第14回
「テキスタイルで人、物、空間をつなぐ。
テキスタイルデザイナー、コーディネーター 安東陽子氏」

▲「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(2015)の天井から吊り下げられた「グローブ」のテキスタイルを担当。粘着性のある不織布を約10万枚、地元の学生の協力を得て手作業で傘に貼っていった。
設計:伊東豊雄建築設計事務所 Photo by Daichi Ano

建築のプロジェクトで、テキスタイルの存在を目にすることが増えてきた。それらを手がけるのは、建築家やデザイナーと協働するテキスタイルデザイナーであり、コーディネーターの安東陽子氏だ。

▲「多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)」(2007)のテキスタイルと安東氏。建物のアーチのフォルムを模様に取り入れて、つながりを持たせた。設計:伊東豊雄建築設計事務所 Photo by Atsushi Nakamichi


建物や空間の素材の1つとして

安東氏は若手から大御所まで、さまざまな建築家やデザイナーと空間を協働で創造する、テキスタイルデザイン界でも稀有な存在だ。

図案や染織、加工による意匠を考えるだけでなく、窓に取り付けるカーテンという範疇を越えて、テキスタイルデザインの可能性を広げる新しい表現や使い方を提案する。手がける空間は、公共施設、個人住宅、オフィス、学校、工場、舞台、展覧会場、震災時の避難所など、多岐にわたる。

空間をゆるやかに仕切ったり、囲って空間を生み出したり。安東氏は木や鉄、コンクリートなどと同じように、テキスタイルも建物や空間を構成する素材の1つと考えている。

ほかの素材と違うのは、光や風、人の動きによって形や表情を変えること。1日のうちでも、見え方や感じ方が異なって見える。そんな生き物のような性質が、「テキスタイルの面白いところ」だという。

▲「上馬M邸」(2010)。窓ガラスだけでなく、壁面全体を覆うカーテンを提案した。
設計:藤原徹平・フジワラテッペイアーキテクツラボ Photo by Daichi Ano


人と物と空間との関係性を考える

安東氏は2011年に独立して、今年で5年目を迎える。独立するまでの19年間は、NUNOのクリエイティブスタッフとして経験を積んだ。NUNOは、伝統と新しい素材や技術を融合させたテキスタイルの企画・制作・販売のほか、建築やインテリアのコーディネーションなども行っている。

NUNOに入社したはじめの数年は、主に松屋銀座内にあるNUNOのショップに勤務していた。「毎日いらっしゃるお客様もいたんですね。そういう方々にとって、お店のディスプレイがいつも一緒だと面白くないかなと思って、毎日、変えていたんです。当時は1坪程度の狭い空間でしたが、天井の近くに1本のバーがあったので、そこにスカーフなどをかけたりして、いろいろ工夫しました」。

エスカレーターで上がり売り場に向かっていくところから、あるいは近くで、手に取って触れたときなど、いろいろな位置や角度から印象を検証した。どうしたら人の目に止まるか、見た人がどう感じるか、人と物と空間との関係性を日々、考えた。その経験が今、生きているという。

▲「狭山湖半霊園管理休憩棟」(2013)。パーティション代わりに黒のオーガンジーを採用し、立体的に縫製してひだのあるデザインに。新しい表現のために、手作業で行うことも多い。
設計:中村拓志・NAP建築設計事務所 Photo by Hiroshi Nakamura & NAP


空間の中でテキスタイルをデザインしたい

安東氏が建築家とのプロジェクトに初めて携わったのは、1994年に竣工した長谷川逸子氏設計による「ユートリヤ(すみだ生涯学習センター)」だった。

「テキスタイルを入れた瞬間に、光や風を受けて布が変化して、空間自体がそれまでと違う印象になったことにとても感動しました」。このときの体験から空間の中でテキスタイルをデザインすることに興味を抱き、「建築家やデザイナーと仕事をしていきたい」と、心に強く思ったという。

その後、建築家やインテリアデザイナーが多く来店するNUNO本店の担当になった。次第に彼らのプロジェクトのテキスタイルを任されるようになり、1つの転機となる仕事に出会った。それが青木 淳氏との最初の仕事となった、2002年にオープンした表参道のルイ・ヴィトンのショップだった。

青木氏は、躯体ができ上がるなかでテキスタイルを用いることを考え、NUNOに飛び込みで相談に来たという。安東氏が担当となり、対話を重ねていくなかで生まれたのが、白いオーガンジーにルイ・ヴィトンのダミエを想起させるリボン柄の刺繍を施したものだった。

このプロジェクトで初めてNUNOのオリジナル製品にアレンジを加え、特注をつくるという経験をした。そこから、安東氏のテキスタイルデザインの世界は大きく広がっていった。

▲ 貼ってはがせる、レールのいらないカーテン「sticky fabric / snowflake」(2011)。独立したときにGALLERY MITATEで行った展覧会で発表した。Photo by Fumihito Katamura


新しいテキスタイルのあり方を模索して

伊東豊雄氏とのプロジェクトも、数多く携わっている。その1つが「せんだいメディアテーク」の2階の図書室だ。空間を体感して安東氏が導き出したのは、テキスタイルでやさしくプライバシーを守り、人との関係性をゆるやかにつなげること。

素材として用いたのは、NUNOで刺繍やプリントをするときに下地材として使用する薄いオーガンジー。それを2枚重ねることで、モアレを生じさせて遮蔽の効果を生み出し、2枚の間に空気感をはらませて、空間にやわらかさをもたらす演出を考えた。

さらに、サイレントグリス社のレール「S-FOLD」に改良を加えて自然なドレープをつくるなど、テキスタイルの見せ方にも工夫を凝らした。その後、安東氏は空間に合わせたさまざまな特注品をデザインするようになっていった。

伊東氏との最近のプロジェクトには、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」がある。そこでは天井から吊り下げられた装置「グローブ」のテキスタイルを担当した。このグローブは空間のコーナー分けやサイン計画を補完するものであり、自然光や風などの自然エネルギーを活用する装置でもあるという、テキスタイルのさらなる可能性を予感させるプロジェクトになったといえるだろう。

このときに採用されたのは、新しいテキスタイルのあり方を模索するなかで安東氏がGALLERY MITATEで展示した、独自に開発した粘着性のある素材を発展させたものだった。

▲「かまいしこども園」(2015)。内と外をつなげる工夫を考え、壁面の色を取り入れたカーテンを採用した。設計:平田晃久建築設計事務所 Photo by Akihisa Hirata Architecture Office


対話を重ねて、価値観を共有する

安東氏は、普段から建築に関する本や雑誌をほとんど読まないそうだ。それは、先入観を持たないようにするため。では、建築家やデザイナーとのプロジェクトは、どのように進めていくのだろうか。

「いちばん大事にしているのは、話をすることです。お会いしたときに、その方が何を私に伝えてくださるかが重要で、対話を重ねていきながら感覚を共有していくことを大切にしています」。

「感覚を共有」するために、とにかく対話を続けるという。「例えば、『ふわふわ』したものと言われたときには、雲のようにやわらかいものなのか、弾力性のあるものなのか、どういう触感や質感のものか、具体的な言葉を挙げて引き出していきます。その感覚を共有することが、空間を創造するためのいちばん大事な要素です」。

しかし、感覚を共有する段階では、具体的なことは考えない。躯体が立ち上がったときに現場に入って、光はどこから入って、どのように移ろっていくか、人はどのような流れで動いていくのか、空間を体感したうえで初めてそこにどういうテキスタイルが必要なのかを考える。そして、つくり手の職人にも、建築家らの考えや空間について丁寧に話をして共有したうえで試作に取りかかる。

▲「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(2015)のキッズルームのテキスタイル。キリンのイラストも、安東氏。Photo by Daichi Ano


ニュートラルな状態でいること

「自分のアーティスト性や作品性、コンセプトなどはなくていい」と安東氏。その空間に自分の作品をつくるのではなく、建築家やデザイナーの思いや考えを具現化することを目指すという。

「1つのプロジェクトを終えたら、それまで持っていたものをすべて捨てて、また新しい気持ちで向き合っていきます」と語り、いつもニュートラルな状態でいることを心がけている。だからこそ、多彩な個性を持った、さまざまなクリエイターと仕事ができるのだろう。

日本の建築は、世界中から注目されている。また、デザイン界のなかでは、唯一といっていいほど、後進が数多く育ってきている分野でもある。新しい表現に挑む建築家がさらに増えていくことで、空間の中でのテキスタイルデザイナーの活躍の場も広がっていくだろう。

安東氏は言う。「テキスタイルの魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたい」。現在もさまざまなプロジェクトを抱え、各地を飛び回り、多忙な日々を送っている。近々、また新しいプロジェクトでテキスタイルデザインのさらなる魅力を見せてくれそうだ。(インタビュー・文/浦川愛亜)



安東陽子/テキスタイルコーディネーター、デザイナー。1968年東京生まれ。武蔵野美術大学短期大学部グラフィックデザイン科卒業後、NUNOに入社し、クリエイティブスタッフとして勤務。2011年に独立し、安東陽子デザインを設立。テキスタイルコーディネーター・デザイナーとして、伊東豊雄、山本理顕、青木 淳、シーラカンスアンドアソシエイツ、平田晃久など、多くの著名建築家の作品でテキスタイルデザインを手がける。www.yokoandodesign.com


安東氏初の作品集

2015年に出版された『安東陽子 テキスタイル・空間・建築』(LIXIL出版)。「空間」「光」「関係」「かたち」といったテキスタイルの要素を目次に仕立てて、それぞれの考えを作品写真とともに紹介、安東氏のデザインの魅力を網羅した一冊。建築家の青木 淳氏や伊東豊雄氏、建築評論家の植田 実氏の寄稿文も掲載されている。