建築家と家具デザイナーとつくり手が集い、皆で考える
「家具塾」

▲2017年12月にミネルバで開催された「家具塾」の会場の様子。Photo by Kai Nakamura

「家具塾」は、建築家とデザイナーとつくり手がともに「身体と家具と空間の関係と可能性」について考える、デザインの勉強会である。塾長は、家具デザイナーの藤江和子氏、家具モデラーの宮本茂紀氏がスーパーバイザーを務める。「自分がこれまで経験してきたことを多くの人に伝えたい」という宮本氏の思いに、藤江氏が賛同したことがきっかけとなり、3年前から開催されている。

座学ではなく、実際に家具に触れながら、あるいは空間に身を置きながら、身体と家具と空間の関係と可能性を問い直すこと、また参加者も気軽に発言し会全体で活発に議論を深めることを重要視した内容が特徴だ。

▲塾長の藤江和子氏。Photo by Kai Nakamura

多彩な人々が参加し、デザイン談義を展開する

「家具塾」は、2013年夏に始動した。サポーターには、テキスタイルコーディネーター・デザイナーの安東陽子氏、建築家の田井幹夫氏、家具デザイナーの藤森泰司氏、編集者・デザインコミュニケーターの飯田 彩氏、藤江和子アトリエの家具デザイナー、野崎みどり氏がいる。

2014年春に第1回が開催され、それ以降、年4回、多彩なテーマと講師陣によるデザイン談義が繰り広げられている。「漆」がテーマの回では構造家の金田充弘氏と漆工芸作家の土岐謙次氏、「木材塗装」では島一の島田喜八郎氏、「若手家具製作者」ではイノウエインダストリィズの後藤洋祐氏、ニュウファニチャーワークスの佐藤 剛氏、フルスイングの佐藤 界氏と大野雄二氏などだ。

そこに参加するのは、家具メーカーや製造会社などのつくり手や売り手、建築家やデザイナー、編集者など、デザイン活動に携わる人々だ。

▲第15回は、「素材から見るものづくり」シリーズの第3弾「皮革」がテーマ。川北芳弘氏のレクチャーにさまざまな質疑が飛び交う。Photo by Kai Nakamura

家具の革の質が低下してきている

2017年12月、第15回を迎えた会では、「皮革」をテーマに2部構成で行われた。第1部の講師は、1959年に創業し、皮革の企画・製造販売を行う愛知県名古屋市にある川善商店の2代目、川北芳弘氏だ。

それまで出版社や広告代理店で働いていた川北氏が家業を継ぐきっかけになったのは、久しぶりに訪れた日本のデザイン見本市で異変に気づいたことだった。家具に使用されている革の多くが、以前よりも質が低下していたのである。

現在の革産業の危機的状況を憂えて、2007年に家業を継ぐ決意を固め、皮革の知識を多くの人に伝え広めること、質の良い革を供給することを目標に掲げた。現在、全国各地で講演会を開き、生地づくりのための機械を自社で開発。2018年からその機械で製造を開始する予定だという。

▲写真は、なめしの異なるさまざまな革のサンプル。「家具塾」では、実際に物を見て、触れて、一緒に考えることを大切にしている。Photo by Kai Nakamura

皮から革へと変化する、生地のつくり方

第1部の川北氏の講演では、皮と革の違い、生地のつくり方、なめしや塗装の種類、加工法、手入れの仕方といった基本的な情報をはじめ、つくり手や売り手だけでなく、使い手(建築家やデザイナー、消費者)も知っておくべきポイントにしぼって語られた。

革のつくり方を大まかに紹介すると、最初に畜産副産物の皮の毛を薬品で抜く。ドラム式の機械の中に腐敗と硬化防止のための金属製クロム、または植物性タンニン(柿や栗などの渋)と皮、水を入れて攪拌する、いわゆる「なめし」の作業を行う。この工程を経て、動物の「皮」から製品として使用できる「革」になる。

次に、染料で下染めし、乾燥させてからクリップなどで固定して平らにする。仕上げに、表面塗装や加工を施して完成となる。この工程はもっと細かく20から30と多様にあって、1枚の生地ができ上がるまでに2カ月から5カ月間ほどかかるそうだ。

▲「ヒルサイドテラスF棟」(1992年、槇総合計画事務所 設計)で藤江氏がデザインし、宮本氏が製作した革製のベンチ。Photo by Satoshi Asakawa

「銀付革」と「銀スリ革」の分別が曖昧な日本

川北氏が見本市で気づいた革の質の低下は、仕上げの塗装部分に関係する。

革の表面を「銀面」と言う。革本来の自然な風合いを残し、銀面に薄く塗装を施したものを「銀付革」と呼び、高級ランク商品となる。一方、銀面をサンドペーパーなどで削って厚く塗装したものを「銀スリ革」と言い、それよりランクの低い商品となる。日本ではこの「銀付革」と「銀スリ革」の分別が曖昧だという。銀面を軽く削って塗装を施し、銀層が残っているからという理由で「銀付革」にしてしまうところもあるそうだ。

銀面を削って塗装するのは、傷やしわ、肌荒れ、虫食い、血管の跡などを隠すためである。日本人が小さな傷や少しの汚れも好まない性質があるのと、それがクレームの対象にもなることも背景にある。

▲「東京マザーズクリニック」(2011年、伊東豊雄建築設計事務所 設計)で藤江氏がデザインし、宮本氏が製作した革製のベンチ。Photo by FUJIE KAZUKO ATELIER

正しい知識を身につけ、良質なものをつくり守っていく

川北氏は言う。「傷やしわは欠点ではなく、動物が生きているときに自然にできたもの。ヨーロッパでは、それをナチュラルマークと呼び、あまり気にしません。消費者の方々にまずそのナチュラルマークに対する理解を深めていただくことが必要だと考えています」。

もうひとつ問題なのは、傷などを目立たなくするためにフィルムを貼った床革と呼ばれるものや、革の端材を粉砕して樹脂で固めてシート状にした再生皮革など、革製品と見分けがつかないものが近年、市場に多く出回り、なかには「本革」と不当表示されているものもあるそうだ。

次第にゴワゴワしてきたり、ひび割れたりしてくるが、その理由もわからないまま使用している人も多いかもしれない。そういった現在の革産業の問題は、「ヨーロッパに比べて、日本では皮革素材に対する理解が低いことも要因ではないか」と川北氏は考える。だからこそ、つくり手や売り手、使い手すべてに皮革に対する正しい知識を伝え広め、自ら良質なものをつくり守っていくことの必要性を感じているという。

▲宮本氏による、「CAB」の張り替えの実演風景。Photo by Kai Nakamura

家具モデラー、宮本氏による張り替えの実演

休憩を挟んで、第2部では宮本氏による「CAB」の革の張り替えの実演が行われた。イタリアの建築家・デザイナーのマリオ・ベリーニが1977年にデザインした、シンプルな金属フレームに革の衣服をまとったような椅子だ。これを日本で販売するにあたり、宮本氏が担うことになり、自ら志願してこの製造のためにカッシーナで技術研修を受けたという。その後、カッシーナから80年代に販売されたが、そのときの製作協力者が川善商店の初代、川北正和氏だった。

この椅子に使用されている革は、カッシーナの高い技術により、手触りの良い上質ななめらかさを持つが、金属製クロムではなく、植物性タンニンでなめしたもので、厚く堅牢で扱いが難しい。張り替えには、宮本氏とスタッフがふたりがかりで取り組んだ。

▲宮本氏による「CAB」の張り替えの実演風景。張り替えた「CAB」(右)と取り外した古い皮革部分(左)。Photo by Kai Nakamura

革素材は、布の代用品ではない

藤江氏は「CAB」のデザインが気に入り、発売された80年代に自身の建築プロジェクトでよく採用していた。ほかにも宮本氏に技術指導を仰ぎながら、「ヒルサイドテラスF棟」「YKK80ビル」「東京マザーズクリニック」「台湾大学社会科学院辜振甫先生記念図書館」など、さまざまなプロジェクトで革張りの家具を製作してきた。

そうした経験を通じて感じたのは、「革は、布の代わりではない」ということ。その言葉にはっとさせられた。家具の場合、布のほかに「革のバリエーションもある」というぐらいに思っていた人も少なくないだろう。しかし、革は革であり、布の代用品ではないのである。「革本来が持つ力をさらに引き出した家具をつくりたい」と藤江氏は語った。

▲丹青社の「人づくりプロジェクト」で藤森泰司氏がデザインし、宮本氏が製作したインテリアオブジェ「octave」。革でくるまれた大きさの異なる3つのボリュームの重さは、すべて1kgちょうどに調整している。Photo by Yosuke Owashi

ものづくりの感性を触発する会となった

一方、サポーターでテキスタイルコーディネーター・デザイナーの安東氏は、これまでプロジェクトで革を使用したことがなかったが、今日の話を受けてこう語った。

「革の素材は、テキスタイルとは完全に違うもの。物としての存在感があり、かつ神聖なもの。そのもの独自の考えがあり、仕上げ、でき上がるイメージ、すべてにおいてテキスタイルとはまったく別の素材として扱う必要があると感じました」。今後、プロジェクトで革素材に挑戦してみたいという。

ほかにもこうした革の種類や生地のつくられ方を初めて知った人、工程の手順を見て工業製品的なつくり方のように感じた人、新たな気づきを得た人などもいて、皮革に対する興味や考えを深める貴重な会となった。

▲「台湾大学社会科学院辜振甫先生記念図書館」(2014年、伊東豊雄建築設計事務所 設計)で藤江氏がデザインし、宮本氏に技術指導を仰ぎながら、現地の職人が製作した革製のAVソファ。Photo by Satoshi Asakawa

三位一体のものづくりを取り戻す

藤江氏は、「ものづくりには、建築家とデザイナーとつくり手が三位一体で仕事をする仕組みが大事」だと考え、この「家具塾」の場にも3者が揃うことを目標としている。

現段階で「家具塾」に参加する人は、若手の建築家が最も多く、その次に家具デザイナー、つくり手や売り手が圧倒的に少ないという。家具塾は会員制をとっているが、今後さらにものづくりに携わる、特につくり手の方々にぜひ参加していただき、ともにこれからのデザインについて語り合っていただけたらと願う。End

宮本茂紀/家具モデラー。1937年静岡県生まれ。芝家具の流れを汲む椅子張り職人として修行を積む。1966年五反田製作所(現・ミネルバ)を創業。カッシーナの工房で技術研修を受け、帰国後、カッシーナ、アルフレックス、ウィルクハーンなど、国内外のトップブランド家具のライセンス生産を行う。迎賓館や白洲次郎の椅子など歴史的価値のある椅子の修復、宮内庁の儀装馬車の修復や家具の製造のほか、日本初のモデラーとして時代を代表するデザイナーの椅子の製作を手がける。2007年黄綬褒賞受賞。

ミネルバ
http://www.minerva-jpn.co.jp

藤江和子/家具デザイナー。富山県生まれ。宮脇檀建築研究室、エンドウ総合装備を経て、1977年フジエアトリエ主宰。1987年株式会社藤江和子アトリエ設立。槇 文彦、磯崎 新、伊東豊雄、石山修武、シーラカンスアンドアソシエイツといった建築家とのコラボレーションが多く、建築空間に合わせたオリジナルの家具をデザインする。代表作は、「ヒルサイドテラスC棟」「リアスアーク美術館」「多摩美術大学図書館」「台湾大学社会科学院辜振甫先生記念図書館」「みんなの森 ぎふメディアコスモス」「台中国立歌劇院」など。多摩美術大学客員教授。

藤江和子アトリエ
http://www.fujie-kazuko-atelier.com

川北芳弘/川善商店代表取締役。大学を卒業後、関東の出版社、グラフィックプロダクション、広告代理店などを経て、2007年より川善商店を継ぎ、現在に至る。川善商店は皮革問屋。家具(椅子張り)・ハンドバッグ・鞄・靴など、さまざまな用途・種類の皮革を企画・販売する。

川善商店
http://kawazen.co.jp

「家具塾」に関するお問い合わせ
家具塾事務局(藤江和子アトリエ)
e-mail: info@fujie-kazuko-atelier.com