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カナダ、モントリオールまでちょっと旅をしませんか?

モントリオール、その豊かな音楽状況

一般的な日本の音楽ファンはカナダを隣接する大国と同一視し、多くのカナダのアーティストを米国出身と勘違いしているかもしれない。昨年11月に82歳で惜しまれて亡くなったレナード・コーエン、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェルといったシンガー・ソングライターの草分けがカナダ出身であることは比較的良く知られていると思うが、最近日本のCMにも登場しているアイドルのジャスティン・ビーヴァーから、ラッパーのドレイク、カントリー歌手のシャナイア・トウェイン、ジャズ歌手/ピアニストのダイアナ・クラール、50年代から活躍するポール・アンカといった人気アーティストが皆カナダ人と聞いて驚く人も少なくないはず。ついでに言えば、俳優でもそうだ。ライアン・ゴズリングもマイケル・J・フォックスもカナダ人である。

カナダは広い国土を持ち、多くの民族がモザイク状に住む移民の国であり、多文化主義を国是とするため、各地方に特徴的な音楽状況がある。その中でも特筆すべき音楽都市が、ケベック州で最大、国内でも第二の都市モントリオールだ。カナダが多文化を受け入れているのは、第一にこのケベックというフランス語が公用語の州の存在ゆえである。世界全体で見ても、モントリオールはパリに次ぐ2番目に大きな仏語圏の街で、今年で市制375年という長い歴史のなかで、欧州と北米の文化が出会う独特の文化を育んできた。

だから、モントリオールにはとても豊かな音楽状況があるが、仏語で歌うアーティストのほとんどは、地元で成功すると、次はフランスを活動の場とするので、なかなか日本にまで人気が伝わってこない。元々は仏語歌手だったが、英語で米国の主流ポップ音楽界に挑戦して世界的スターに昇りつめたセリーヌ・ディオンは数少ない例外である。ケイト&アンナ・マッガリグルとその子供のルーファス&マーサ・ウェインライトのような英仏両方の言語で歌って、米英の音楽界で活躍してきたシンガー・ソングライターたちはいるけれども。

だが、この10数年でモントリオールの異なった顔が知られるようになった。この街がインディ・ロックの新たな聖地として熱い注目を浴びているのだ。そのきっかけを作ったのは、05年にアーケイド・ファイアの『フューネラル』(04年発売)が欧米でセンセーションを巻き起こしたことである。彼らは通常のロック・バンドの編成にとらわれぬ、ストリングス他のさまざまな楽器を加えたチェンバー・ポップ的なロックを演奏するが、そのショウは「クラッシュとシルク・ド・ソレイユの出会い」とも形容される。そう、モントリオールはシルク・ド・ソレイユの本拠地でもある。

アーケイド・ファイアが結成されたのは、モントリオール市内のマイル・エンドというアーティストやボヘミアンが集まる地区だ。今ではニューヨークのブルックリンと並ぶヒップなエリアとして知られる。この地区はかつて繊維・衣服産業が盛んだったので、その工場や商店跡を改装した空間を活動の場とするアンダーグラウンドな音楽も発展し、そのDIY的エレクトロニク・ミュージックのムーヴメントは、「宅録女子」グライムズの12年のアルバム『ヴィジョンズ』のブレイクで広く知られることになった。グライムズはヴァンクーヴァー出身だが、モントリオールで自分の音楽を確立した。彼女のように、カナダ各地からモントリオールに移ってくるアーティストは後を絶たないという。

お隣りの超大国が反動的な政策を掲げる大統領を選んでしまった今、40代半ばのリベラルなイケメン首相が率いるカナダという国がひときわ輝いてみえる。そのジャスティン・トルドー首相もモントリオールで少年時代を過ごし、地元のマギル大学と大学院を修了と、この街が育てた人なのである。

今月のプレイリスト

▲ジャケット写真 左上から:アーケイド・ファイア「Everything Now」(single)、クロ・ペルガク「L’Etoile Thoracique」、アノマリー「Métropole」、ミルク&ボーン「Little Mourning」

さて、今月のプレイリストは、そんなモントリオールを拠点にするアーティスト4組の曲をお届けする。

▲Arcade Fire “Everything Now”|アーケイド・ファイア公式ページ

アーケイド・ファイアは11年にグラミー賞の年間最優秀アルバムを受賞したとき、そのスピーチでケベックとモントリオールに自分たちを受け入れてくれてありがとうと感謝した。彼らの大半はカナダ人だが、中心メンバーのウィルとウィンのバトラー兄弟は米国テキサス出身、レジーヌ・シャサーニュはハイチ移民の娘である。モントリオールの異文化を受け入れる懐の深さが彼らの成功の背景にあるわけだ。 この〈Everything Now〉は7月末発売予定のニュー・アルバムの表題曲。とてもポップな曲で、ピアノのフレーズがアバの〈ダンシング・クイーン〉を思い出させるほどだが、歌の内容は現在のオン・デマンド文化への皮肉をこめたものだ。

▲Klô Pelgag “Les ferrofluides-fleurs”|クロ・ペルガク公式ページ

現在、ケベックだけでなく、フランスでも最注目の女性アーティストのひとりに挙げられるのが、クロ・ペルガク。非常にユニークな音楽を変幻自在な歌唱で聞かせる女性で、様々な影響が窺える自作曲とその編曲にはたくさんのひねりがあり、歌の内容もとてもシュールなものだ。影響を受けた先達として、音楽ではドビュッシー、ジャック・ブレルから、キング・クリムゾン、フランク・ザッパまで、アートではダリやマグリットの名前を挙げるのにも納得だろう。この〈Les Ferrofluides-Fleurs〉は昨年11月に発売された2作目のアルバム「L’Etoile Thoracique あばら骨の星」から。 実に嬉しいことに、8月下旬にクロが初来日を果たす。富山県南砺市で91年から続くワールド・ミュージック・フェスティヴァル、スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドに出演するのだ。東京でのスキヤキ・トーキョーにも登場するので、絶対に見逃さないでほしい。

▲Anomalie “Métropole”|アノマリー公式ページ

ところで、モントリオールが生んだ最も有名なミュージシャンに挙げられるのが、ピアニストのオスカー・ピーターソンであるように、この街ではジャズも盛んだ。その歴史と近年のエレクトロク・ミュージックの隆盛が結び付けば、このようなエレクトロニク・ジャズの登場は当然と言えるか。アノマリーは子供の頃からクラシックとジャズを演奏してきたピアニストで、12年に有名指揮者ヤニック・ネゼ=セガンが始めた奨学金の最初の授与者になった実力の持ち主だが、その後はエレクトロニクスも用いて、ジャズ、クラシックにヒップホップやファンクの要素も取り込んだサウンドを追求するようになった。この〈Métropole〉は最新EPの表題曲だ。

▲Milk & Bone “Pressure”|ミルク&ボーン公式ページ

ローレンスとカミール、まだ若い女性2人のデュオ、ミルク&ボーンは14年に最初のシングルを発表。「次のグライムズ」と注目された。自分たちの音楽を言葉で定義したくないと言いながら、「みんなは、ポップ、エレクトロニク、インディとか呼ぶわね」と形容する。2人のハーモニーとエレクトロニク・ポップのサウンドが融合した〈Pressure〉は15年のデビュー・アルバム「Little Mourning」から。End

クロ・ペルガク来日情報

イベント名
スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド(富山)/スキヤキトーキョー2017(東京)
日程・会場
2017年8月27日富山県・福野文化創造センターヘリオス、2017年8月30日東京・渋谷WWW X
詳細
詳しくはイベント公式ページにて