第10回
「生活や人と物との関係がほんのわずかでも変わっていくものをつくりたい、家具デザイナー 藤森泰司」

▲ 中学校で使用するための机「地域産材で作る自分で組み立てるつくえ」。

藤森泰司氏と初めてお会いしたのは、建築家の長谷川逸子氏の事務所を独立したばかりの頃、2000年だった。

その後、建築家と組んで保育園や学校、介護施設などの家具計画を手がける傍ら、独創的なコンセプトモデルを次々に発表していった。2006年には、初のスタンダードの家具シリーズ「MW-100シリーズ」を内田洋行から発売。その際に『AXIS』(vol.122)で話を伺ってから9年。家具デザイナーのなかで、今、最も多彩に数多くデザインしている藤森氏に、改めて家具についての想いや考えを聞いた。

▲「RINN」。マジックテープによって座面のファブリックを着脱可能にし、日常使いにも配慮した。

藤森氏はその後も空間の家具計画を手がけながら、この9年の間に実にさまざまな家具を生み出していった。転機となったのは、アルフレックスジャパンとの仕事だったという。2011年に発売されたイス「RINN(リン)」とテーブル「RITA(リタ)」である。

完成するまでに約2年の歳月がかかった。最も多く時間を費やしたのは、社員スタッフとの話し合いだったそうだ。数多くの名作を世に送り出してきた、歴史ある会社。そこから今、どのような家具を打ち出していくべきなのか。

藤森氏が考えたのは、同社の持つ、成形合板の高い技術を現代のデザインに生かすこと。そして、背もたれからアーム、脚先まで木目を継ぎ目なくつなげて、流れるような美しいラインを描いた、シンプルで軽快なデザインを考案した。この家具シリーズは記録的なヒットを生み、ホームユースだけでなく、カフェや公共施設でも使用され、ロングセラーになっている。

▲「MONARDA」。同シリーズでは、コーヒーテーブルやリビングボード、クッションもデザイン。

それ以降、さまざまなメーカーから声がかかるようになる。2013年には徳島県に本社があるestic(エスティック)社のブランド「formax(フォルマックス)」から、ソファシリーズ「MONARDA(モダルナ)」を発表。日本では概ね、ソファが壁付けにしてテレビを観るための存在だった。以前から、藤森氏はソファと人との関係について考えていた。

そして、バックレストとアームを同じ高さと厚みにし、ソファに取り付けられるトレイやスツールなどのオプションもつくり、360度いろいろな方向からアクセスできるようにした。家族みんなが集まる場所、体を預ける場所として、ソファを「座るもの」ではなく、そこで「過ごすもの」としたのである。

▲「Tansy」。座っている人も、介護する人もどこでも自然につかめるように、手すりのようなアームを配したデザインも特徴的だ。

2014年には名古屋に本社を置くパブリック社のブランド「arti(アルティ)」から、シニア向け施設へ向けて開発したイス「Tansy(タンジー)」を発表。背もたれから座面にかけて、三次元加工したシェルが体の形にぴたりと沿うようなラインを描く。それにより、座面の奥に余分な空間が生まれず、安定した座り心地と背中をそっと押すような立ち上がりやすさが生まれた。両親がイスに座っている様子を見て感じたこと、それが発想のきっかけになったようだ。

こうした人と家具との間の違和感やズレのようなものを埋めたいと、藤森氏は常々、考えてきた。以前はその違和感やズレをあえて抜き出してコンセプトモデルとして表現していたが、今はそれらの問題を日常性につなげるデザインで解決して実際の製品に落とし込んでいる。

それには建築家と組んで行う、空間の家具デザインの経験が影響しているようだ。「空間で考える家具は、どういうところに置かれて、どういう人たちが、どのような場面で使うのかということを念頭に、建築家やいろいろな方とのコラボレーションによってつくり上げていきます。家具単体のデザインを手がけるときも、周りも含めた空間や過ごし方を一緒に提案していきたい。デザインがきちんとリアリティを持って、生活のなかに入っていくことを大事にしたいと思うようになりました」。

▲ 事務所にて。本棚の上には、試作のための1/5スケールの模型が並ぶ。

       
だが、家具のなかでも、特にイスは名作と言われるものを含めて、たくさんある。なぜまたつくるのか。藤森氏はこう語る。

「イスは常にそのつくられた時代の感受性と無縁ではいられません。ゆえに、現代の暮らしには現代のイスのありようがあると思うのです。かつてのイスでもいいのですが、どこかでズレが生じてくる。だとしたら、自分たちが生きている世界ときちんと向き合うこと、そうした同時代性こそが新しくイスをつくる原動力のような気がします。イスを含めた家具の領域において、デザイナーがやるべきことはまだたくさんあると思います」。

▲ COMMOC(コモック)から販売されている「Ruca」。これまで「Windsor Department」のプロジェクトで発表してきたイスは、ほとんどが製品化されている。

藤森氏はスタンダードな家具のほかに、かつてのコンセプトモデルのような実験的な家具もつくり続けている。

INODA+SVEJE、DRILL DESIGNとともに、ウィンザーチェアのデザインを探究する「Windsor Department(ウィンザーデパートメント)」の活動もその1つ。クライアントを持たず、デザイナーが自主的にデザインを考え、自費で製作して展示形式で発表するというものだ。

「Ruca(ルカ)」をデザインするきっかけになったのは、内田洋行(現在はパワープレイス株式会社に所属)の若杉浩一氏が購入したイスを見たことだった。それはFDB(デンマーク協同組合連合会)でフォルケ・パルソンが制作した「J77」。座面が浅く、華奢なプロポーションのこのイスに惹かれた。

自身も購入して実測するなどして調べていくうちに、興味が高まっていく。そして、同じくウィンザーチェアに興味を持っていたDRILL DESIGNの林 裕輔氏と話をするうちに、このプロジェクトに結びついた。2016年2月には、4回目となる展示でまた新しい家具を発表する予定だ。

▲「Lono」。3つの箱は、蓋を手前に倒すものと引き出し、カギをかけられるものと3タイプある。Photo by Yosuke Owashi

丹青社の「人づくりプロジェクト」でも毎年、独創的な家具をデザインしている。これは同社の新入社員がデザイナーや職人とともに製品をつくり上げていく、社員教育の一環として行われているものだ。

そのなかで、2013年に藤森氏がデザインした「Lono(ロノ)」は、収納家具について再考したもの。これには人と物との関係性を追究した恩師、家具デザイナーの大橋晃朗氏の影響が多分にあるそうだ。

最新作は冒頭の写真にある、内田洋行で製作された奈良県吉野町立吉野中学校のための机とイスである。奈良県の吉野郡吉野町は、杉と桧の産地。「Re:吉野と暮らす会」の木材関係者の有志たちが子どもたちに地域産材に触れる機会を与えて、自分たちが住んでいる町に対しての意識を育てていきたいという思いから、約5年がかりで実現したものだ。

以前から学校の家具をデザインしたいと思っていた藤森氏にとっても、念願がかなったプロジェクトだった。というのも、学校の机とイスは、子どもたちにとって1日のなかで最も長く触れているものであり、そこでいろいろな出来事が起こり、思い出もつくられる。けれども、学校の建築はさまざまなものが生み出されているが、机とイスは昔のままだったからだ。

これらはいずれも地域産材を使用し、机は入学時に天板部分を生徒が自分で組み立ててつくり、卒業時に家に持ち帰ることができるという仕組みになっている。「こうした体験をすることによって、子どもたちの中で何かが少しでも変わっていくかもしれない」と、藤森氏は彼らの未来を展望する。

9年振りに話を伺って、以前と変わらぬ家具に対する藤森氏の地道でひたむきな姿勢と共に、そのアイデアの源泉が今も絶え間なく湧き続けているのを感じた。そして、「それがあることで生活や人と物との関係がほんのわずかでも変わっていくものをつくりたい」というのが、今も昔も変わらない藤森氏の想いである。変わったのは、頭の中にあった考えがリアルな生活の場に広がっていることだ。今後どのように深化していくのか、数年後にまたその想いを伺ってみたい。(インタビュー・文/浦川愛亜)


藤森泰司/家具デザイナー。1991年東京造形大学造形学部デザイン学科卒業後、家具デザイナー大橋晃朗に師事。1992年より長谷川逸子・建築計画工房に勤務。1999年に藤森泰司アトリエ設立。家具デザインを中心に、建築家とのコラボレーション、インテリアやプロダクトデザインの分野で活動中。近年は家具的な思考を掘り下げていくことによって、スケールを問わずにさまざまなデザイン分野へ活動領域を広げている。2010年、2013年グッドデザイン賞、2015 年グッドデザイン・未来づくりデザイン賞受賞。 http://www.taiji-fujimori.com/ja/

◎藤森泰司氏の関わる主なプロジェクト

内田洋行(「地域産材で作る自分で組み立てるつくえ」)
http://www.uchida.co.jp

アルフレックスジャパン(「RINN」「RITA」)
http://www.arflex.co.jp

formax(「MONARDA」)
http://www.estic-jp.com

arti(「Tansy」)
https://www.arti-tokyo.com

COMMOC(「Ruca」)
http://commoc.jp

「Windsor Department」
http://windsordepartment.com

丹青社(「人づくりプロジェクト」)
http://www.tanseisha.co.jp