モロッコ・エッサウィラ、アガディールまでちょっと旅をしませんか?
アーティスト4組の曲でミュージック・トリップ


 北アフリカのモロッコは地中海世界とアラブ世界の両方の一員であり、3分の2ほどがアラブ人、3分の1ほどがベルベル人(アマジール人)、少数派の黒人系という人口構成に、歴史的につながりのあるスペインやフランスからの影響などもあり、多彩な音楽を誇る国である。

ムハンマド6世以降の音楽状況

ただし、イスラム圏の保守的な社会ゆえ、流行のポップ音楽に関しては、エジプトやレバノンのヒット曲などのアラブ歌謡やアラブ系の民謡をベースにした自国の歌謡曲シャアビなどが長らく支配的だった。だから、かつての若者たちは通俗的な流行歌に甘んじるか、欧米のポップに耳を傾けるかという選択肢しかなかったのだが、この20年ほどで状況が大きく変わったようだ。

99年に保守的な国王ハサン2世が死去して、後継のムハンマド6世が改革路線を掲げたのに呼応して、00年代に音楽界でも「Nayda」と呼ばれるムーヴメントが起こった。この言葉は「目覚めよ! 前へ進め!」といった呼びかけの新たな造語で、スペインでフランコ独裁終焉後に起こったムーヴメント「Movida」に倣ったものだ。

このムーヴメントに後押しされ、今世紀に入ってからのモロッコでは、それまでは聴かれなかったような若者の現実と願望を反映したオルタナティヴな音楽の発展が見られる。ただし、ヒップホップやレゲエなどの外来の音楽の影響を取り入れても、彼らのめざすものは現代を生きるモロッコ人としての新たなアイデンティティの確立だ。それはアラブ語でもストリートで実際にしゃべられている言葉「Darija」を使う傾向や、モロッコ各地の伝統と現代的なサウンドの融合といった特性に現れている。

こういったムーヴメントはカサブランカなどの北部の都市中心だが、南部でもこの20年くらいの間に、グナワの伝統への注目やベルベル人の文化の再興などの変化が起きている。これもやはり「Nayda」以降の現象として共鳴するものなのだろう。今回は大規模な音楽フェスティバルを開催し、文化復興の原動力にするモロッコ南部の町エッサウィラとアガディールに注目したい。

アーティストを魅了する青と白の町、エッサウィラ

南西部の大西洋に面する沿岸地域にある小さな港町、エッサウィラ。ここは01年に旧市街(メディナ)が世界遺産に登録された美しい青と白の町だ。寄木細工や陶器などの優れた工芸品で有名な場所だが、長らく多くの作家、画家、彫刻家、そしてミュージシャンを魅了してきたアーティストに愛される町としても知られる。60~70年代にはミ・ヘンドリックスやフランク・ザッパ、ボブ・マーリーなどがこの町を訪れた。

そんな町が近年はグナワの聖地として、さらに知名度を上げている。グナワとは、16世紀後半に西アフリカから砂漠を超えてモロッコに連れられてきた黒人奴隷に継承された民間信仰でも音楽療法でもある儀礼であり、その音楽のこと。3弦の低音弦楽器ゲンブリと鉄製のカスタネットのようなカルカベ、太鼓のトゥベル、そして手拍子が作り出すポリリズミックな演奏とコール&レスポンスの歌による音楽で、人びとは夜を徹して歌い踊り、トランス状態となって、癒しを体験する。

グナワが盛んな場所といえば、マラケシュなども挙げられるが、エッサウィラでは、98年から毎年6月末にグナワ・フェスティバル・オブ・ワールド・ミュージックという大規模なフェスが開催されているため、その音楽の代名詞の座を奪ったのだ。「グナワ文化とモロッコにおける文化の民主化のために闘う」とその目標を宣言するフェスは、今や4日間に世界中からのべ50万近い人が集まる一大イベントとなった。昼間から夜通し明け方まで、町中のあちこちに作られた10カ所を数える舞台でグナワが演奏され、人びとはその音楽がもたらすトランス状態に心身を委ねる。

近年グナワは世界的に人気が高まり、アフリカや欧州各国にも広まっている。エッサウィラのフェスには、ハミッド・エル・カルシら、地元のマアレム(師匠)たちに加え、他ジャンルの国際的なアーティストも招かれる。過去にはジャズの巨人ウェイン・ショーター、ブラジルのカルリーニョス・ブラウン、マリのコラの名人トゥマニ・ジャバティなどが参加し、グナワとの共演も行われてきた。今年は異ジャンルのコラボに積極的なアメリカの「ジャム」・ジャズ・バンド、スナ―キー・パピーの出演がいち早く告知されている。

波及する音楽イベント——アガディールの「ティミタル音楽フェスティバル」

エッサウィラのフェスの成功は近隣の地方にも刺激を与え、同じように地元の伝統に根ざしながら、世界に開かれたイべントが生まれた。エッサウィラの南にあるアガディールは年間を通して気候が良く欧米人に大人気のビーチ・リゾート地だ。60年の大地震で崩壊したが、西洋的な近代的な街並みに再建され、まるで欧州の都市のような雰囲気を持つ町でもある。この町の属する南部のスース=マサ地方はベルベル人の人口比が高い。このアガディールでは毎年7月にベルベル人の音楽と文化を祝う大規模なイべント、ティミタル音楽フェスティバルが開催されている。

モロッコの人口の3分の1を占めるにもかかわらず、ベルベル人は軽視され、憲法に保障された権利を侵害されてきたと長らく不満を抱えてきた。そんな彼らは90年代半ばに立ち上がり、国王に自分たちの伝統と文化を尊重し、敬意を表明することを公けに要求した。その結果、現在の国王の支援をとりつけ、近年その文化の復興がめざましいのだ。ティミタル音楽フェスティバルはその象徴的存在のイベントであり、その伝統を現代のポップ音楽に融合させるアーティストやバンドも登場する。

今回選んだ4組のアーティスト、バンドは、モロッコの南部にルーツを持ち、その伝統に敬意を払いながら、国外のアーティストとの交流にも積極的な人たちである。

▲ジャケット写真 左上からアメッド・ソウルタン「Afrobian」、シモ・ラグナーウィ「Gnawa Berber」、リバブ・フュージョン「Almougar」、ウム「Zarabi」

4ヶ国語で歌うアフロビアン・ソウル——アメッド・ソウルタン

アメッド・ソウルタンはスース=マサ地方のタルーダント出身の人気歌手。アラブ語、フランス語、タマジグド(ベルベル)語、英語の4か国語で歌う自分のスタイルを「アフロビアン・ソウル」と呼ぶ。芸名の「Soultan」も「soul」にひっかけたものだ。アメッドは前述の「Nayda」のリーダー的存在のひとりとみなされている。05年にデビュー。シングル〈Ya Salam〉が北アフリカ全体でヒット。国内にとどまらず、アフリカ各国の有名フェスティバルにも出演し、フランス、スペイン、オランダにも招かれた。10年にはアメリカの人気R&B歌手Ne-Yoのアルバムにも参加。11年にはアフリカと地球全体の気候変動問題を訴える曲〈ピープル・パワー〉で各国の歌手たちと共演した。

 この〈Afrobian〉は、16年の表題通りの内容のアルバム「Music Has No Boundaries」からの曲で、アメリカからJBズのフレッド・ウェズリーとピー・ウィー・エリス、ナイジェリアからアフロビートのフェミ・クティが参加。そして、グナワ音楽の注目の若手メーディ・ナソーリがゲンブリを弾くなど、国やジャンルを超えた「境界線の無い」コラボを展開している。

グアナをロンドンから広めるシモ・ラグナーウィ

10年代に広く名前を知られるようになったグナワの注目アーティストのひとりがシモ・ラグナーウィ。グナワを世界に広めるのに大きな貢献をしている第一人者ハッサン・ハクムーンが長らくニューヨークを拠点にしているように、現在シモはロンドンに住み、モロッコと英国を行き来しながら活動を続ける。

元々はマラケシュ、エッサウィラなどの南部の町で育ち、祖父がマアレムで「彼の仕事が多くの人びとに幸せと喜びをもたらす」のを目にしながら、子供の頃からグナワを演奏してきた。ロンドンに渡ったのは08年のこと。当初はグナワを英国で知ってもらうのに苦労した。マネジャーもエージェントもいないまま、独力で少しずつ前に進み、英国で唯一グナワを教える学校を設立。14年に自身のグループ、グナワ・ロンドンと発表したアルバム「Gnawa Berber」が高い評価を受ける。ワールド・ミュージック専門誌「Songlines」では最優秀新人と年間最優秀アーティストの2部門で候補になった。

アマジール風ファンクを奏でる「リバブ・フュージョン」

リバブ・フュージョンは08年にアガディールで結成された。バンド名にもなっている「リバブ」はベルベル人の伝統の擦弦楽器のこと。アガディールやエッサウィラを訪ねることがあれば、街角で地元のベルベル人のストリート・ミュージシャンが1本の弦を弓で弾く楽器を弾く姿を見ることもあるだろう。

この曲は16年のアルバム「Almougar」からで、そのリバブをフィーチャーしたアマジール風ファンクだ。彼らはエッサウィラのフェスにも招かれ、伝統楽器をうまく取り入れたエネルギッシュな演奏は評判をとった。その後、人気を国外にも拡大して、アメリカ・ツアーも行っている。

モロッコ南部のオーガニック・ソウル——ウム

女性歌手のウムはモロッコのオーガニック・ソウル歌手といったところか。幼い頃から合唱隊で歌っていたゴスペルをはじめ、ジャズやR&Bの影響は明らかだが、パリでの2年間の活動を経ての帰国後は、マラケシュ育ちという自分のルーツを見つめ直す。サハラ地域のハッサーニの文化をとりこみ、「砂漠のブルーズ」的な味わいも加わった。エッサウィラのフェスにも出演している。この曲は15年の4作目「Zarabi」から。

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