株式会社Yによる、身近な人々の生活をより豊かにするためのデザイン

▲衣服の形に自然に寄り添う「レザーレースハンガー」。

独自の視点や発想の転換から、機能美にあふれ、生活を豊かにするものへと昇華させる。そんな製品の数々を世に送り出している株式会社Yは、2014年に設立された大阪に活動の拠点を置くデザイン事務所である。企業の商品開発、デザイン戦略やブランド構築、地域活性化支援などを中心にオリジナル製品の企画製造販売も展開する。代表を務める三宅喜之に話を伺った。

▲マグネットシートを貼り付けてカットした、「SOGU」シリーズのホワイトボード用イレーザー「BLACK BAR ERASER」。

一緒に働く仲間を大切にすること

株式会社Yは、三宅と大槻佳代、物袋卓也の3人のコラボレーションワークによってデザイン活動を行っている。

三宅と大槻は、もともと松下電工(現・パナソニック)のインハウスデザイナーで、物袋は神戸芸術工科大学の在学中からJIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)のワークショップなどで活動していた。

三宅が会社を興す契機となったのは、縫製業を営む父親の仕事が徐々に減少していることだった。

▲「SOGU」シリーズの「HANGING HOLDER」。狭小空間にも収納場所をつくる。

その頃、ものづくり企業を担う同世代の2代目たちが、それぞれ社員の生活を守るために奮闘していることを三宅は知る。仲間を大切にする彼らの姿が心に深く響いたという。

自らは松下電工で18年目を迎え、次第に管理職の仕事を任されるようになってきたが、「それは自分でなくても、他の誰でもできるかもしれない。自分はデザインで何ができるだろうか」と自問した。それまで会社を辞めることなど考えもしなかったが、一念発起して2013年に退社し、デザイン事務所Yを設立した。

▲兵庫県の大喜皮革の協力を得て生まれた「グラデーション帆布バッグ」。

雇用をつくることを目標に掲げて

目標に掲げたのは「雇用をつくる」こと。父親をはじめ、社員、つくり手、卸先の小売店も含めて、「自分と一緒に仕事をする人のご飯が一粒でも増えて、彼らの生活がより豊かになること、それが実感できることをしたい」と考えた。

立ち上げたデザイン事務所でさまざまな業務をしていくなかで、前職では「デザインしかしていなかった」ことに気づいたという。「製造や販売をもっと知る必要がある」という課題を認識し、2014年の法人化と同時にオリジナル製品の企画製造販売を開始した。

オリジナル製品第一弾は「グラデーション帆布バッグ」。革のような表情を出せる新素材の布「タンナーコットン」を展開する大喜皮革に対し、父親の縫製技術と結びつけて開発した。

▲「レザーレースハンガー」は、三宅が10数年前に入手した、木とゴムひもでできたキーホルダーの構造がヒントになった。

自分たちが欲しいものをつくる

オリジナルバッグの製作は、父親の仕事につながればと考えたものだったが、それと同時に自分たちが欲しいと思うものをつくろうと考えた。それが「レザーレースハンガー」である。

ハンガーの形に衣服が合わせるのではなく、重力の作用に従って、衣服の形にハンガーが自然に寄り添いフィットするというもの。木と革ひもというシンプルな構成だが、機能性を備え、佇まいも静謐で美しい。

東京インターナショナル・ギフトショーとミラノサローネで反響を得たほか、「ニューヨーク・タイムズ日本版」などにも取り上げられ、Pinterest(ピンタレスト)でも多数拡散された。

▲「FORMLESS HANGER」。「SOGU」シリーズには力学や張力といった物理学的な要素も感じられる。

新しいポジショニングを切り開く

「レザーレースハンガー」は国内外から注文が届き、店舗からの問い合わせもあったが、革素材は水に濡れるとシミになる恐れがあり、店舗からの依頼は断っていたという。

その後、素材を見直してリニューアルを図り、2018年の「インテリア ライフスタイル リビング(IFFT)」で「SOGU」ブランド製品のひとつとして発表したのが「FORMLESS HANGER」だ。革ひもの代わりに、しなやかで滑りにくいシリコンコードを採用した。

同展では、ほかにも「SOGU」ブランドシリーズから多彩な新作を発表している。

▲「SOGU」シリーズの「CORNER BAR」。入り隅にL字金具を留めて掛けると、突っ張り棒のような機能を発揮する。

「SOGU」ブランドで目指すのは、「ものが成り立つ要素を整理し、新たな視点で再解釈した商品」を生み出すこと。そして、「ありそうでなかった」ものに昇華させ、新しい製品カテゴリーを切り開くことにある。彼らはそれを「ポジショニング戦略」と呼び、自社のフィロソフィーにしている。

「僕の周りの人たちがちょっとでも生活が良くなったらとか、そのために今、自分たちがつくれるものは何かと、そういう身近なところから考えています。世の中にはたくさんのアイデア商品があふれていますが、そのアイデアはひとことで言うと何が新しいのか。その反対側にある価値は何なのか。それらはどんな人に特に喜ばれるのかという問いを私たちの会社ではいつも行っています。そうしてふるいにかけて残ったアイデアには、市場にはない“新しいポジション”が見えてくる。そのポジションの商品が増えていった未来を想像したうえで、“その群の中心となるデザイン”を探求したいと考えています」。

▲TOMAの「V-TISS LIGHT」。同社が得意な技術を応用した薄板ユニットシェルフ。組み合わせにより、多様な使い方ができる。

財産や価値を見つけることから始める

一方で、メーカーから依頼された仕事では、その会社がどのような財産や価値をもっているか、それを探し出すことを大切にしている。今年発表したものでは、2014年から携わっている中小機構の地域活性化支援プロジェクトのひとつで、奈良の建具メーカーTOMA(トーマ)の新事業商品となる家具のデザインがある。

同社の財産は、シート張りのMDF材の裏側にV字の溝を入れることで自由に折り曲げられる「Vカット工法」。1960年に開発し、この技術を応用した住宅用のドアやクローゼットドアを展開している。

しかし、TOMAが販売していた家具は、「その技術を真に生かしきれていないのでは」と三宅らは感じた。同社へのヒアリングやディカッションを重ね、Vカット工法の真価を探求。ネジや釘、連結金具が不要なため表面がフラットで美しく、内部素材が表面に影響を与えないことにも着目し、金属の補強材を仕込んだ極薄の板材で家具を製造するという考えに至った。そして、同社の財産と価値を最大限にアピールする家具として、薄型ユニットシェルフ「V-TISS LIGHT」が誕生した。

▲「SOGU」シリーズの「φ4.5 MAGNET」。極小ながらひとつでA4用紙2~3枚をまとめて貼り付けることが可能。

蓄積してきたリサーチ力を提供する

TOMAをはじめとする中小企業とのプロジェクトでは、デザイナーならば当たり前に行うリサーチやそれを通じて得た各社の製品情報が、開発時の大きな推進力になるという。三宅らがこれまで関わってきた中小企業の多くは、他社製品のリサーチや比較検討をあまりしていなかったからだ。

「誰よりも早く思いついたと感じても、同じようなものがすでに存在することが多い。製品は絶えずたくさん生まれています。他社商品を探すのは僕らのほうが断然速く、そういう部分でのお手伝いをすることも多いですね」。

▲開発中の「GLOSSLESS CLIP」。脇役の存在になるように、紙の質感に近づけることを検討中。

企画から販売まで行う

事務所を構えてまだ5年目だが、これまでを振り返っても多様な人々と仕事をしてきた。「以前はものづくりの工程の一部しかしていなかったんだなと思います。製造業や卸先、製品を購入してくださる方など、僕らはどれだけいろいろな人に支えられているかということを実感しています」。

今後は自社店舗を構え、オリジナル製品などを販売することも視野に入れているという。消費者からの声を直に聞けることで、製品づくりにフィードバックもできるだろう。自分たちの周りにいる人々の生活をより豊かにするために、さらなる一歩を踏み出そうとしている。扱う製品のリサーチや経営についても勉強中とのことで、そう遠くない未来に実現しそうだ。End


株式会社Y/2013年12月に個人事業として立ち上げ、翌年2014年8月に法人化されたデザイン会社。大手電機メーカーでのインハウスデザイナーとしての経験をもつ三宅喜之と大槻佳代。デザイン事務所でさまざまな製品開発の経験をもつ物袋卓也の3人で活動。ポジショニング戦略とプロダクトデザインを基軸にさまざまなジャンルの商品のブランド骨子の作成段階から関与している。http://y-dmm.com