拡大するデザインに、インハウスデザイナーが投じた問題提起。

「INSPIRATION : AGITATION」展を振り返る。

近年、デザインという言葉は、きわめて広い場面で使われるようになった。デザインが関与する分野が拡張しただけでなく、その意味合いが拡大解釈されているケースも多い。集団の連携作業によって生まれる現在のデザインは、しばしばサービスやテクノロジーなど多様な領域と融合し、遍在化するとともにアノニマス化していく。デザイナー対ユーザー、つまり個対個ではなく、組織対社会の関係性が創造の基盤となるのだ。デザイン誌「AXIS」が今年行ったリニューアルを機に、表紙から恒例だったデザイナー個人のポートレートが消えたのも、こうした環境の変化を踏まえているように思える。

このような変化は、デザインの力が社会の中で適切に活かされるための必然ではあるだろう。しかし個人の思想や意図に基く「ものづくり」としてのデザインには、長い歴史の中で培われた豊かな知見が受け継がれている。ともすると、そんな個に発するデザインのあり方は、拡大解釈されるデザインの中に埋没しかねない。2017年11月にアクシスギャラリーで開催された「INSPIRATION : AGITATION」展は、こうした状況に対するデザイナーたちのステートメントを思わせた。

▲松山祥樹(三菱電機)「論理立て、数値化し、明確化するほどに、曖昧な良さが失われていく。」

「美しさ」と「造形」にこそ魂が宿る

この展覧会に参加したのは、日本の大手メーカーのインハウスデザイナーを中心とする6人のデザイナーたち。展覧会の企画を担当したデザイナーの倉本 仁と富士通の岡本浩平が、プライベートで交流する中で問題意識をふくらませ、そのネットワークからデザイナーや企業に声をかけていったという。今回の出展者で、三菱電機のインハウスデザイナーである松山祥樹のコメントは、彼らの問題意識を端的に示しているに違いない。

「物事を論理的に整理し、明確化するプロセスとは、その中にある曖昧さをつぶし、感覚的な要素を失くし、あるいは置き換えていく作業だと言える。その過程の中で、『曖昧さ』や『言葉・数値にできない感覚』の中に静かに宿っていた美しさや良さは、いとも簡単に擦り減り、失われてしまうのだろう」。

この「曖昧さをつぶし、感覚的な要素を失くし」ていくプロセスは、大きな組織の中で、および企業のために仕事をするデザイナーにとって、当たり前になっているはずだ。松山は仕事の中で「インスピレーション」という言葉を使う機会はないという。この言葉が意味するのは霊感であり、論理的には説明不可能なものだからだ。今回、彼は東南アジアを巡った際に目にした、使用済みのタイヤを切って器にしたものなどからインスピレーションを得た。それをハンドメイドのガラスで模すことにより、言葉で説明できない美しさを表現している。

同様のアプローチは、倉本の作品にも見て取ることができる。この作品は、自動車のテールランプなどのパーツとセメントを組み合わせ、フラワーベースの機能を備えさせている。個々のパーツの造形を本来の意図から切り離し、「再編集することでそこに宿る造形の魅力を新たに発見することを試み」たという。一種のレディメイド作品であるとともに、古くからある日用の道具に美的価値を見出した民芸運動の「用の美」の視点を連想させるものだ。「造形こそがデザインの芯にある」とする倉本の姿勢は、現在においてはアナクロニズムに映るかもしれない。しかし彼はそこに「魂が宿る」と述べ、進歩と変化を常態とするデザインの現状に一石を投じようとする。

▲倉本 仁(JIN KURAMOTO STUDIO)「造形と心中。」

根源的な五感を通じて、気づきをもたらす

自身のデザインスタジオを主宰しているが、最近までマイクロソフトのインハウスデザイナーでもあったヨンギュウ・ユーは、金属管を用いた旧式のドアベルをリデザインした。長く親しまれてきた同様の製品は、大量生産のための効率重視と技術の進歩により市場から消えてしまったのだと彼は説明する。彼もまた最新のテクノロジーを扱うデザイナーだが、並行して「叙情的な感性と本質的な美意識」を重視したものづくりに取り組む。音という要素は、パナソニックのインハウスデザイナーである筆谷直揮による作品においても大きな役割を果たしている。これは、デジタル技術を使わずに嚥下する音を自身で聞くための、聴診器のようなツールである。彼は「根源的な生き物としての機能を見つめる」ために、このアイデアを発想した。これらの作品は、五感で感じるものの中でも特に音はデジタル化が進んでおり、つまりは人為的にコントロールされていることに気づかせてくれる。

▲ヨンギュウ・ユー(Cloudandco)「再生。」


▲筆谷直揮(パナソニック)「何もみえていない。何もきこえていない。」

前向きな議論のための、インスピレーションとアジテーション

富士通の岡本と、ソニーの細田育英の作品も、テクノロジーと人間との関係がテーマになっていた。ただしスタンスは対照的だ。岡本は「世の中の技術革新が進むにつれ、失われつつある日常の機微があるように思える」という。今回発表された作品は、時間とともに形態が変化していくが、時計のように正確な時刻を示すわけではない。ユーザーのために最適化された情報を表示しつづけるスマートフォンとは真逆の存在意義が、そこに示されている。また細田は人間とテクノロジーが共存し調和した状態を提示するため、有機的なサイボーグを思わせる男女の像を出展した。

▲岡本浩平(富士通デザイン)「正確さは豊かさか」

▲細田育英(ソニー)「調和のための融合」

デザイナー個人が心に秘めながら、企業がベースだと発信しにくいことを、ものづくりの巧みさを生かして具現化し、他者に何らかの気づきをもたらす。「INSPIRATION : AGITATION」展は、そうした意義を感じさせるものだった。展覧会名にある「インスピレーション」については成功を収めたと言えるだろう。

一方、「アジテーション」についてはどうだろうか。展覧会のコンセプトとしては、デザイナーごとに「問い」が提示され、作品はその「答え」として位置づけられていた。しかし各デザイナーによるテキストの大半は、「問い」としては曖昧な印象を受けた。ゆえに展覧会全体として、作品がもつ私的なアドバンスデザイン以上の意義がぼやけてしまったように見える。この点が明確になると、より人々の思索や議論を促しただろう。もしくは作品自体に「問い」と「答え」が内在し、訴えかけてくるなら、なお望ましい。真に革新的なデザインであれば、それは従来の常識や概念に疑問を呈し、前向きな議論を起こすきっかけになる。次回の「INSPIRATION : AGITATION」展に向けての構想は、すでに始まっているという。こうした展覧会が定着することで、デザイナー個人と企業の創造性の相互作用は、いっそう活発になっていくに違いない。End

▲「INSPIRATION : AGITATION」展は、2017年11月5日(水)〜5日(日)まで東京・六本木のアクシスギャラリーで開かれた。企画は倉本 仁と岡本浩平。主催は参加デザイナーからなる「INSPIRATION : AGITATION」実行委員会