メルボルンの緑あふれるワークスペース。
設計事務所が実践するサスティナブルなオフィスデザイン

▲デスク上のパーティション内や窓際にグリーンをふんだんに配したArchierのスタジオ。アーチ窓下のローボードや家具はすべてセルフビルド。Photo by Haydn Cattach

世界の都市のなかで「住みやすい街」として名前の挙がることの多いメルボルンだが、この地に暮らすクリエイターたちは、実際どのようなオフィスで働いているのだろうか。現代のメルボルンらしいワークスペースという観点から、建築とプロダクトデザインを横断的に手がけるArchierという若い設計事務所を訪ねた。同事務所は2014年にメルボルンで設立され、住宅設計や見本市のスタンドデザインに実績のあるチームだ。現在は、立ち上げメンバーの3人に加え、4人目のディレクターとしてランドスケープアーキテクトが加わり、メルボルンとタスマニアの州都・ホバートの2拠点体制で設計にあたっている。

▲Archierのディレクター、Chris Haddadさん。プロダクトデザイン部門を統括している。

ソーラーパネルや壁面緑化ではない“サスティナブル”

プロダクトデザイン部門を統括するChris Haddadさんに、メンバーの出会いから語ってもらった。

「Chris Gilbert、Josh Fitzgeraldと僕は、タスマニア大学でともに建築を学んでいたんだ。それぞれメルボルンで設計の経験を積んだ後に、ある住宅設計のために2014年に3人で事務所を立ち上げた。その後、共通の友人だったランドスケープアーキテクトのJon Kaitlerが加わり、4人のディレクターと10人のスタッフで建築やプロダクトのデザインをしている」。

当時は、メルボルン近郊のプレストンに工房と一体になった事務所を構え、プロダクトや家具の試作なども事務所内で行っていたという。

「僕たちのスタジオでいちばん大切にしているのは、サスティナブルなデザインをすることだ。とは言っても、ソーラーパネルを屋根に取り付けたり、壁面緑化するといった現在の流行ではなく、“サスティナブル”という言葉の意味通りに、長く使える建物、愛用できる家具を適切な素材でつくり、かつ、建設中の無駄になる資材やゴミを減らしたいと考えている。また、必要以上に建物を大きくせず、平面計画でも効率的でスマートな設計を心がけている」。

▲2面ある開口部から自然光が差し込むスタジオ。スタジオ内で間仕切りとしても利用されるカーテンにより適度に遮光される。Photo by Haydn Cattach

環境に対する意識の背景には、彼ら4人のディレクター全員が自然の豊かなタスマニアやメルボルンの郊外で育った影響があるという。また、彼らは工場や施工者とのコミュニケーションを重視しており、建材の流通や製造プロセスにも関わることで、省コスト、省資源の取り組みを重ねている。具体的には、2枚の集成材で断熱材を挟んだパネルで、そのまま構造材として使うことのできるSIPs(Structural Insulated Panels)を住宅に多用したり、繊維の向きを互い違いに重ね合わせた合板、CLT(Cross Laminated Timber)を積極的に採用するなど、デザイン面にもこだわった新しい建材の使い方をこれまでの施工例に見ることができる。

▲1908年築の歴史的建築の3階にArchierのスタジオは入居する。メルボルンのビジネス街から5kmほど北に位置するブランズウィックはアーティストやファッション関係者が多いエリアとして知られる。

パーティション付きデスクや収納も、すべてがセルフビルド

そんな彼らの考え方が明快に表れているのが、2016年末に移転したブランズウィックのスタジオのデザインだ。

「ビクトリア州で最初のアメリカ式の鉄骨造ビルとして1908年に建てられたこの建物に出会ったのは2016年の9月。歴史的建築というのは、新築ビルにはない趣があるよね。僕らはそうした敷地の状況や現在に至る時間の流れをとても大切にしている。そして、この美しいアーチ型の窓がとても気に入ったんだ。そこで、この建物の持つ力強さや、材が持つ風合いを生かしたデザインをしようと考えた。インテリアの計画で大切にしたことは、オープンスペースと個人席とのバランスだった。天井高さが4mある大空間だったので、そのボリュームを生かしたオープンな空間であるとともに、個人としても快適なデスクエリアを確保したいと考えたんだ。そのためにデザインしたのがこのパーティション付きのデスクだ。高さ40cm弱のパーティションで区切ることで、個々の仕事に集中しながらも、視界は通るので一緒に働いている感覚を保つことができる。デザインの仕事では、スタッフ同士の連携がとても大切だからね。また、もうひとつの大切な機能として、向かい合う机の間にプランターを置けるようになっていて、デスク周りにちょっとしたジャングルのような環境をつくった。グリーンは心を癒してくれるし、見ていて気持ちが落ち着く。陽当たりのいい僕らのスタジオは、この植栽があることで完成したんだ」。

▲ミーティングスペースのテーブル天板にはアメリカンウォールナットを使用。床はオーストラリア産のブラックバット材の合板をフローリング状にカットして並べた。Photo by Haydn Cattach

▲オリジナルデザインのキッチンカウンターは、天板に5mm厚のステンレス、ハンドル持ち手にはレザー作家の手によるなめし皮を使用。経年変化が美しさや味わいになる素材選びが徹底されている。Photo by Haydn Cattach

施工に際しては、これまで培った経験とネットワークを生かし、セルフビルドでオフィスをつくり上げた。

「施工を自分たちで手がけたのは、自社オフィスに潤沢な予算を掛けられないということもあるけれど、若いスタッフにとって自ら手を動かして空間をつくっていくことはとても大切なことだからだ。僕らは常に試作品を自分たちの工房でつくってきたし、今は設計をコンピューターの中ですることが当たり前になっているから、余計にHands-On(実際に手を使ってやってみること)のプロセスを重視しているんだ」。

パーティションにはアメリカンウォールナットを張った合板を、天板上には、床材として流通するダークグリーンの樹脂素材を用いている。また、デスク上のコード類を隠蔽するスリットまわりにはピアノ用の真鍮製蝶番を用いるなど、一般的な工業製品をセンスよく取り入れることで、コストを抑えながらも必要な耐久性を保ち、オリジナリティの高い空間にまとめられている。既存の美しいアーチ窓下には、壁一面に収納棚が設けられた。「このローボードは、僕らが住宅の設計でよく取り入れるものだ。ベンチのように座れる高さにしているのは、どこでもちょっとした打ち合わせや休憩ができるから」だという。収納扉には知人のレザー作家による黒い革製ハンドルを取り付けるなど、細部まで気の利いたデザインがなされている。

▲オリジナルデスクのパーティション下部はコード類を収めるスペースとなっている。

住宅設計からプロダクトの製造、販売、その先へ

最後にプロダクト事業について尋ねると、「住宅に合ったスリムで機能的なペンダント照明がないことから、自社開発したことがプロダクト事業の始まりだった。今では数種類の照明器具に加えて、タスマニアの陶芸作家とコラボレーションした洗面ボウルなどもラインナップしているよ。だから、この場所は、僕らのスタジオであり、かつショールームでもあるんだ」。

建築家が照明器具や家具など、生活の道具をデザインするのはよくあることだが、設計事務所がプロダクトの製造、販売まで手がけるのは珍しい。

▲天井から吊られた真鍮製のペンダント照明「Capital」は、Archierのオリジナルプロダクトとして販売されている。上下にLED光源があるため片側だけを照らすことも可能で、端部にはウォールナット無垢材を用いるなど、消灯時の美しさも追求したデザイン。Photo by Haydn Cattach

▲Archierの展開する照明器具や洗面ボウルの素材サンプル。

そんなArchier独自のビジネスモデルは、設立時から3人が思い描く、フレキシブルで細部まで目の届くものづくりをしたいという意図に沿ったものだ。今すぐにという話ではないが、「将来的には、本格的な工房と一体となった、ものづくりの試行錯誤が即座にできるようなスタジオを構えたい」と語る彼らは、現在大規模なコマーシャルスペースを設計中とのことで、住宅のみならず活躍の場を広げている。End