本づくりを通して世界を変える。
インドの小さな出版社
「タラブックス」の展覧会

▲「水の生きもの」(2011年初版)。タラブックスの訳書は、日本でも約10冊が刊行されている。

手漉きならではの、繊維がやや毛羽立った優しい風合いの紙。その手触りを楽しみながらページを繰るごとに、漆黒に広がるのびやかな線とあざやかな色の世界に目が奪われる。描かれているのは、インド先住民族のアーティストによる生命の物語だ。世界中で90万部以上の販売を誇る絵本「夜の木」は、南インド・チェンナイを拠点とする出版社「タラブックス」の代名詞のような一冊である。同社が生み出してきた美しい絵本と、その革新的なものづくりの全貌を紹介する展覧会「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」が、11月25日(土)から2018年1月8日(月祝)まで東京・板橋区立美術館で開かれる。

▲「夜の木」(2006年初版)。夜になると木に集まってくるさまざまな生き物たちの物語。

無名の作家にこだわり、見たことのない本をつくる

職人が1ページずつシルクスクリーンで手刷りをし、針と糸で綴じるという、まるで工芸品のような絵本。幾重もの工程を手作業で仕上げ、世界中からの注文に応えるために、わずか数千冊の納品に半年から9カ月も要しているという。

▲絵も文字もすべてシルクスクリーンで1ページずつ手刷りする。

▲刷ったあと紙を乾燥させる。

▲1冊分を糸でかがる。

1994年にタラブックスを設立したのは、ふたりのインド人女性、ギータ・ウォルフとV.ギータ。「インドに良質な本を届けたい」という想いから、これまでに120冊以上の本を発行してきた。子ども向けの絵本だけでなく、政治、社会、環境問題、教育、芸術などテーマは多岐にわたる。「私たちが好きなもの、尊ぶものを出版しています」と話すふたりが大切にしているのは、見て美しいだけでなく、つくり手の価値観が伝わるような本を生み出すことだ。

▲インドの民族画家と初めてつくった本「Beasts of India」(2003年初版)。

そのためにインドだけでなく世界中から作家を発掘し、時にはともに生活をしながら、新しい本について対話を重ねていく。2015年には日本人作家による絵本「くまさんどこかな?」(タカハシカオリ、日本語版は河出書房新社より刊行)が出版され、まもなく新たにふたりの日本人作家による新刊もお目見えする。ウォルフとギータが来日してワークショップを行ったときに出会った、絵本の世界では無名の才能たちだ。

無名の作家にこだわるのは、「人は誰でも宝物を持っていて、それを形にするのが私たちの仕事」だから。「多くの出版社は有名作家の本を出すことで支持されますが、タラブックスは私たちがつくった本によって支持されています。次に何をしたいかを考え続けているので、出版社というよりはデザインスタジオの仕事に近いかもしれません」(V.ギータ)。

▲「くまさんどこかな?」(2015年初版)は、大きな1枚の紙を少しずつ広げながら読むユニークな絵本。ほかにも蛇腹折りや巻物状の絵本など、内容に合わせた独創的なブックデザインも見どころ。

本の可能性を語るシンポジウムを開催

よい本をつくって世界中に届ける、という出版社としての使命と同時に、タラブックスでは本づくりを通してインド国内の社会変革にも向き合う。

例えば、「夜の木」を描いたゴンド族のアーティストには対価を支払うだけでなく、著作権など自身の権利を守る概念を伝えた。また、自社工房の職人は共同体として生活をともにしながら技術を身につけ、語学などの教育も受けられるなど、いまだ根強い身分差別の垣根を取り払う。まず一緒に働く人たちから現状をよくしていきたいという想いがあるからだ。

社員15人、印刷・製本工房の職人が約30人という小さな規模だからこそできるクオリティやフットワークのよさを大切にし、急激な拡大を望まない。完璧に納得できる仕事しかしないため、必要な時間と労力は惜しまずかける。実験的なアイデアをかたちにするため、リスクを冒すことを恐れない、といった常識をくつがえす哲学がタラブックスを唯一無二の存在にしている。また、そうした取り組みや価値観について、ふたりが各地に赴いて自らの言葉で語り、時には映像で配信するなど、さまざまな方法で伝え続けることで、世界中で支持者を増やし、ビジネスとしても適切に成長している点に注目したい。

▲作家とディスカッションするタラブックス代表のギータ・ウォルフ(中央)とV.ギータ(右下)。

本展の関連企画として、11月28日(火)には東京・品川のコクヨホールでシンポジウム「世界を変える本づくり」が開催される。タラブックスのふたりと、同社のように小規模のメリットを活かしてオリジナリティの高い本を制作する日本の出版社や編集者、作家、装丁家、あるいはそれを読者に届ける書店主らが集い、今の時代における本づくりのあり方、これからの本の可能性について語り合うという。

小さいからこそできることがある。本に限らず、あらゆるものづくりやクリエイティブにとって希望を与えてくれそうな内容だ。End

参考文献:
「タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる」(玄光社)Amazonで購入する>
「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」(ブルーシープ)Amazonで購入する>

「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」

会期
2017年11月25日(土)〜2018年1月8日(月・祝)9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日
月曜休館(ただし1月8日は開館)、12月29日〜1月3日
会場
板橋区立美術館
観覧料
一般650円、高校大学生450円、小中学生200円 ※土曜日は小中高校生が無料
詳細
http://www.itabashiartmuseum.jp/

シンポジウム「世界を変える本づくり」

日時
2017年11月28日(火)14:00〜18:00
プログラム
14:00〜 ギータ・ウォルフ基調講演 挑戦を続けるタラブックス、20年の歩み
14:30〜 第1部 絵本づくりの秘密
16:00〜 第2部 小さな出版社が、世界を変える
パネリスト
ギータ・ウォルフ/V.ギータ(タラブックス代表)、稲垣えみ子(フリーランサー)、内沼晋太郎(numabooks代表)、北野嘉久(コクヨ アーツ&クラフツ編集者)、齋藤名穂(建築家、デザイナー、タラブックス著者)、三島邦弘(ミシマ社代表)、松岡希代子(板橋区立美術館副館長)、矢萩多聞(画家・装丁家、「タラブックス」玄光社刊の著者)
会場
コクヨホール(東京都港区港南1−8−35)
参加料
1,000円(同時通訳つき)
定員
300人
申し込み
件名に「シンポジウム申し込み」と明記のうえ、お名前、ご連絡先、参加人数を添えて、メール(info@bluesheep.jp)にてお申し込みください。
問い合せ
ブルーシープ http://www.bluesheep.jp