物で彩られ、床にはブラジルの赤い土を再現し、「ガラスの家」と同じガラスタイルを貼るなど、現地の雰囲気を伝えている。リナは、イタリア時代に叩き込まれたモダニズムの影響から、シンプルでシャープなデザインを追求する一方で、ブラジル特有の自然や工芸品など土着的な要素にも強く反応し、柔軟に採り入れた。移住者ならではのローカルを見つめる新鮮な視点と、そこで暮らす人々のための場所をつくりたいという想い。それが、リナの建築が今なおブラジルの人々に愛されている理由なのかもしれない。(文・写真/今村玲子)

▲「サンタ・マリア・ドス・アンジョス教会」。サンパウロ郊外の住宅地に建てられた教会。資金が乏しく、砂、粘土、漆喰、藁など最小限の材料を使いながら、自然と調和し土着的な温かみを持つ建築を生み出した


「リナ・ボ・バルディ展 ブラジルが最も愛した建築家」

会 場 ワタリウム美術館

会 期 2015年12月4日(金)~2016年3月27日(日)

休館日 月曜日(12/14, 21, 28, 1/11と3/21は開館) 12/31〜1/4は休館

開館時間 11:00〜19:00まで(毎週水曜日は21:00まで)

詳 細 http://www.watarium.co.jp/exhibition/1512_lina/



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。