東工大ELSIに集うクリエイター、
サイエンスの「本質」に踏み込む新しい表現を求めて

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)が、多分野のクリエイターと協働プロジェクトをスタートさせた。「地球と生命の起源」に迫る最先端のサイエンスと、デザイン、建築、音楽、ダンス、アートなどの多様なクリエイティブを掛け合わせ、新しい表現の可能性を探るという試みだ。約1年に及ぶプロジェクトでは、研究者とクリエイターによるワークショップを経てコラボレーションの相手をマッチングし、アウトプットの発表までを行う予定だ。

▲ 3月17日に開かれた第1回ワークショップの模様。Photo by Ryo Mitamura

研究者の「物語」を別のかたちで表現したい 2012年に発足したELSI(http://www.elsi.jp)は、「地球の起源」「地球−生命システムの起源」「地球−生命システムの進化」「宇宙における生命惑星」といった4テーマを柱に、「地球と生命の起源」を探るための研究拠点。文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に選定され、地球深部科学、惑星形成論、地質学、地球化学、生命科学、微生物学、複雑系科学などにおけるトップクラスの研究者たちが世界中から集う(外国人研究者の割合は40%に及ぶ)。また、ELSIでは異分野の研究者同士の「フュージョン(融合:重層的な交流)」を重視し、2015年にはコミュニケーションのための仕掛けを随所に施した新研究棟を設置するなど、風通しのよい環境づくりにも力を入れている。

▲ ELSIの新研究棟の内部、サロン「AGORA」。開放的でリラックスできる空間は、交流を重視するELSIの象徴でもある。設計は同大学院教授で建築家の塚本由晴氏。

▲ AGORAの壁面に設置されたチョークで書けるボード。
▲ ELSIの新研究棟の実験研究フロア。
▲ 棟内には来賓対応や日々のミーティングで使われる「和室」もある。
こうしたなかで立ち上がった今回のプロジェクト。主催者であり企画者でもあるELSIの石村源生広報チーフ(特任准教授)はこう語る。 「ELSIが取り扱うのは、30〜40億年以上前のことや何百光年も離れた星のことで、直接観察・実験することがほとんどできない世界。広い範囲の現象を統一的に説明する大胆な仮説を立てて、それをさらに比較的取り扱いやすい複数の仮説に分け、正しいかどうかを各研究者が間接的な手がかりを元に研究していく分野です。ある意味、仮説とは研究者の『物語』であると言えます。そこでクリエイターの知恵を借りて、アカデミックとは異なる言語でその『物語』を表現してもらえたら、社会で共有されるのではないか」。 これまでにも数多くの「アート ☓ サイエンス」を謳ったプロジェクトは存在したが、石村氏は「単純に2つを合わせたイベントにしたり、アートの魅力を借りてサイエンスをPRしようというつもりはない。両者の本質が結びつくようなコラボレーションを目指しているのです」と話した。 プロジェクトの企画・運営を担うのは、これまでも科学者とクリエイターの協働をプロデュースしてきた林口砂里氏(エピファニーワークス)だ。 「今回、本質的なコラボレーションを目指すうえで、いろいろなアウトプットがあり得ると考え、多分野のクリエイターに入ってもらうことにしました。一対一ではなくチームで取り組む可能性もある。ほかにもビジネスや教育などの分野でも参加したい人がいれば、アウトプットに応じて合流いただくことも可能です」。 本プロジェクトはELSIが主催するが、例えば、作品が商品化されるなどその範囲を超える場合は協賛企業を募ることも考えられる。つまり、ざっくりとした枠組みと材料(ネタ)を用意して、そのなかでクリエイターや企業、起業家などさまざまな人が自由に活動し、創作やビジネスに結びつけてもらいたい、というわけだ。一方、研究所にとっては、そのアウトプットが社会に広がっていくことで新しいかたちの科学技術広報となる。
▲ ELSIの拠点は、東京目黒区大岡山のキャンパス内にある。Photo by Ryo Mitamura
興味を掻き立てられる第一線のクリエイターたち 本プロジェクトのプロセスはメディアにも公開され、3月17日に開催された第1回のワークショップを取材した。顔合わせの意味もある初回では、参加した9人のクリエイターが研究棟を見学後、3人の研究者による研究内容のプレゼンを聴講。その後の交流会では、研究者とクリエイターが挨拶を交わし、お互いの取り組みに対して興味深そうに質問しあっていた。
▲ ワークショップ冒頭で挨拶した廣瀬 敬所長。「今日はできるだけ楽しんでいただき、興味があればもう1回いらしていただいて、コラボレーションにつながっていけばいいと思います。研究所としてはできることがあればいくらでも協力していきたい」。
▲ 藤島皓介氏(専門分野:宇宙生物学・アストロバイオロジー)。2011年から16年までNASAエイムズ研究所に籍を置き、現在はELSIで宇宙生物学の第一線で活躍。合成生物学的手法で、いつどこで地球生命が誕生したのか、あるいは地球外で生命が存在する可能性などを突き止めようとしている。
▲ 中川麻悠子氏(専門分野:生物地球化学)。現存する特定の生物活動において、安定同位体(同じ名前であるにも関わらず異なる質量を持つ安定な元素)の存在比率を分析して知見を蓄積し、さらにそれを、過去の生物活動が地質に残した物質の安定同位体比解析に応用することによって、太古の地球における生物活動の手がかりを探っている。
▲ 井田 茂氏(専門分野:惑星形成論)。系外惑星系や太陽系の形成を広く研究しているが、近年、生命居住可能性(ハビタブル)のある惑星が次々と発見されるなか、「地球中心主義からの解放」を提唱し、独自の視点でハビタブルな星について研究している。
参加した建築家の佐野文彦氏は「僕は数寄屋大工出身で、伝統的な技術と最先端の事柄をどうやって結びつけていくかを考えているので、とても良い機会。まだ何をつくるかわかりませんが、今回は情報を表現に変えていくことなのかな、とはぼんやり考えているところです」と話す。 プロダクトデザイナーの辰野しずか氏は、「興味があったので今日はとにかく参加してみました。難しい研究内容を無理に取り込むというより、自分が素直に感じることにいかに落とし込めるかがポイントだと思う」。 また、真剣な表情でプレゼンに耳を傾けていたゲームデザイナーの水口哲也氏(レゾネア代表)は「ELSIではとても根源的でシンプルな問いを扱っている。人間の基本的なことであり、どれも興味を持てるテーマばかりです」と語った。どの参加者も初めて接する世界に好奇心を掻き立てられた、という印象だ。
▲ 門外漢には難解に思えそうな研究者のプレゼンに対し、クリエイターは熱心に耳を傾け、それぞれさまざまな質問が飛び出した。Photo by Ryo Mitamura
この日の参加者以外にも「話を聞きたい」と手を挙げるクリエイターが多く、今後も同じようなワークショップを何度か行いながら双方について知り、適切なマッチングを図っていくという。予定では6月頃に各チームからアウトプットの構想を提案してもらい、2018年3月に展示する機会を設けるとのこと。サイエンスとクリエイティブが今後どのような化学反応を起こすのか、期待したい。(文・写真/今村玲子)