生まれ変わった富山県美術館。
「オノマトペの屋上」は感性を豊かにする遊び場

▲ 普通の公園に見えるが、3階建の美術館の屋上にある「オノマトペの屋上」。約3,800㎡の広さに8種類の大型遊具が点在し、パノラマの景色を望める。

今年8月に全面開館するアートとデザインをつなぐ富山県美術館(略称TAD)の屋上庭園「オノマトペの屋上」が4月29日に先行オープン。連日、多くの子どもや家族連れで賑わっている。

子どもたちに遊び場を返そう

TADが建つ敷地は、約9.7haに及ぶ富岩(ふがん)運河環水公園の一部。もともと「見晴らしの丘」と呼ばれ、特に「ふわふわドーム」という遊具が子どもたちの人気を集めていた場所だった。

TADの前身である富山県立近代美術館(1981年設立)がリニューアルに際して「見晴らしの丘」へ移転すると決まったとき、地域住民からは「子どもたちの遊び場がなくなるのは寂しい」という声が多数寄せられた。そこで建築家の内藤 廣氏はTADの屋上に子どものための庭をつくり、「ふわふわドーム」を再生することを提案したのだ。

▲ 地上19mの屋上から360度の景色を楽しめる。

▲ TAD外観。館内は整備を進めると同時に、展示室以外がオープン中。

遊具のデザインを担当したのは、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」や「デザインあ」で知られるグラフィックデザイナーの佐藤 卓氏。「ふわふわ」がオノマトペ(擬態語、擬音語)であることに着目し、新たに「ぼこぼこ」「うとうと」といった名前の7つの遊具をデザインした。

「遊具を手がけるのは初めて」という佐藤氏は、「子どもにとって遊ぶことと学ぶことは同じ。遊びのなかから自然に得られるものがあるし、大人も本来はそうあるべきではないか、との思い込めた」と、1階のTADギャラリーで現在開催中の「実録 ありえない美術館ができるまで展」の映像で語っている。

▲ 子どもたちが大好きだった「ふわふわドーム」とほぼ同じかたちの「ふわふわ」。LEDを内蔵し、夜には発光する。

▲「ぼこぼこ」。1点ものの遊具を製作したのは、福井県の遊具メーカー、ジャクエツ。

▲「うとうと」。当初、佐藤氏から出された遊具のアイデアは15以上あり、その中から7つが選ばれた。

雪山行二館長は、「オノマトペとは、外にあるものを感性によって身体のなかに取り込む、いわば身体(からだ)言葉。アートやデザインを知識として頭で学ぶだけでなく肌で感じてもらいたい、また周辺の環水公園と一体化した運営をしたいと考える美術館の象徴でもあります」と説明する。

▲「遊具は子ども向けだが、大人は散歩したり、夜景を楽しむことができます。特に日々表情を変える一期一会の立山連峰の景色を楽しんでもらえたら」と雪山行二館長。

美術館の“本道”を目指した建築

TADでは「オノマトペの屋上」を含め、レストランやショップなどがすでに営業を始めている。3月25日の一部開館以来、すでに258,371人(5月22日現在)が来館するなど、県民の関心も高い。特に、誰もが足を止めるのが、2、3階の吹き抜け空間(ホワイエ)から見渡す広大な環水公園と、その奥にそびえる立山連峰の雄大な景色だ。内藤氏が「ごちそう」と言う迫力の景観は、地元の人でも感嘆の声を挙げるほどだ。

▲ ホワイエの真正面から見える壮大な立山連峰。季節ごとの表情の変化も魅力。

「実はほかにも美術館の候補地がありました。つくりながらわかったのは、その場所にマッチした建築や運営がいかに重要かということ」と雪山館長が話すように、TADの建築は周辺の環境を取り込み、あるいは外に向かって開くように設計されている。

▲ 富岩運河環水公園から見たTAD(左手奥)。

▲ TADの建築模型。

建築家の内藤 廣氏は、「周りのものが漂って建物の中になだれ込んでくるようなイメージが当初からあった。自然や外に対するリスペクトの仕方を考えた」と説明する(TADギャラリーで開催中の「実録 ありえない美術館ができるまで展」の映像より)。建物は、楕円と放物線を組み合わせたかたちで、ふたつの長軸が中央廊下として美術館を貫く“背骨”になると同時に、環水公園の起点となる噴水へとつながっている。

▲ 環水公園の起点から美術館の敷地先端までを結んだ線が、この中央廊下につながる。設備類も廊下の天井に収められ、インフラとしても“背骨”のような役割を果たす。

さらに「富山の材料を使い倒す」ことをモットーに、壁、外装、天井などにアルミを、中央廊下の壁面や天井には氷見の里山杉をふんだんに用いている。まさに、ここにしかない、この場所でなければ不可能な建築だ。

▲ 2階ホワイエは天井高11m。壁面や天井は、三協立山のアルミ押出型材。表面処理によって金属ながら温かみが感じられる。

▲ 中央廊下の壁と天井にも、県産材の氷見の里山杉を用いた。使用量が多いため、専用の治具をつくって面取りしたという。

内藤氏がここまで“場所性”にこだわった背景には、「これからの美術館のひとつのあり方を示したい」という思いがあったからだ。「その場所を前提としたコレクションを持たず、“貸しギャラリー”と化した現在の美術館に限界を感じている」と言うのだ。

富山県立近代美術館では1981年の開館以来、20世紀美術、椅子やポスターといった独自のコレクションに力を入れてきた。「ここには屈指の所蔵品がある。ちょっと後戻りするかもしれないけれど、今こそ美術館の本道みたいなところで勝負してもよいのではないか。情報化社会のなかで消費され、薄まっていく美術館の歴史に棹さすような存在になれば」(内藤氏)。

周辺環境を含めてTADを眺めながら感じるのは、富山の豊かな自然と充実したコレクションに対する関係者の並々ならぬ思い入れである。リニューアルを機に、富山県の誇る財産を県民にしっかりと受け継いでいきたいという使命感である。ハコではない、場所と中身ありきの美術館プロジェクト。8月の全面開館が楽しみだ。(文・写真/今村玲子)End

富山県美術館

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