ドイツ・エルツ地方の玩具職人の想いと技に触れる
「ヨーロッパの木の玩具(おもちゃ)」展

▲ドイツ・エルツ地方から来日した玩具職人のクリスチアン・ヴェルナーさん。

将棋の最多連勝記録(29連勝)を達成した藤井聡太四段が、子どものときにスイスの木製玩具「キュボロ」で遊んでいたことが話題になった。キュボロはパズル、積木、玉を転がして遊ぶといった要素を併せ持つ。玉が通る道を考えながらブロックを組み合わせるため、三次元的なイメージ力が養われるという。こうした木製玩具は、手触りのよさや温かみを感じられるだけでなく論理的な思考を育む知育玩具として近年また脚光を浴びているようだ。

▲展示室「1. 手で遊び、考える玩具」では、「積木」「パターン」「パズル」といったトピックごとに紹介。キュボロも展示。

現在、ヨーロッパの木製玩具を紹介する展覧会が、東京の目黒区美術館で開催されている。1971年から良質な玩具を輸入販売している「アトリエ ニキティキ」の協力で、同館がこうした展覧会を行うのは3回目。ドイツ・デュシマ社やスイス・ネフ社といったメーカーによる約600点を一堂に集めたほか、今回の目玉として、玩具工房が集まるドイツ・ザクセン州のエルツ山地に焦点を当てている。

▲展示室「2. 手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」では、エルツ山地の7工房を紹介。

▲エルツ山地はチャイコフスキー作品のモデルにもなった「くるみ割り人形」のふるさと。

「金太郎飴」方式で効率的にミニチュア動物を生産

7月15日〜17日の3日間、エルツ地方ザイフェン村の玩具職人クリスチアン・ヴェルナーさんが、世界で唯一の木工ロクロ挽きによる玩具づくりの技術「ライフェンドレーエン」(輪を回しながら加工するという意味)を披露した。ヴェルナーさんがドイツ以外で実演するのは初めて。「私がこの仕事を始めた頃は東西ドイツが分断していたため思うように動くことはできませんでした。今は自由にいろいろな人と友達になれる。私にとっていちばん大事なのはお金を稼ぐことよりも、おもちゃを通して人に会えることなんです」と初来日を喜んだ。

▲クリスチアン・ヴェルナーさん(右)と息子のアンドレアスさん。

▲「ライフェンドレーエン」を実演するヴェルナーさん。削られた木屑が勢い良く飛ぶ。自作の機械は今回の実演のために約3カ月かけて新しく組み上げ、船便で輸送した。

エルツ山地近郊はかつて錫鉱山で栄えた。18世紀以降に衰退して閉山した際、村人たちが「残された水力による動力装置を使って何か生み出せないか」と考えたのが木の玩具づくりだった。「もともとザイフェンはガラス細工も盛んで美しいものに対する感度の高い地域。そのセンスを生かした仕事がこうした技術につながっている」とヴェルナーさんは説明する。

ザイフェン村には100近い玩具工房があるが、得意とする技術や作風はそれぞれ異なっている。1985年から自身の工房を営むヴェルナーさんは、1800年代に開発されたロクロ挽きによる技術「ライフェンドレーエン」の数少ない継承者だ。ロクロ挽きでドーナツ状に中央をくり抜いた木材の表面に金具で凹凸を入れ、それを「金太郎飴」のように縦に分割していくと断面が動物になる。「昔の職人が開発した効率のよい技術のおかげでミニチュア動物を大量生産できるようになり、ザイフェンは木製玩具の世界的産地になることができたのです」(クリスチアン・ヴェルナー)。

▲凹凸を入れたドーナツ状の木材。樹種は、北側の斜面でゆっくり育ったヨーロッパトウヒ。日が当たらないためきれいな木目になるという。ヴェルナーさんは1年分の丸太を自ら買い付ける。

▲縦に分割すると馬の断面が見える。木材にたっぷり水分を含ませることで、作業時の素材は柔らかい。

▲でき上がった馬の原型は水で煮てさらに柔らかくする。

▲息子で修行中のアンドレアスさんが小刀で馬の形を整える。背後の「キャンドル立て」(1992年)は、ヴェルナーさんの作品。

▲チーズフォンデュのようにベースカラーを塗装する。

▲細部を塗って仕上げるアンドレアスさん。

▲ミニチュア馬の完成。

私たちは芸術家ではなく、シンプルな職人

関係者の懇親会で、ヴェルナーさんは59歳の誕生祝いを受けた。木の輪を模したケーキを前に「今、父ヴァルターのことを思い出しています」と顔をほころばせた。「父は玩具に情熱を注いだ立派な職人。しかし子どもたちにその道を強要したことは一度もありませんでした。私はのびのびと育ちながら、それでもやっぱりこの道を自ら選んだのです。私たちは芸術家ではなくシンプルな人間、シンプルな職人。そんなふうに父が育ててくれたことをありがたく思います」。

現在、ヴェルナーさんとふたりの弟がそれぞれ自分の工房を営んでいる。しかし若い世代が村を出たまま戻らず、後継者不足に悩む工房も少なくないそうだ。ヴェルナーさんがドイツ各地で実演やワークショップを積極に行っている理由のひとつは、できるだけ多くの人に技術を知ってもらうためでもある。

会場ではクリスチアン・ヴェルナー ライフェンドレーエン工房を含む7工房が紹介されている。ルーツでもある鉱山や鉱夫をモチーフにした玩具も多い。家業や小規模で営む工房の個性と巧みな技が生み出す、「おもちゃ」を超えた工芸作品のような造形の世界に触れることのできる貴重な機会だ。End

▲ヴェルナー家三男のジークフリートが代表を務めるヴァルター・ヴェルナー工房による「クリスマス・ピラミッド」(1998年)。鉱石を掘り出して運ぶ様子が表現されている。

▲ヴェルナー家次男のヴォルフガングによるヴェルナー玩具工房の作品「乗馬」。

▲ライクセンリンク工房による「市場の花売り」(1965年)。刃先でボダイジュ材を細かく削って花を表現している。

「ヨーロッパの木の玩具(おもちゃ) ドイツ・スイス、北欧を中心に」

会期
2017年7月8日(土)〜9月3日(日)10:00~18:00 月曜休館
会場
目黒区美術館
詳細
http://mmat.jp/exhibition/archives/ex170708