ベルリン芸術大学(UdK)のオープンキャンパスに見る、科学的視点を取り入れたデザイン教育

▲ベルリン芸術大学(UdK)の制作展「ルンドガング」のポスターは、コンペを勝ち抜いた学生の作品。他の候補作品はグラフィックデザインクラスのインスタグラムでチェックできる。

ベルリンの美術大学では若手クリエイターがどのように育ち、社会に向けてどのようなアプローチをしているのか。この地が東西に分かれていた時代から存在するふたつの芸術大学ーー西のベルリン芸術大学と東のベルリン・ヴァイセンゼー芸術大学のセメスター終わりの制作展「ルンドガング(Rundgang)」の様子をお伝えする。

力を入れるのは、芸術と科学というふたつの側面

▲ベルリン芸術大学UdK(Universität der Künste Berlin)

ドイツのなかでもアーティストやデザイナーが多く集まるベルリンでは、毎年夏に各大学のセメスター終わりの制作展が開かれ、大学が広く一般に開放される。ベルリン芸術大学やベルリン・ヴァイセンゼー芸術大学は、さまざまなオープンキャンパスのなかでも重要なアート/デザインフェアの機能を果たし、若いクリエイターの発掘には絶好の機会となる。市民はもちろん、多くのアート/デザイン関係者が足を運ぶため、学生にとってもプロフェッショナルとしての活動の一歩が開かれるかもしれない一大イベントなのだ。

芸術大学としてヨーロッパで最も大きな規模を誇り、UdKという愛称で親しまれるベルリン芸術大学は、4つの学部(ファインアート、建築&メディア&デザイン、音楽、舞台芸術)の40以上のプログラムからなる、ドイツに3校ある総合芸術大学のひとつ。

過去にはオラファー・エリアソンや元クラフトワークのカール・バルトス、現在はアイ・ウェイウェイやイケムラレイコといった著名なアーティストが指導者として在籍。特に芸術と科学の両面から視点を養うことに力を入れ、科学者や研究機関とも連携するのが特徴だ。「デザイン・リサーチ・ラボ」や「ヴィレム・フルッサー・アーカイブ」といった研究施設も擁している。

さすがベルリン屈指の規模を誇るとあって、オープンキャンパスは市内複数のキャンパスに散らばっている。ここではメイン会場のファインアートと建築、メディアハウスのビジュアルコミュニケーションとメディアアート学科を取り上げたい。

▲UdKメイン校舎の中庭。学生がバーやカフェを出店し、多くの来場者で賑わう。

著名アーティストが名を連ねるファインアート学科

まずは、メイン校舎のファインアート学科。ドイツにはマイスター制度という風習があるが、UdKの学生は、先に記したような個性豊かで著名な「この教授のもとで学びたい!」と自ら教授にプレゼンし、ゼミの門を叩くのが一般的。そこでしっかり学び、創作性を広げていくのだ。そのためか、ファインアート学科は各教授の個性が学生の作品にも色濃く現れていた。展示する部屋ごと作品のテイストが180度変わってくるのだ。

▲ファインアート学科のSarah Loiblによる「Four possibilities to run against the wall」。

例えば、多摩美術大学に留学経験があり、UdKで油絵を専攻するSarah Loiblは、イメージの“場所”と“動き”の関係に焦点を当てる。ダンサーやモデルとコラボレーションし、絵画を描く前に何百もの動きを繰り返しテストしたという。動きの探求から導き出した絵画の置かれる“場所”は作品によって異なり、UdKでの「Four possibilities to run against the wall」は、スタジオのドアと同じサイズとした。イメージは淡く、透明に近い色のガーゼの上に描かれ、背景色は絵画が置かれる壁の色に呼応する。一枚の絵に見える作品をよく観察していくと、実は、複数が重ねて置かれている。イメージのレイヤーと壁の間に影が生まれ、光の変化によって影が動くという、儚さと躍動感を併せ持つユニークな作品だった。

▲ファインアート学科のMarta Djourina(http://martadjourina.com/)による「Untitled」。

もうひとつ、ベルリン・フンボルト大学、ベルリン工科大学で美術・視覚史を学び、技術的・視覚的効果を探求してきたMarta Djourinaは、UdKで写真の原理を応用し、時間・空間・偶然などといったさまざまな現象が創作プロセスに及ぼす影響を研究する。

彼女自身が「フィルタグラム」と呼ぶ手法を用いた作品「Untitled」は、カメラの代わりに光、被写体、印画紙が相互作用するボックス型の拡大鏡を使用して制作。イメージは、光源と拡大鏡のレンズの間で発生する光と影からつくられる。彼女はネガの代わりに、透明なビニール袋やタッパーなどの日常的なマテリアルを使用。拡大鏡の光源が出す熱で、物体がその形状を失って溶融することも。露光処理の後、マテリアルはもとの形では存在しない。Martaのフィルタグラムは、存在に対する記録であり、一見日常的ではない日常イメージと言うことができる。

▲校内の工房では学生たちが来場者と作品をつくる姿も。左がシルクスクリーン、右がリトグラフ工房。

過密都市、過疎化、移民問題に取り組んだ建築学科

続いて、建築学科では再開発が進むベルリンのような都市、過疎化が進む地方都市、さらには移民問題など、各教授のもとでテーマが与えられ、それぞれのゼミが未来の都市開発に向けて提案した。

▲ゼミのテーマ「LIVING IN BERLIN: LEARNING FROM THE BERLIN BLOCK」に対する作品。

例えば、人口増加が著しいベルリンの住環境への提案では、活気ある住民の生活やコミュニティの創出を考慮した新しい住宅タイプが展示された。そもそもベルリンのアパートは、複数の中庭を囲むブロック型の建築が多い。これは19世紀末の爆発的な人口増加によって開発された「賃貸兵舎(Mietskasernen)」と呼ばれるブロックビルで、現在も住み継がれているものだ。「LIVING IN BERLIN: LEARNING FROM THE BERLIN BLOCK」というゼミのテーマのもと、学生たちは賃貸兵舎を分析・再解釈し、新しい住宅のあり方を提案した。

▲マックス・タウト賞とは、ブルーノ・タウトの弟である建築家マックス・タウトにちなんだUdK建築学科の賞のひとつ。実験的な技術リサーチや革新的な表現方法を取り入れた建築設計、卓越したインテリアデザインに与えられる。オープンキャンパス期間は歴代受賞者の作品を展示。

▲ゼミのテーマは「ABSTRACT CITY」。

「ABSTRACT CITY」をテーマにしたゼミでは、マテリアルや環境、人々の感情や行動を分析し、デザインとイマジネーションをどう掛け合わせていくかを提案。バイオテクノロジーを駆使した成長するサスティナブルな住宅、宇宙環境に適応する新しい磁器素材、光の心理作用を分析した未来の窓など、少々コンセプチュアルなものの未来に向けた提案が印象に残った。

▲建築学科のAnna Zozulyaによる設計プロセスの研究「Geometry of Nature, Magic in chaos」。

なかにはゼミのテーマを離れた設計プロセスの提案もあった。Anna Zozulyaは、植物の生長プロセスをはじめとするさまざまな自然物の構造を記述・表現するためのアルゴリズム「L-system(リンデンマイヤー・システム)」を応用。都市における物理的な建築物と人の動きの間に生まれる心理作用の可視化を試みた。

展示された「Geometry of Nature, Magic in chaos」は、透明の立体の中に無数のワイヤーが張り巡らされたツールで、ワイヤーの間に人やものに見立てた模型を設置して使用する。設計プロセスのなかで、人やものの動きが空間にどう作用するか、快適だと思う空間はどのような構造かといったことの可視化を試みた。

ニューメディアを含むビジュアルコミュニケーション学科

続いて、メデイアハウスと呼ばれる校舎で行われたビジュアルコミュニケーション学科の展示を紹介したい。学科はニューメディア、グラフィックデザイン、イラスト、ビジュアルルシステム、広告、展示デザイン、映像などのクラスに分かれている。まずはニューメディアのセクションへ。

▲ニューメディアでは、映像、サウンドデザイン、ジェネラティブアート、インタラクティブシステムといったクラスの作品が展示された。

▲デジタルクラスはUdKの制作展のなかで近年特に注目を集めている分野だ。

ニューメディアを用いたインスタレーションや空間を設計し、ビジネス、文化、研究などの分野で、世界中にクライアントを持つデザインスタジオART+COM。このスタジオの設立者でありメディアアーティストでもあるヨアヒム・ザウター(Joachim Sauter)と、ART+COMのクリエイティブディレクターのユッシ・アンジェスレヴァ(Jussi Ängeslevä)がデジタルクラスの教授を務めている。このクラスの学生たちはアルスエレクトロニカといったさまざまなフェスティバルで受賞するなど、近年注目を浴びている。

▲デジタルクラスのSimon Weckert(http://www.simonweckert.com/)による「Maps from Space」。

デジタルクラスのSimon Weckertは、衛星画像からインフラ、農地、建築物などを割り出し、それを地図に描画するニューラルネットワークを用いたマシーンを開発。続いて、描画した地図から逆に衛星画像を生成してスクリーニングする行為をひたすら繰り返した。

作品「Maps from Space」では、「地図のために衛星画像を生成」「衛星画像のために地図を生成」というふたつの異なる変換プロセスを通じて「パターン認識」のパラドックスを示唆。都市や地形の構成に機械学習のような数学的、科学的アプローチが強く影響を与えていると説いた。

これは言い換えると、ニューラルネットワークの技術が、社会と経済に対して大きな影響力を持つことを示している。マシーンによって描かれる地図と衛星画像は、時間の経過とともに絶えず変化し、同時にネットワークの予期せぬ意思決定が現れることにも気づかされる。再構築されたランドスケープから、鑑賞者はその土地が将来ユートピアになるのか、それともディストピアになるのかを考えさせられるのだ。

▲デジタルクラスのPaul Seidler(http://plsdlr.net/)の作品「Xenotoken」。

続いて、「Xenotoken」は、プログラミング言語の「Solidity」で書かれたEthereumトークンを使った思考実験プロジェクト。トークンとチューリングが完全な場合、それらの機能をどのように拡張または制限することができるか? どのようなストーリーが取引ルールによって生み出されるのか?

これらの問いに基づき、さまざまなトークンのトランザクションと配信ルールを考案し、エージェントベースのシミュレーションに移行させる実験を行い、その結果として得られた取引ルールの構造体をアクリル板に転写していった。重なったアクリルの各層がフレームとなり、取引ルールによって異なる彫刻作品が生まれる。データの中に宿るストーリーが可視化され、その繊細な彫刻の様が印象的な作品である。

Paul Seidlerは、仮想通貨やブロックチェーン関連の異なるプロジェクトにも数多く関わっている。例えば、「Terra0」は、彼とPaul KollingがUdKデジタルクラスのなかで生み出した共同プロジェクトだ。

「terra0」は自動化されたプロセス、スマートコントラクト、ブロックチェーン技術を通じて、木の伐採ライセンスを販売することで、森林が利益を生み、それにより環境を守るアートプロジェクト。現段階ではプロトタイプだが、自然環境のスマート管理や、森林の価値の拡大にもつながるといった点で興味深い試み。

▲「terra0」(http://terra0.org/)は、Paul SeidlerとPaul Kolling(http://paulkolling.de/)の共同プロジェクト。

グラフィックデザインのテーマは、人々の意識と政治との関係

続いては、イラストレーション、グラフィックデザイン、ビジュアルシステムのクラスへ。

▲イラストレーションのクラスでは、ポスターなどを購入できる。

▲グラフィックデザインの学生による2018年度サマースクールのポスター案。

▲グラフィックデザインのSTINI RÖHRS(http://heimat-revisited.com/heimat-revisited/)による「Heimat revisited」より、右は「White Wolf (Furries)」、左は「Disco(Autobahn)」。

過去数十年で国境を越える人々の数は急激に増え、多くの人が“故郷”を失い、そしてまた新しい“故郷”を見つけていく。単なる環境としての故郷ではなく、幼い頃から自らを形成してきた文化的側面を再認識するため、グラフィックデザインクラスのSTINI RÖHRSは、ドイツに昔から存在する儀式、伝統、遊びのスタイルや神話をテーマに写真を撮り続けている。「Heimat revisited」は、私たちのなかで変化していく故郷と、個人のなかに存在する故郷の意味を問う作品だ。

▲グラフィックデザインクラスのKatharina Nejdl(http://www.katharinanejdl.com/)による「Political Postergenerato」。フォントデザインは同クラスのElias Hanzer(http://www.eliashanzer.com/)が手がけた。

今期のグラフィックデザイン学科のテーマは、人々の意識と政治との関係性におけるビジュアルアプローチ。そのひとつの提案が、政治に対する自らの考えを街なかに設置したPCを通じてポスター化するというKatharina Nejdlのプロジェクト。政治への関心が低い若者に向けたシンプルなアプローチだが、街頭ポスターが暮らしに浸透しているドイツならではのアイデアだ。

続いて、東ベルリンにあるベルリン・ヴァイセンゼー芸術大学の制作展をレポートしたい。End