新潟・燕から世界へ。
ステンレスボウル「conte」のiF Design Award 2018レポート

およそ海外に縁がない(台湾の小器さんを除き)私。しかし今回、開発当初から関わっているステンレスボウル「conteシリーズ」の「まかないボウル」が、ドイツのiF design award 2018のゴールドアワードを受賞するという素晴らしい出来事が起こった。

iF design award は1953年に開設され、世界的に定評のあるデザイン賞だ。2018年は54カ国から6402点の有効エントリーがあり、16カ国63人のデザイナー・建築家からなる審査員が3日間にわたり審査し、約30%が受賞をし、ゴールドアワードは全体の1%の75人だけが受賞となった。

評価基準はInnovation and Elaboration(革新性+仕上) 、Functionality(機能性)、Aesthetics(美しさ) 、Responsibility(信頼性)、Positioning(ポジショニング) 。この基準から評価された「まかないボウル」とは、どのようなものか。

「conteシリーズ」の製造メーカー、新潟県燕市の一菱金属株式会社は社員10名のステンレスのプレス技術に特化した工場だ。この地場産業の工場が、世界的なデザイン賞に応募することから、すべては始まった。

新潟・燕の地場産業は分業により成り立っている。一菱金属の主力加工はプレス加工だが、プレスだけで、モノはできない。工場を見せてもらうとコンテナと呼ばれる通い箱に入った、たくさんの半製品が積み重なっている。かたちをつくる工場、縁を切る工場、油を洗浄する工場、研磨する工場。それぞれの工場が特化した技術をもっている。一菱金属も、その分業の一工程を担っている。

その分業の横のつながりを生かすモノをつくりたい、と私に相談が来たとき「既に素晴らしいステンレスボウルはあるけれど、もっと、違うボウルが生れる可能性があるのではないか?」と(いつものことだが)呑みながら話したことが、一菱金属がデザイナーの小野里奈さんを迎えて取り組んだキッチンアイテムのシリーズ第1弾、「conte」誕生のきっかけとなった。15年からプロジェクトは始まり、16年から販売を開始している。

小野さんがデザインしたものを見たことがある人は、フェミニンなデザインをするデザイナーだと思っているかもしれない。しかし実は、工場の利点を生かし、機能を考え「デザイナーの名前を冠せずとも、買いたくなるモノ」をデザインできる人だ。私は人から「好きなデザインはどんなものか」と聞かれたとき「生活を邪魔しないデザイン。つまり、デザイナーの顔を思い浮かべないニュートラルなデザインで、かつ、手放したくないぐらい使い勝手がいいもの」と、答えてきた。小野さんならそれを具現化してくれるはず、と信じていた。1年かけて開発したボウルは、見た目は素っ気ないが、中身は燕の技術が詰まったものになった。

・水切れの良さ。これは、「つっきり屋」と呼ばれる、ステンレスの縁を切る、専門の職人の経験による技術ででき上がったものだ。
・スタッキングさせても、外れること。世のステンレスボウルは、同じ大きさを重ねると嵌り込んでしまうものもあるが、側面の輪郭をつくる技術と小野さんのデザインの力で、重ねても取り外せる構造にできた。
・底面が小さく、一見、安定は悪く見えるが、底面に厚みを残しているので、縁を弾いても、起き上がり小法師のように跳ね上がり、倒れない。

これらすべてを実現させるため、一菱金属は通常の2倍のステンレス板を使っている。原料費に2倍かける、というのは太っ腹な話だが、この厚み無くしては実現できなかった。

開発期間中、一緒に工場を訪ねて話し合い、技術を確認しながらデザインを修正していく柔軟さが、小野さんの武器だ。その場の技術を生かすためには、自分の最初に描いた線に固執しない。ただ、縦長で直径が小さめなかたちにすることは決まっていた。かき混ぜるときに腕の動きが縦方向になり、飛び散りが少なくなる。泡立てのときは一回りが速くなるので、泡立ちが速い。これは主婦でもある小野さんが、身を以て感じたこだわりだ。

最終的なかたちができ上がり、仕上げのつや消しも何種類か試して生まれたボウルは、使いやすく、日本でも徐々に広まりつつある。だが、いわゆる「デザイナーがデザインした」という強烈さはない。 

この「使ってこそわかるデザイン」が国際コンペに通るかどうか。通ったとしても「入賞」だと思っていたのが、なんと「ゴールドアワード」だったのだ。こんなことは一生に一度だから……と一路、ミュンヘンのBMW本社敷地内、BMW WELTで開催された表彰式に向かったのだった。

▲(左下)BMW本社ビル。(左上)表彰式のあったBMW WELT。(右下)会場に入るといきなりDJ。(右上)そしてウェルカムドリンク。

▲メーカー名、そしてデザイナー名が書かれたボード。小野さんはちゃんとrina onoの前でポーズをとっています。

iF CEOのRalph Wiegmannさんがゴールドアワード75組、すべてを紹介して、トロフィーを授与してくれる。世界各国から受賞者は集まり、欠席はたった2組だけだったと記憶してる。いかに名誉ある賞か、実感した。

表彰式が終わると、iFを受賞した全員でパーティー。いつまでも、料理は続き、お酒も回ってきた。

講評にはこうある。
Makanai means’cooking’in Japanese,and that is what this elegant set of bowls is for.
It also means unrolled , and each of these bowls has an unrolled edge achieved by an innovative production process. Perfectly balanced and highly functional, these are beautiful bowls for every day.

今回の受賞に関して、メーカーの一菱金属の江口さんと小野さんは以下のように語った。

「講評を読んで、“まかない”という品名が、『調理する』という意味とともに、画期的な製造技術によってボウルの縁を「巻かない」という意味でもあると理解され、“絶妙なバランスと高い機能性を併せもつ製品”と理解されたことが、評価ポイントとなったこと。すなわち、燕の各分業のプロフェッショナルな職人たちがもつ昔から受け継いだ技術が組み合わせ次第でinnovativeになるということや、使いやすさがしっかり伝わったことに、手応えを感じました」(江口さん)。

「技術的なことと使い勝手の良さが互いに補完しあってできた製品であることがきちんと伝わって嬉しかった。海外コンペへの出展に際し、翻訳を担当してくれた友人たちは、このボウルを実際に愛用してくれているため、丁寧に言葉を選んで翻訳してくれたことも大きかったと思います」(小野さん)。

このボウルシリーズの次はオイルポットが製作され、まもなく発売される。さらにまた、次のアイテムづくりも始まっている。このボウルの受賞をともに分かち合いたいのは、なくてはならない工場の職人たち……なのだが、地場産業の分業の常で、職人はさまざまな工場の仕事を同時進行している。優先してこの仕事をしてもらえるよう、みな、あの手この手の策を練っている。

江口さんの場合は、とにかく顔を出して職人と一緒に悩みつつ、少しでも早く仕上げてもらうよう、嫌われない程度に催促をしているそうだ。今回も数日とはいえ、留守にすることを伝えてしまうと職人の手が止まる可能性があった。江口さんはいたずらっぽく、しかし真剣に「だから、職人に黙ってドイツの授賞式に来たんです」と、言っていた。

プロが写真を撮ってくれるサービスもあり、パチリ。 ©︎iF Design Award 2018

一菱金属の従業員は10人だが、このボウルをつくるのにはもっと多くの人が関わっている。渡航費以外にも国際コンペへの出品、受賞は大きな金銭的負担があり、この規模の会社にとっては、決して楽なものではない。しかし、この決断をしたことで「燕の地場産業」が「innovative production process」として認められた。この受賞は関わってくれた職人たちにとっても大きな励みになるはずだ。

そして、その技術を引き出して具現化してくれた小野里奈さんに改めて大きな拍手を送りたい。

前回のおまけ>

おまけ「CC’S」のケーキ。
京都の隠れた名店 CC’S。お店のオーナーが亡くなられた後、妹さんが続けられている。アメリカ仕込みのケーキです。写真はピーカンナッツパイ。

「問屋の引き出し」展 @木村硝子店

四半世紀前から、お世話になっている、木村硝子店さんで、企画展をいたします。

会期
2018年3月22日(木)〜24日(土) , 3月29日(木)〜31日(土) 
12:00-19:00
会場
木村硝子店・直営店(〒113-0034東京都文京区湯島3-10-4)
※展示期間中もSHOPの営業をいたします。
問い合わせ先
03-3834-1784
詳細
http://www.kimuraglass.co.jp/blog/posts/in–5