香港ビジネス・オブ・デザイン・ウィーク2015
「 カーデザイナー ピンキー・ライ インタビュー」

中国人初のカーデザイナーとして歴代のポルシェのデザインに関わってきたピンキー・ライ氏。昨年末香港で開催されたビジネス・オブ・デザイン・ウィーク(BODW)のアジアデザイン賞では、長年にわたるデザインへの功労者に贈られるLifetime Achievement Awardを授賞した。BODW会場で氏に中国の自動車産業について尋ねた。

あなたがカーデザインの世界に入ったころと、今とではクルマに対する社会のニーズが変化しています。

そうですね。今では、デザインにはスタイリング以上に、クルマの中でどのような時間を過ごすことができるのかの提案が求められています。ユーザーフレンドリー、つまり使い勝手のよさという点ではどのクルマも同じようなレベル。ほかのクルマと差別化するためにはエモーションを呼び起こす要素が必要だということです。従来であれば、エモーションは数値化、相対化できない要素でしたが、今ではデータ分析できる時代ですから。とはいえ、最近ではエモーションを引き起こすデザインという表現が濫用されている感があります。私としては、ある種のドラマ、物語性を帯びたデザインに惹かれます。商業的な成功だけでなく、1つの文化を形成することができて初めてグッドデザインと呼べるのではないかと思っています。

ポルシェ 996のデザイン検討をするライ氏。

香港に生まれ、長年ドイツで活動されてきましが、香港に戻った理由は何でしょう?

中国の自動車産業にデザイナーとして貢献したいという想いからです。70年代から急速に成長した日本の自動車産業はデザインとともに歩んできたと思います。中国でも確固とした自国のカーブランドがほしいと、80年代から欧米のメーカーとともにジョイントベンチャーが立ち上がってきました。最初はフォルクスワーゲン、その後GMが中国資本のメーカーとジョイントベンチャーを立ち上げ、生産を開始しました。ノウハウが蓄積され、ご承知のように中国は今やメルセデスベンツの製造ができるほど、高度な技術を持つ工場と化しました。しかし、自国ブランドではうまくいってない。小規模の中国ブランドが生まれましたが、いつの間にか消えてしまった。それは中国独自のデザインが欠落しているからです。

ポルシェ 996のスケッチ。

中国人のデザイナーが育ってないということも要因の1つでしょうか?

優秀なデザイナーはいるのです。彼らの多くが欧米のデザインスクールで学び、中国に戻ってくるのですが、デザインの意思決定権を持つ経営者レベルが育っていない。中国のカーブランドは欧米のデザイナーにデザインを依頼することが多いのですが、それでは欧米ブランドのデザインと変わらなくなってしまう。同じデザインであれば認知度の点から中国人は欧米ブランドのクルマを買います。中国独自のカーデザインが生まれるためには、デザインにおけるリーダーシップが必要です。私ももう60歳を超え、中国の経営者も私の言うことに耳を傾けてくれるくらいのキャリアを積んできました。そこで、2012年に中国の自動車メーカーのコンサルティングを担う会社を立ち上げたのです。まだまだカーデザインに関わっていくつもりです。(取材・文/長谷川香苗)

ポルシェ ケイマンのスケッチ。

ピンキー・ライ/1951年香港生まれ。72年ローマでインダストリアルデザインを学んだ後、80年英国RCAでトランスポテーションデザインの修士課程を修了。フォードの欧州オフィスでデザイナーとしてキャリアをスタートし、82年から83年にかけてシエラ、フィエスタなどのデザインに関わる。84年BMWのシニアデザイナー、89年ポルシェ・デザインチームのチーフデザイナーに就任。987ボクスター、911カレラ、ケイマンを世に送り出した。2012年にブレインチャイルドデザインを設立。
http://brainchild-design-group.com