クリエイティブな課題を設定する力を育む源はどこにある?
サバティカル旅のはじまり

▲パリに降り立ってからの数日は、時差ボケ真っ只中で子どもと日の出から公園を散策。

寛容で暮らしやすい社会とは何だろうか。
突然そんな途方もない質問を投げかけられて、あなたは何と答えられるだろうか。

デザインにまつわる施設で働きながら、これから生きていく上での自分の考えや家族の暮らしがあって、そんな問いを常日頃、デザインというフィルターを通して世の中を見て感じながら暮らしています。オランダのデザインアカデミーを卒業した時に、学長から「ここを出たら24時間デザイン、アートの役割を考えなさい。」と言われたものですが、卒業してからの約10年を省みると自ずとそうなっているようです。

さて、改めて僕の自己紹介ですが、東京のデザイン施設で展覧会のプログラムディレクターという仕事をしています。そこでの主な仕事は、お題となるテーマを設定して、リサーチを行い、教育機関・研究機関やデザイナーとの協働による展示、ワークショップなどを通して、デザインでできること、デザインがもたらすことを世の中に訴求していくことです。

私生活では、30代もおよそ後半に差し掛かり家族との暮らしの中で見えてくる子どもの教育、行政のサービスのことなど、疑問や興味を感じることが多く、仕事柄ともあいまって、これらを改めて見つめ直したいという気持ちがふつふつと湧いてきました。
そして、会社と長期に及ぶ調整の末、3ヶ月のサバティカルをもらい、妻と子どもたちを連れてヨーロッパ各地へ研修の旅に出ることになりました。

※サバティカルとは使途の限られない長期休暇という意味。休暇の少ない日本では聞きなれないサバティカルですが、欧米では会社員や研究者が1ヶ月〜1年間の長期休暇を取ることは珍しいことではないようです。専門性を深めたり、リフレッシュして働き方を見直したりと、いろいろな使われ方をしています。

暮らしやすさを生む力の源を探るために

さて、今回のヨーロッパへのサバティカルの旅の目的は、「課題の設定力を学ぶ」ということです。

普段僕が携わっている仕事では、デザイナーやアーティストに制作を依頼し、彼らが「答え」となる作品を打ち出すのですが、その答えを導き出す以前に「課題」を用意する必要があります。では、その課題を、社会を俯瞰しつつクリエイティブに投げかけることで、より面白い、意外性のある答えが出てくるのでは、と考えたのが今回の旅の発端です。

例えば、「人の距離感」をテーマにリサーチをし、ビジュアル化する。保育児と老人が兼用できるものをデザインする。だったり、社会を考えるきっかけになること。これはデザイナーのクリエイティビティだけに頼るのではなく、お題を提供する側にもクリエイティビティが求められています。

デザインはものづくりだけではなく、生まれてから死ぬまで、また次の世代まで残る、様々な暮らしの価値を提供できるはずです。アートは一個人の創造性だけではなく、寛容性、独自性などの人それぞれが違って当たり前という多様性をもたらすはずです。ただ、デザインやアートという前に、今の僕たち日本の社会を見てみると様々な課題が待ち受けている現状があります。

そこでこの旅では、オリンピック需要に湧く東京のように一過性の変化についてではなく、もう少し根源的なところにある暮らしの尺度を広げていくような活動について、マクロな視点で文化・教育機関などを巡って話を聞いてきます。一方、ミクロの視点では、単純に自分と家族という単位で見たときの、個人の生活レベル、夫婦の仕事と家庭のバランス、多様な暮らしの選択、そんなところを各地でフィールドも人種も様々な友人・知人と触れ合い、直接体験してお伝えしていきたいと思います。

▲新しいものと古いものが混在する街並みに、人は身を委ねるようにしてその場に寄り添っている。

まだまだ想像の範疇ですが、日本とヨーロッパで見えてくる違いというのは、ひとりひとりが持つ問題意識とそれを形成するプラットフォームのあり方によるところが大きいのではないかと思っています。では、この意識づけはどのように生まれるのか。ざっくり言ってしまえば、ほぼ単一民族の集団主義とも言うべく横並びの均質的な環境で育ってきた僕たち日本人と、多様な人種が入り混じり、個人主義的でそれぞれの意思を尊重される環境で育ってきたヨーロッパの人たち。どちらにも一長一短ありながら、双方の良さをどう吸収し、実践していくことができるのでしょうか。

▲街の様々な暮らしの要素が融合する広場では、大人が読書する横で子どもが遊び、バイオリンの練習が響いていた。

僕は、何かの学問の専門家でも社会活動家でもないのですが、お題を立てる側の人間として、アートやデザインが人間性を重視した形で社会的に根付いているヨーロッパ諸国の文化機関・教育機関や、行政、農業、コミュニティなどに目を向けてミクロ/マクロ双方の視点、更には僕個人だけでなく家族の視点も交えつつ、それぞれの活動の魅力や課題解決のための「お題」を探っていきたいと思います。

▲現地の知人とランチへ。異国へ降り立ったばかりの子どもの順応性の高さとマイペースさに一安心する。

さて、最初に降り立ったのはパリです。今後各地で課題収集のレポートをお届けします。End

▲パリへはモスクワを経由して到着した。