東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のコラボプロジェクト。
科学者 ☓ クリエイターによる作品制作進行中!

▲CMSプロジェクトの第3回ワークショップは、ELSI新研究棟の中央ホール「AGORA(アゴラ)」で行われた。

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)がさまざまな分野のクリエイターと協働する「CMS(Creators Meet Scientists)プロジェクト」に取り組んでいる。「地球と生命の起源」に迫るための最先端のサイエンスに、デザイン、建築、アートなどを掛け合わせ、「これまで見たことのない何か」をつくり出すという、約1年に及ぶプロジェクトだ。

これまでの2回のワークショップで研究者・クリエイター双方からのプレゼンテーションを終え、11月9日に行われた3回目のワークショップでは、各クリエイターが作品の構想を発表。途中段階のため作品画像は掲載できないが、ここでは現時点での取り組みをお伝えしたい(2017年3月21日に開かれた、第1回のワークショップはこちらをご覧ください)。

オノマトペの音響空間
環ROY(ラッパー、音楽家)+浜田晶則(建築家、Aki Hamada Architects、チームラボ)☓ 井田 茂(惑星形成論)

2017年6月に行われた2回目のワークショップの際、環ROYは、「惑星の形成をテーマに宇宙という空間を研究している井田先生、建築という空間芸術に取り組む浜田さん、そして音楽という時間芸術に取り組んでいる僕で、空間と時間をテーマにした創作になっていけばいい」と話した。その5カ月後、このチームが提案したのは、「科学のわからなさと、宇宙に無数に散らばる星々を重ね合わせる」という空間表現だ。

▲作品について解説する環ROY(左)と浜田晶則(右)

コンセプトは井田 茂教授との対話から生まれた。「科学にははっきりわからないことが多い。しかしその、わからないということが可能性であり、面白さでもある。わかってしまったことは逆に自分を後ろから支えてくれるものになる」。

この井田の言葉をもとに、まだ名前のない、あいまいな対象に取り組む科学者の姿勢を表現するという。また、宇宙には地球以外にも無数の惑星や恒星が点在しており、それらが関係しながら世界が成り立っていることを提示していく予定だ。

▲惑星形成論を研究する井田 茂教授

作品は、スピーカーが立体格子のように配置された空間を歩き回ると、いたるところから言葉と音のあいだのようなオノマトペ(擬音語、擬態語)が聞こえてくるというもの。建築家の浜田晶則は、「音が物体のように空間を自由に動き回っている感じ。人がそこに入り込むことによって、思考が言葉に変わる前の段階や、新種の生命みたいなものが立ち現れてくるような感覚をつくり出したい」と語る。

水天体の石けん
辰野しずか(プロダクトデザイナー)☓ 藤島皓介(宇宙生物学者)

プロダクトデザイナーの辰野しずかが提案したのは、天体の石けんだ。太陽系にある9個の代表的な水天体(液体の水を保有している可能性のある天体)を輪切りにして、水が存在する層を石けんで表現するものだ。

宇宙生物学を研究する藤島皓介は、1回目のワークショップで「生命の起源を探るために水天体を探している」と語った。これを聞いた辰野は、茶道の師匠から教えられた「海の水一滴にも何億光年もの想いが込められている。人間の身体も同様に壮大な存在である」という言葉を思い出したという。藤島の研究に共感を覚えた辰野は、「宇宙に関心のない人にも、等身大の気づきや感動を伝えたい」と抱負を語る。

▲直径5cm、厚さ1cmほどの石けんでは、太陽系の水天体(地球、火星、ケレス、エウロパ、ガニメデ、カリスト、エンケラドス、タイタン、トリトン)をパッケージにするという。

研究者のドキュメンタリー映像
坂野充学(映像作家)☓ 中川麻悠子(地球生物化学)

映像作家の坂野充学は、地球生物学の研究者である中川真悠子の姿を追い、ドキュメンタリーの手法を用いた映像作品を制作する計画だ。このような研究者とクリエイターのプロジェクトで、研究者自身にフォーカスする例は少ない。「中川さんは、太古の地球における生物活動の手がかりを探るために、安定同位体という元素を追い求めている。そんなひとりの研究者としてのモチベーションや作業プロセスを可視化したい」と坂野。11月下旬には薩摩硫黄島で行われる中川らのフィールドワークに同行し、撮影を開始している。

一方で、「今回の映像作品は、それ自体を“商品”として売ることを主目的としていない。そのため、どのように予算をつくるかが課題」(坂野)とも。ひとつの素材から、坂野のアート作品と、研究のアーカイブ映像の2種類の映像をつくるなど、アウトプットについて引き続き検討していくこととなる。

▲坂野充学は「研究者である中川に焦点を当てることで、目に見えない世界に広がる、同位体のランドスケープを映像に収めたい」と意気込む。

▲薩摩硫黄島でのフィールドワークの様子。©Mitsunori Sakano

研究者への問いかけから生まれるドローイング
KYOTARO(ドローイングアーティスト)☓ 中川麻悠子(地球生物化学)

「同位体について知らなければならないことが多すぎて全く追いつかないが、全く新しい世界に入り込んだような、わくわくした感覚がある。まずテーマをどこに合わせるのかを探求しながら情報収集しています」と打ち明けるドローイングアーティストのKYOTARO。

▲ドローイングアーティストのKYOTARO

▲同位体の研究者、中川麻悠子

制作の手がかりに、研究者の中川をメールでインタビューした。中川から、「パズルができて全体が見えたときの感動。でも、できたと思ったパズルはさらに大きな世界のピースになっている」「目には見えないものでも周囲にいるし、その存在に感謝したい」といった回答を受け取ったとき、KYOTAROは「中川さんが未知の大海原を旅する先駆者のように感じた」そうだ。

「人間として生まれ、生きているなかで、何を達成しようと思っているのか」。KYOTAROは研究者への問いかけを続けながら、そこから得たインスピレーションを大きなサイズのドローイングとして制作していく計画だ。

世界は違っても重なる、クリエイターと科学者の姿

クリエイターが新しい世界と出会うとき、一体どんなことに刺激されて作品の種を見出すのだろうか。3回のワークショップを通じ、彼らの発想の瞬間や作品づくりのプロセスを垣間見ることができた。

興味深いのは、どの提案も単に研究内容を客観的にビジュアライズするといったものではなく、むしろ研究者その人を表現の対象としてとらえ、「研究の姿勢や思い」にフォーカスしていること。クリエイターたちは、科学者という未知の相手に少しでも近づこうと心の目を見開き、自分との共通点や違いを整理しながら視点を定め、自らの表現に落とし込んでいく。それは科学者が研究に打ち込む姿にも重なって見える。

一方、科学者もまた、クリエイターの発言や提案に共感や違和感を覚えながら、異分野の対話に刺激を受けた様子だった。決して、対話はスムーズとは言えず、問答が平行線を辿ることも少なくなかった。

このプロジェクトで何ができるか、どんなメリットがあるのか、今のところ誰にもわからない。それぞれ多忙な本業に追われるなかで、時間をつくってこの風変わりなプロジェクトに集う理由は、ただひとつ、自分の知らない世界に出会うためだ。参加者のひとりであるラッパーの環ROYが、「お互いに半歩くらいずつ、相手のほうに近寄って、何かを自分の領域に持ち帰ることができたらいい」と話したように、根底にあるのは好奇心。何かを探求する人間に共通する、純粋なエネルギーがこのプロジェクトを支えている。

各チームは今回発表した内容をもとに、いよいよ作品制作に入る。本プロジェクトの企画・運営を担当するエピファニーワークスの林口砂里によると、「当初の予定では、今年度中までに作品をつくり上げ、展示したいとは思っているが、チームの進捗によっては個別に発表する可能性もある」と柔軟だ。プロダクトやインスタレーション、パフォーマンスなどアウトプットがさまざまになるため、それぞれにとって相応しい協力関係やビジネスの可能性、発表の機会などを引き続き探っていく。研究者やクリエイターもさることながら、企画・運営も一体となって実験を推し進めるプロジェクトは、これからいよいよ佳境を迎える。次回の作品発表を心待ちにしたい。End

CMS(Creators Meet Scientists)プロジェクト

参加チーム
・坪井浩尚(プロダクトデザイナー)× 藤島皓介(宇宙生物学)
・オクダサトシ(舞台表現、コンドルズ)× Matthieu Laneuville(予定、新規参加研究者)
・辰野しずか(プロダクトデザイナー)× 藤島皓介(宇宙生物学)
・坂野充学(映像作家)× 中川麻悠子(地球生物化学)
・KYOTARO(ドローイングアーティスト)× 中川麻悠子(地球生物化学)
・環ROY(ラッパー、音楽家)+浜田晶則(建築家、Aki Hamada Architects、チームラボ)× 井田 茂(惑星形成論)

公式サイト
http://www.elsi.jp/ja/

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