自由な芸術創造の場が築いた“陶芸のフィンランド”
「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」展レポート

▲ルート・ブリュック 陶板《聖体祭》 1952-53年/ アラビア製陶所
コレクション・カッコネン 

2018年7月14日から目黒区美術館にて「日本とフィンランドの外交関係樹立100周年記念 フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア」展が始まった。この展覧会は今まで主にプロダクト・デザインが紹介されてきたフィンランド陶芸の「芸術作品」にスポットを当て、黎明期から最盛期と言われる1950年代・60年代の作品まで体系的に紹介する初めての試みだ。

展示は「フィンランド陶芸の萌芽」、「近隣諸国の影響を受けて」、「フィンランド陶芸の確立」、「フィンランド陶芸の展開」、「プロダクト・デザイン」の5章で構成されている。歴史的な観点でのフィンランドはスウェーデンに続きロシアから支配され、1917年に念願の独立を果たすまで、常にアイデンティティの危機にあった。陶芸においてもスウェーデンからの影響を受けながら、次第に「フィンランド独自の陶芸表現」を求めるようになっていった。その発展を語るのに欠かせないのが、優れた教育機関と量産に向かう時代に芸術作品をつくることを許された、作家にとってのユートピアといえる制作環境だった。

フィンランド陶芸躍進のキーワード
アラビア製陶所の美術部門と学校での陶芸家育成

▲アラビア製陶所美術部門(1945年)
photo: Arabia

もともとスウェーデンのロールストランド製陶所の子会社として設立された経緯のあるアラビア製陶所は、ロシア市場向けの陶磁器や衛生陶器などを生産し、1920年から30年にかけてヨーロッパ最大規模の製陶所にまで成長した。芸術性の向上への気運が高まったことを受け、1932年、新たに美術部門が設立された。所属する作家たちは給与を得ながら製陶所の提供する設備や材料の使用した自由な創作を許されるなど、作家にとっての理想的な雇用関係がそこにあった。自由と環境に恵まれた美術部門から生まれた芸術作品が、のちのフィンランド・デザインや工芸の発展にもつながっていった。

また教育機関として才能ある陶芸家の育成を担ったのが美術工芸中央学校の陶芸科だ。陶芸科を設立したのは画家でありながら陶芸も手がけ、また優れた指導者としても知られるアルフレッド・ウィリアム・フィンチである。アーツ・アンド・クラフツ運動をフィンランドに広めた人物としても知られている。フィンチが学科長時代にはその後に活躍する教え子が多数在籍し、学科長を退いたのちも作家として必要な素材との向き合い方や形態を追求する姿勢といったフィンチが重んじる教育理念は受け継がれ、その後のフィンランド陶芸の揺るがない礎を築いた。本展覧会ではフィンチの作品のほか、フィンチの教え子で学科長も務めたエルサ・エレニウスの作品も展示されており、釉薬を研究し試行錯誤する様子も窺い知ることができる。

フィンランド陶芸に花開いた
ピクトリアリズム(絵画的表現)の代表作家を紹介

陶芸の概念を越えてフィンランド陶芸を表現の領域において発展させたアーティストがいる。ともにアラビア製陶所の美術部門に所属した、ビルゲル・カイピアイネンとルート・ブリュックだ。

カイピアイネンの作品は陶器をキャンバスのように見立て、色彩豊かに絵を描いたものが多く見られる。また大小さまざまなサイズの陶器のビーズを用いた立体作品は、ビーズひとつひとつの形や釉薬の具合が組み合わさることで、装飾によってもたらされる独特の美しさを有している。制作の時期によってはシュールレアリズムの影響を受けていると思われる人物の描写やたびたびモチーフとして登場する時計がなぜか3時ちょうどを指しているなど、ユーモラスでミステリアスな面もある。

カイピアイネンは持病で轆轤が引けなくなったことを契機にビーズを用いた作品づくりに取り組むようになったが、その作風は周囲から邪道と指摘されることもあったようだ。それでもカイピアイネンは「ビーズを新たな造形言語として、自分らしさを追求しつづけた」という担当学芸員の加藤絵美さんの話が印象に残っている。

▲4章で紹介している「フィンランド陶芸の展開」展示室の様子。中央の作品はビルゲル・カイピアイネンによる「ビーズバード」シリーズ。

ルート・ブリュックの陶版作品は一際ロマンチックだ。もともとグラフィックアートを学んでいた彼女は新たな魅力を発信する人材としてアラビア製陶所の美術部門に採用され、陶芸の基礎をカイピアイネンに師事した。そのため初期作品にはカイピアイネンの影響を受けているものも多く見られるが、次第に豊かな線の表現や色釉薬の組み合わせから生まれる詩情溢れる作風を確立した。

▲ルート・ブリュック 陶板《聖体祭》 1952-53年/ アラビア製陶所
コレクション・カッコネン 

本展覧会のひとつの目玉である「聖体祭」は、7つのタイルを組み合わせることで完成している作品で、彼女が実際に遭遇した祝祭の行進の様子が題材になっている。ブリュックの作品にはたくさんの幾何学が陶版を埋め尽くすように線や型によって描かれており、ぜひ時間を掛けてゆっくり観てもらいたい作家だ。

▲建物の外壁の質感を感じさせる装飾のほか、線画や厚めの釉薬が施された窓はまるでステンドガラスのように見えるなど、おとぎ話のような場面でありながら街のスケール感を感じさせる。

量産品に今も生きる芸術性

最後の5章ではフィンランドのプロダクト・デザインを紹介しており、普段私たちがショップで見かけたり実際に家庭でつかっているフィンランドのプロダクト・デザインに改めて触れることができる。芸術作品にフォーカスした本展覧会ではあるが、それら1点ものの芸術作品に込められた自由な創造性は、さまざまな形でプロダクト・デザインに取り入れられたのち量産され、時が経った現在でも世界中で愛用されている。

▲ビルゲル・カイピアイネン 《パラティッシ》 1969-1973, 1988, 2000-/アラビア製陶所
岐阜県現代陶芸美術館所蔵

4章で紹介しているカイピアイネンがデザインした「パラティッシ」シリーズをはじめ、機能主義を掲げ従来のディナーセットの常識を覆し、新時代の日用食器を広めたカイ・フランクによる「キルタ(現ティーマ)」シリーズなど現代でも色褪せない名作が50年代から60年代にかけて誕生した。なかには日本の美術や工芸の面影を垣間見られる作品もあるが、日本もまたこの時期のフィンランド陶芸のデザインに多大な影響を受けている。

フィンランド陶芸における芸術作品、そしてその影響を受けながら機能美に昇華させたプロダクト・デザインを見渡すしてみると、日本でフィンランド・デザインが広く受容される理由がなんとなくわかってくるようだ。民族性を模索する時期を経て自由な創造を許された作家たちの陶芸を拡張していく試行錯誤があったからこそ、単なる機能主義に止まらない豊かな造形や色彩を宿すフィンランド・デザインが今日も人々を魅了している。End

日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念
フィンランド陶芸 ― 芸術家たちのユートピア
Power of Ceramics: Modernism in Finnish Applied Arts

会期
2018年7月14日(土)〜2018年9月6日(木)
10:00~18:00
会場
目黒区美術館
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詳細
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