佐藤可士和さん ☓ 田川欣哉さん 対談
コクヨデザインアワードの審査員を務めたふたりが語る
「デザインアワードが果たす役割」

商品化を目指す国際デザインコンペティション「コクヨデザインアワード」の審査員を2011年から2016年にわたって務めたクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんとデザインエンジニアの田川欣哉さん。毎年1,500近い応募作品の中からグランプリや優秀作品を選んできたが、その審査の裏側にはどのような想いがあったのだろう。6回の審査を振り返りつつ、今後のデザインアワードのあり方までを語りあった。

テーマにふさわしいかどうか

ーーこの6年間、どのような視点で審査にのぞみましたか。

佐藤 コクヨデザインアワードに限らず、デザインコンペティションでグランプリを決めるのはとても重要なことです。グランプリが、そのアワードのメッセージとなり、主催者の考え方を打ち出すからです。審査員がまず見るのは、テーマと作品が合っているかどうかです。

田川 佐藤さんと僕がコクヨデザインアワードの審査に加わった初年度(2011 年)は、アワードが1年の休みをはさんだ後にリスタートした年です。ある意味、アワードの意味付けが再定義された年だったこともあって、グランプリになった「roll table(ロールテーブル)」は特に記憶に残っています。

佐藤 roll tableはファニチャー事業部とステーショナリー事業部の架け橋となるような作品でした。また、道具が1つ増えることによって、子どものクリエイティビティまでもが変わりそうな感じが伝わってきた。訴えたいことがはっきりあって、しかも新しい領域のことをやろうとしている点がよかったと思う。そういう着眼点があるかどうか、ですよね。

▲2011年のテーマは、Campus=「学びのデザイン」。グランプリ「roll table」(神戸意匠繰練所)は、芯材をロール状の紙で巻き込み、自由に絵や文字を書ける子ども用テーブル。60 個限定で販売され、完売した。

田川 審査員は5名ほどで構成され、それぞれ専門性も違うのですが、どの年もグランプリは満場一致で決まっていました。

佐藤 とてもスムーズでした。バランス感覚の優れた審査チームだったと思います。

田川 審査員たちは「今年のテーマに いちばんふさわしいものはどれか」という議論を常にしていました。審査の過程の中でテーマが掘り下げられ、その結果として、上位に入る作品が自然と決まっていくような感じでした。しかも、このアワードは、表彰式のトークイベントで、審査員の考えや議論を一般の方とシェアします。「これからはこういう考え方が大事」というメッセージがテーマとともにみんなに伝わっていく。それもこのアワードの意義のひとつなのかなと思います。

▲2011年-2016年の間のグランプリ受賞作品 左上から「roll table(2011)」「なまえのないえのぐ(2012)」「ガリボールペン(2013)」「すける はさみ(2014)」「すっきりとした単語帳(2015)」「素材としての文房具(2016)」

2012年のテーマは、Campus「ノートを超えろ!」。グランプリ「なまえのないえのぐ」(いま、もてき)は、色の名前という固定概念をなくし、自由な発想でお絵描きを楽しめる絵の具。「完成度の高い提案をそのままいいかたちに商品化できた」(佐藤氏)。

ーー審査員のモチベーションはどんなところにあるのでしょう。

佐藤 田川さんと知り合ったのはコクヨデザインアワードがきっかけです。審査員同士のコミュニケーションもすごく楽しいし、そこから新たな関係性が生まれることもある。毎回、さまざまな分野の人が何を語るのかが楽しみで、それがいちばんのモチベーションでした。

田川 僕の場合は、他の審査員の方々の視点や思考を間近で見られるところがモチベーションになっていました。こうしたシチュエーションは普通の仕事ではなかなかないので、アワード審査の醍醐味ではないかと思います。

ヒト発想のアワードの可能性

ーーコクヨデザインアワードの特徴のひとつは受賞作の商品化です。商品化について期待することはありますか。

佐藤 やっぱり大ヒット商品が生まれてほしいですよね。アワードを通して考えたデザインが世の中にたくさん伝播して受け入れられる、ということが目指すべきゴールでは。ただし、いろいろな要素が噛み合わないとヒットは難しいから、まずはもっとたくさん商品化したほうがいいと思います。

田川 コクヨデザインアワードは受賞作をできるだけそのまま商品化しようとするから、どうしても実現のハードルが高くなり、商品化に至らないケースもありますよね。でも、受賞者の中には腕のいいデザイナーもいるだろうし、たくさんの可能性を秘めた人たちなはず。例えば、アワードの続編的なアクティビティとして受賞者とコクヨがチームを組んで、受賞作品とは関係なく、新しくモノづくりをやってみるのも面白いかもしれませんよ。

佐藤 それはすばらしいアイデア。モノ発想を、ヒト発想に変えるということですね。僕も仕事をしていて思うのは、結局人材がいちばん大事ということなんです。コクヨにとっての財産は、実は受賞者のみなさんとのコネクション。アワードをきっかけに彼らとディスカッションして、普通の仕事と同じように商品開発していけばヒット商品が生まれるかもしれない。

田川 アワードで何を発掘するかがポイントだと思うんです。今は、ヒット商品を発掘しようとしているけれど、ヒット商品をつくれそうな人を発掘すればいい。グランプリは1点しかないけれど、グランプリを生み出せる人たちと一緒につくっていく仕組みがあれば、商品化の可能性の母数が増えますよね。

佐藤 そのほうがいい、もっと早く気づくべきだったなあ(笑)。できあがったもの、つまり完成したポスターやグラフィックを審査するアワードだとそれっきりなんです。実は、10年前くらいからそこに閉塞感を感じていて。昔は世界中の「いいもの」を見ることができなかったから、みんなが1年間取り組んだものを集めて審査したり、年鑑にする意味がありました。今はネットのおかげで世界中のものがリアルタイムで誰でも見られて、日々その場で評価されている。実は、アワードよりも世の中のほうが先に行っちゃっているんですよね。

ーーそういう意味では、コクヨデザインアワードは、できあがったものというよりは考え方を評価する傾向があります。

田川 例えば、情報処理推進機構による「未踏ソフトウェア創造事業」というプロジェクトは、全国から天才的なプログラマーを集めてコミュニティ化し、卒業生がさまざまな分野で活躍しているんです。そこは人で選ぶんですよ。審査員の指導を受けながら半年くらいかけてソフトウェアをつくって、それをもって審査される。同じようにコクヨデザインアワードでも、発掘した人材をコミュニティとしてしっかりホールドできれば、彼らが10年後20年後にスタープレイヤーになっていたりするかもしれません。

佐藤 とにかく人材ですよね。どんな仕事でも最後は人の話になります。少子化が進み人口減少の日本では、どれだけいい人材を確保し、ひとりひとりの活躍の幅を広げることが重要です。企業の役割はそうした人材のポテンシャルを引き出すこと。それは最終的に、企業の力となっていくわけですから。

次世代のデザインを引っ張る人材とは

ーー最後にアワードやデザイナーを目指す人へのメッセージをお願いします。

佐藤 必死に新しいパースペクティブを見つけて、新しいモノやコト、考え方に取り組んでほしいですね。世の中にこれだけモノがあふれて、あらゆることが尽くされていると、新しい何かを見つけることは本当に難しい。それでもどこかにあるんじゃないかと、それを信じられるかどうかだと思います。

田川 今って、昔ながらのデザインやビジネスの要素がバラバラになって、全く違うかたちに再構成されている時代だと思うんです。そういう時代では、「あの人みたいになりたい」「あの人から評価されたい」といった過去の呪縛から解放される必要があると思います。

佐藤 現状のデザイン界に憧れを持っているようではダメ。でも、そういう憧れを持った人はまだたくさんいると思う。

田川 今は、デザインだけではなく、あらゆる物事の枠組みがガラッと変わりつつある。大事なのはその認識があるかどうかです。未来を切り開いていくタイプの人たちは、「簡単に人にわかってもらえるようなものには価値がない」とすら思っている。今はまだその人にしかわからないことに取り組んでいるからこそ強さがあるんです。だからアワードをきっかけに、自分自身が何に対してどうアプローチするのか、という視点で考えてみるのはどうでしょう。現時点の評価軸に乗らないことでも果敢にやってみる。それくらいの人たちが次世代をつくっていくと思うんです。

佐藤 次世代のデザインを引っ張っていくのは、狭い意味でのデザイナーではなく、既存のデザインという枠組みから大きく外れているような人たちかもしれないね。

ーーありがとうございました。

▲SAMURAI 代表、クリエイティブディレクター・アートディレクターの佐藤可士和氏。(http://kashiwasato.com
Takram 代表、デザインエンジニアの田川欣哉氏。
佐藤可士和
SAMURAI代表。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。博報堂を経て2000年独立。ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、コンセプトの構築からコミュニケーション計画の設計、ビジュアル開発、デザインコンサルティングまでを手がける。20万部を超えるベストセラー「佐藤可士和の超整理術」はじめ、「佐藤可士和のクリエイティブシンキング」、絵本「えじえじえじじえ」(谷川俊太郎氏と共著)ほか著書多数。
田川欣哉
Takram代表。ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。2015年より英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにて客員教授を兼務。なお、デザイン誌「AXIS」で「田川欣哉のBTCトークジャム」を連載中。

コクヨデザインアワード2017の受付が始まっている。今年度のテーマは「NEW STORY」。
審査員は植原亮輔、川村真司、佐藤オオキ、鈴木康広、渡邉良重、黒田章裕。エントリーと作品提出は8月31日(木)正午まで。
グランプリは賞金200万円。詳細はコクヨHP内のコクヨデザインアワード2017をご覧ください。(Photos by Junya IgarashiEnd


▲対談を行ったのは、コクヨが東京・千駄ヶ谷にオープンさせたライフスタイルショップ&カフェ「THINK OF THINGS(シンク オブシングス)」2階の多目的スペース。自主イベントやレンタルスペースとして使うほか、1 階には文具などのセレクトショップとOBSCURA COFFEE ROASTRS プロデュースのカフェがあり、5 月のオープン以来、多くの人で賑わう。対談時には、THINK OF THINGSの多目的スペース「TOT STUDIO」にふたりがコクヨデザインアワードの審査員になってから誕生した商品や受賞作が並んだ。これらの商品は、1階のライフスタイルショップでも販売している。