アルゼンチン・ブエノスアイレスまでちょっと旅をしませんか?
アーティスト4組の曲でミュージック・トリップ


アルゼンチンの美しい首都ブエノスアイレスは、イタリアやスペインからの大量の移民が持ち込んだ欧州の影響とラテンの情熱が結びついた独特の文化を育んできた街だ。白人系の人口比率が非常に高い、南米でも特殊な社会で、長らく「南米の中の欧州」を自認してきた国の首都だけに「南米のパリ」という形容もよく知られるだろう。だが、街のあちこちを訪ねれば、そこにたくさんの異なる顔も発見できる。「西欧化」という借りもののアイデンティティから出発しながら、次第に独自の洗練された文化を形成していった歴史の過程が顔を覗かせているのだ。

ブエノスアイレス、その多彩な夜

ブエノスアイレスの音楽といえば、もちろん真っ先にタンゴがあげられるが、実のところこの街には幅広いジャンルとスタイルの音楽が存在する。自らの伝統に外からの影響を巧みに取り入れて文化を作り出してきた街であり、音楽においても同じことが言え、とりわけ21世紀に入って、そのおもしろさが増しているようだ。

そんな音楽を生み出すのは「場」があるから。この大都市は眠らぬ街でもあり、ナイトライフが朝方まで続く。ポルテーニョ(ブエノスアイレス市民)は夕食をとるのも遅く、バーにたどり着くのが深夜近く、クラブに向かうのは早くて午前2時、クラブの常連たちが現れるのは午前4時近くとも言われる。

そんな夜の街のエンタテインメントは若者だけのものでなく、多様なバー、クラブ、ライヴハウスといった場は、あらゆる類いの人びとにそれぞれ好みの音楽を提供する。エレクトロニカやヒップホップのDJから、ロックやジャズの生演奏、しばしば聴衆の大合唱となるフォルクローレの集まり、そして、もちろんこの街の代名詞でもあるタンゴのセクシーなダンスと、その多彩さはこの街が育んできた音楽シーンに反映している。さらに、非主流の音楽を提供する会場やイヴェントも少なくなく、前衛的なダンスからハードコアなテクノまでが表現の機会を得られる。そういったアンダーグラウンドな音楽の活動は、シーンの発展に不可欠なものだ。

タンゴやフォルクローレから「アルゼンチン音響派」へ

それまでのタンゴやフォルクローレとは違う、同時代のアルゼンチン音楽がおもしろいという声が日本でも聞かれるようになったきっかけは、00年のフアナ・モリーナのアルバム「Segundo」が評判を呼び、彼女とその仲間たち、アレハンドロ・フラノフやフェルナンド・カブサッキらに注目が集まったこと。フォークやロックにジャズ、エレクトロニカなど、様々なスタイルを内包した個性的かつ米英のポスト・ロックとも共振する音楽が注目されたのだ。日本では彼らの音楽に「アルゼンチン音響派」という名称が付けられ、日本のアーティストの盛んな交流も続いている。

確かに近年のアルゼンチン、とりわけブエノス・アイレスの音楽シーンでは、様々なサウンドとスタイルが重なり合ったハイブリッドな音楽が続々と生まれている。タンゴやフォルクローレという長年の伝統ある音楽においても、ジャズやポップと融合した、より同時代的なネオ・タンゴとかネオ・フォルクローレとでも呼ぶべき音楽のムーヴメントが起きているのだ。

その理由のひとつは、90年代以降のアルゼンチンでは、エレクトロニカが高い人気を博し、様々なポップ音楽と結びついたことがあげられる。そのトレンドから生まれた特に人気の高い音楽がデジタル・クンビアだ。中南米全体で大人気のクンビアはコロンビア発祥のダンス音楽だが、アルゼンチンではデジタルなサウンドと結びついて、独自に発展したのである。その新しい波は世界的にも人気を得ることになった。

その他にも、ネオ・クラシカルと呼ばれるような演奏家たち、米英のインディ・ロックに刺激を受けているロック・バンドやシンガー・ソングライターなども含め、様々なアーティストたちが活躍しているのが、現在のブエノスアイレスである。
それでは、今回はブエノスアイレスを拠点にするアーティスト、バンドを4組を紹介しよう。

今月のプレイリスト

▲ジャケット写真 左上からラ・ジェグロス「Magnetismo」、フアナ・モリーナ「Halo」、ロー・ピビートス「A Punto Caramelo」、カリーマ「Nómada」

デジタル・クンビアのファースト・レディ、「ラ・ジェグロス」

ラ・ジェグロスはブエノスアイレスのアンダーグラウンドなシーンで名を上げ、13年に「Viene de Mi」でデビュー。そのアルバムのヒットで、デジタル・クンビアのファースト・レディとも呼ばれ、今では国外のフェスティヴァルにも出演する人気者となった。南米のクンビアは概して男性中心だが、活気に溢れたサウンド、ユニークな歌声、堂々としたパフォーマンスで女性らしい存在感を発揮する。

そのサウンドは現代のエレクトロニカと民俗的な伝統との両方に刺激されて、デジタルなビートとオーガニックなサウンドをミックスしたもの。家族のルーツがブラジルに国境を接する北部の熱帯林地帯というせいか、他のブエノスアイレスのアーティストよりも、その音楽には赤道近くの熱帯的なスパイスが効いている。

この〈Chicha Roja〉は2作目のアルバム「Magnetismo」から。前作同様、キング・コーヤとダニエル・マーティンの強力コンビがプロデュースを務めた。エレクトロニカ・タンゴの代表的なグループ、バフォファンドのリーダーで、映画音楽作曲家としてアカデミー賞も受賞したグスタボ・サンタオラージャがゲスト参加。

フアナ・モリーナの最新作

フアナ・モリーナは、アルゼンチンのインディ・シーンの出身者としては世界的に最も成功を収めたと言っていいし、この人の登場なくして、我々の現代アルゼンチン音楽への関心は生まれなかっただろう。ブエノスアイレス生まれだが、76年のクーデターのあと、家族と逃れたフランスのパリで育った。父がタンゴ歌手で、母が女優という芸能一家。パリでその音楽嗜好が育まれたので、アフリカ音楽などにも耳を傾けたという。

最初から音楽界にいたわけではなく、90年代に自分のTV番組を持つコメディエンヌとしてまず知られた。彼女がデイヴィッド・バーンの前座を務めるのを観たことがあるが、登場するやいなや「こんばんは、デイヴィッド・バーンです。今夜は女装してきました」と真顔で自己紹介したドライなユーモア感覚の持ち主だ。

94年に彼女はコメディエンヌの仕事をすっぱり止め、音楽界に転向し、96年にデビュー・アルバムを発表。00年の「Segundo」が高い評価を受ける。アコースティックとエレクトロニクスが重なり合う浮遊感のあるフォークトロニカは、風変りだが、大胆で、独特の世界を作り上げていた。そんな音楽は、アンダーグラウンド音楽を称える街ではたちまち評判となったが、全国的な主流メディアは当初冷ややかだったという。ところが、バーンや日本の音楽ファンなど、海外から絶賛の声が続々と寄せられ、世界的に活躍することになった。
このは昨年発表の最新作「HALO」から。

ロー・ピビートス、ブエノスアイレス、今の空気感

ロー・ピビートスは、ブエノスアイレスのヴィラ・クレスポ地区出身の若者たちが06年に結成した。メンバーを結び付けたのは、ヒップホップとストリート文化への愛情で、当初はMCとサウンドシステム担当の3人だけだったが、楽器奏者のメンバーを加え、8人編成となり、ヒップホップ、ロック、ファンク、ラテン・リズムをミックスしたサウンドで、現在のブエノスアイレスの空気感を表現する。

この曲は16年に発表された2作目「A Punto Caramelo」の表題曲。音楽的成長を見せたアルバムで、幾つもの音楽スタイルを一つの曲の中で組み合わせて、より洗練されたサウンドを披露している。

国境、境界のない「カリーマ」の音楽

カリーマは、近年南米各国に続々登場しているエレクトロニカの注目すべき女性アーティストのひとり。「カリーマ」はズールー語で「彼女、踊る人」という意味だという。本名はハイジ・ルワンドウスキーで、ポーランド、イタリア、レバノン、スペインのルーツを持つ。14歳からヴァイオリンを弾いていたが、たくさんの異なる音楽に耳を傾け、他の楽器にも取り組み、作曲を勉強した。12年にニューヨークに移り、電子音楽を学び、アナログとデジタルの両方の楽器を組み合わせた音楽を目指す。帰国後の数年をオーケストラの一員として過ごしたあと、南米各地を巡るリサーチの旅に出かけ、アンデス山脈のフォルクローレからコロンビア沿岸のアフロ・カリビアン音楽までの異なる音楽とそのリズムを学んだ。

この<Copal>は非常に高い評価を受けた昨年発表のデビュー・アルバム「Nómada」からの曲。オーガニックとエレクトロニクスの境界が曖昧なサウンドで、それは国境の無い世界という「ノマド(遊牧民)」を自称するヴィジョンを音で描いたものでもある。客演歌手のリド・ピミエンタはコロンビア生まれのカナダのアーティストで、昨年にアルバム「La Papessa」が権威あるポラリス・ミュージック・プライズを獲得した。こちらも注目の女性だ。

今月のプレイリスト(Spotify版)