「メゾン・エ・オブジェ・アジア」
「IFFS」からアジアの注目デザイナーをピックアップ

3月8日〜20日まで、今年で3回目となるシンガポールデザインウィーク(SDW)が開催された。2カ所で開催された家具の見本市「メゾン・エ・オブジェ・アジア」および「IFFS(International Furniture Fair Singapore)」をはじめとし、市内では若手のシンガポールデザイナーが集まる「シンガプルーラル」、ナショナルデザインセンターでの展示、オープンスタジオ、新ショップのオープニングイベントなど、期間中にさまざまな催しが行われた。本誌181号(5月1日発売予定)でもSDWを紹介しているが、これに先駆けて3回にわけてレポートする。

▲ メゾン・エ・オブジェ・アジアの会場となったマリーナベイ・サンズ エキスポ&コンベンションセンターは、マリーナ・ベイに面する総合リゾートホテルの中に位置する。©M&O ASIA / AMARANTHINE PHOTOS


昨年、建国50周年を迎えたシンガポールの街には目を見張るような勢いがあった。無数の超高層ビルがそびえるその隙間を埋めるように、大型クレーンが新たなビルやホテルの建設を進めている。“アジアのハブ”を目指して存在感を増してきたシンガポールは、この10年、デザイン分野の発展に力を注いできた。

そうしたなかで開かれたシンガポールデザインウィーク(SDW)は、アジアのデザイナーが自らの作品をのびのびと発表するさまが印象的だった。まず、2つの見本市から気になったデザイナーたちを紹介しよう。


■メゾン・エ・オブジェ・アジア
会期 3月8日(月)〜11日(金)
会場 マリーナベイ・サンズ エキスポ&コンベンションセンター
インテリアとライフスタイルの見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ」のアジア版として3回目の開催。出展数184社、来場者数は約7,200人。http://www.maison-objet.com/en/asia


デザイナー・オブ・ザ・イヤーを獲得したのは、香港の建築家でありデザイナーAndré Fu。写真は、ラグやドアハンドルなどがラインアップされた新ブランド「アンドレ・フー・リビング」のブースにて。右側に映る写真は、フーがシンガポールでインテリアデザインを手がけた「Clifford Pier Fullerton Bay Hotel」。http://www.andrefuliving.com ©M&O ASIA / AMARANTHINE PHOTOS


シンガポールを拠点に、アジアのクリエイターと製品を開発するindsutry+は、4作品を展示。坂下和長(クリチーバ)による新作「Shallows」はクリスタルの花器。まるで水のかたまりのような不思議な美しさと緊張感を感じさせる。表面張力を生み出すクリスタルは製造の難易度が高く、上海のガラス工場では苦労したという。http://industryplus.com.sg


メゾン・エ・オブジェ・アジアに「RISING ASIAN TALENTS」として招かれたKIMU DESIGNはフィンランドと台湾を拠点に活動する3人組。4年前から継続的に取り組んでいるコレクション「The New Old」は、industry+がプロデュース。扇子の構造を取り入れた間仕切り、提灯を応用した照明など、異文化を共存させた新しい形を探求している。http://www.kimudesign.com


「RISING ASIAN TALENTS」のシンガポール代表に選ばれた建築事務所LEKKER 。昨年11月に開館したナショナルギャラリーシンガポールや、SDWの「シンガプルーラル」でも彼らの作品を見ることができた。近年は子供向けのプロジェクトや教育への関心が高いそうで、メゾン・エ・オブジェ・アジアでも玩具のような、建築模型のような作品を展示していた。http://lekker.sg


「RISING ASIAN TALENTS」を受賞したフィリピンのStanley Ruiz。インドネシア・バリとニューヨークで働いた後に自身のスタジオをマニラに立ち上げたという。Stanley Ruiz インスタグラム


竹の集成材をくり抜いたシンプルなトレーを発表したのは台湾のDrii Design。ほかにもガラスや金属、翡翠などを用い、山や川といった自然から着想を得た、繊細につくり込んだ製品で注目を集めた。
http://www.drii-design.com


台湾のystudioが展開する文具ブランド「the weight of words」は、真鍮と銅を使った重量感ある筆記具やペンケースなどを揃える。持つとずっしりと重い。若きデザイナー曰く「その重さこそ言葉の重さなのだ」。パーツや仕上げにこだわったボールペンは75USドルから。ブースに掲げられた「物外」とは「物質界を超越した世界」を意味する。「モノの背後にある考え方をデザインしたい」という言葉が印象に残った。http://www.ystudiostyle.com



■IFFS(International Furniture Fair Singapore)
会期 3月9日(水)〜12日(土)
会場 シンガポールエキスポ
1981年設立のシンガポール国際家具見本市。29カ国423社の出展があり、来場者数は20,343人に上った。http://www.iffs.com.sg

▲ IFFSが開かれたシンガポールエキスポは、市内中心部から電車やクルマで30〜40分ほど。


気鋭のアジアデザイナーをラインアップする「Design STARS」より。シンガポールのデザインユニットSCENE SHANG(2013年設立)は木の家具に大理石や紐、真鍮といった異素材を組み合わせたエレガントな雰囲気を創出。幼い頃、家にあった中国風の家具の記憶がインスピレーションの源になっているという。観光客が集まるお洒落なハジ・レーン地区に、彼らの製品などを販売するライフスタイルショップをオープンしたばかりだ。左がPamera Ting、右がJessica Wong。
http://shop.sceneshang.com


「Design STARS」より。ニューヨークを拠点とするWang HsinChunとLiu YeによるデザインデュオHCWD は、自ら販売まで手がけるプロダクトブランド「hyfen(ハイフン)」でブースを構えた。「EYE TOY」はオークやウォルナットなどの木片に穴を開けただけだが、穴に二段階の深さをもたせることで、どこから見ても視線が合うような癒しのおもちゃに仕上げた。IFFSの「ベスト・デザイナー/スタジオ賞」を受賞した。http://thehyfen.com


「Design STARS」より。ともに愛知を拠点とする、デザイナーでBouillonを主宰する服部隼弥(写真右)と陶芸家の大澤哲哉は、「SHUDEI STOOL」のプロトタイプを展示。座面が陶器で、お湯を入れて温めることができる。ほかにもファスナーで開閉できる陶器「FASTENUT」(2015年)など、陶器の新たなデザイン提案を行い人気を集めていた。http://www.design-bouillon.jp


台湾人デザイナーRaying Pai(Singular Concept)によるLED照明「LINEAR」シリーズ。ジオメトリックでシンプルなデザインは主にホテルや店舗、オフィスなどでの導入を想定している。照明作品の少なかった「Design STARS」で存在感のあったブースだ。http://www.raytengpai.com

「Design STARS」で、ひときわやんちゃなオーラが気になった、シンガポールのデザインオフィス Kudzu(2011年設立)による「Cannibalize」。ミリタリー調の家具は、60年代の反戦スローガン「Make Love, Not War」から着想したという。音楽やアートなどのカルチャーに影響を受けた表現、それでいて繊細な一面も持つ。家具をファッションやホビーとして生活に採り入れて楽しむような提案も出てきている。


IFFSの「ベスト展示賞」を受賞した、タイの家具メーカーDeesawat Industriesによる屋外家具。2つの見本市ともに木の家具が目立ったが、同社の「TIERA」シリーズは都市生活者に向けたミニマムなデザインにまとめられている。大きな家具だけでなく、サイドテーブルやハンガー、スピーカー、鳥の巣箱などバラエティ豊かなアイテムが同素材で展開されている。http://www.deesawat.com


シンガポールの家具メーカーJourney East(95年設立)は、シンガポール人とイタリア人によるデザインユニット Lanzavecchia+Waiを起用した「PLAYplay」コレクションを発表。集合住宅などの狭小空間に合わせたスケールで(シンガポール人の9割が国から供給されるHDBと呼ばれる集合住宅に暮らす)、鮮やかな色彩と遊び心のある意匠は同国に残る融合文化プラナカンを思わせる。
https://journeyeast.com/brands/playplay


会場ではシンガポール家具産業協会が主催するアワード「Furniture design award Singapore」の選考も行われた。シンガポール国立大学デザインインキュベーションセンターを率いるPatrick Chiaが審査委員長を務め、Ministry of DesignのColin Seah、日本から安積 伸が審査に参加。なかでも存在感を放っていたのはラタン家具を得意とするIto Kish(フィリピン)による「BINHI」。BINHIとは種という意味で、国の伝統や文化を踏まえた物語性のある作品であり、ベンチや植栽カバーとして使うことができる。http://kish.ph


■アジアデザイナーの「スモールオブジェクト」をどう見せるか

今回選んだ作品に共通するのは「スケール感」だ。若手のデザインスタジオからは、サイズの小さな家具や手のひらに収まるような小物などの出展が目立った。こうした「スモールオブジェクト」志向は、アジアの密集した都市環境、等身大の暮らしに対する関心、手でつくることへのこだわりからくるのかもしれない。また、アジアに限らずデザイナー自らが製品ブランドを立ち上げて販売まで行うケースが増えつつあり、スタートアップの投資の制約からスモールオブジェクトを選ぶ理由もあるだろう。

プロダクトのサイズが小さくなるほど、彼らの視線は素材や細部へと向かっている。器用な手先と微細な違いがわかる目を持つアジアのデザイナーたちは、零コンマ数ミリ単位の造形や仕上げ、選び抜いた素材の質感を見てほしいという。自らの特性やコンセプトを凝縮して表せるのが「スモールオブジェクト」ということだろう。

そう考えると、巨大スペースに大手メーカーがドンとブースを構えるIFFSのような従来型の見本市会場で、渾身の作品がぽつりぽつりと置かれていた「DESIGN STARS」はどこか頼りなく映った。むしろ、作品を手に取りながらじっくりと話を聞けるプライベートルームのような空間のほうが、コミュニケーションが進むような気がする。今後アジアのデザイナーや小規模メーカーによる「スモールオブジェクト」の出展が増えることを考えると、展示空間のあり方を検討したり、出展者にもプレゼンテーションの方法に工夫があってもいいのではないだろうか。

“アジアのハブ”を目指すシンガポールのデザインウィークにとってまず重要なことは、アジアのデザイナーがここに出展したいと思えるような“場”を育てることだ。そうでなければ、デザイナー自身が自らの作品にふさわしい発表の場を個々に見つけ出すだろう。その1つの好例として、次のレポートでは、市内のデザインイベント「シンガプルーラル」を取り上げる。(文・写真/今村玲子)



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。