川野泰周さん(医師・禅僧)と実践する
坐禅ワークショップ開催レポート
「クリエイティビティを引き出す心のあり方」

先日7月21日(土)にAXIS主催で開催された「川野泰周さんと実践する デザイナー・クリエイターのための坐禅ワークショップ」。京浜急行・屏風浦駅から徒歩2分ほどの好立地にある川野さんのお寺、林香寺を会場にクリエイティブを生業にされている26名の参加者を迎え、約3時間にわたるワークショップを行った。AXISスタッフを含め多くの参加者にとって初の坐禅体験となるなか、レクチャー・坐禅の実践・食事を介した瞑想の実習とシェアリングの時間とプログラムを3部に分けて頭と身体と味覚とフルにつかう体験となった。

医学の視点から「マインドフルネス」を知る

林香寺は鎌倉の大本山建長寺の末寺であり、室町時代の1420年頃に創建されたと言われている。川野さんは19代目の住職に当たる。林香寺の境内は緑も多く、心なしか少し涼しく感じられた夕方、参加者が続々と会場に到着した。プロダクトデザイナー、インテリアデザイナー、UI/UXデザイナー、ウェブデザイナー、グラフィックデザイナー、アートディレクターなどさまざまな形で日々クリエイティビティを発揮する方々だ。

第1部は精神科、心療内科医でもある川野さんから「医学的見地からのマインドフルネスとはどういった状態を指すのか」プロジェクターを使用したレクチャーではじまった。「マインドフルネス」という言葉がビジネスや医療のフィールドにおいても聞かれるようになって久しいが、元は日本仏教の禅と上座部仏教のヴィパッサナー瞑想をルーツに持つもので、本来は特定の瞑想法のことではなく「智慧(他者を救うための洞察)」と「慈悲(自分自身の受容を含む、他者への思いやり)」に支えられた健やかに生きるための心の有り様を意味したものだ。

他者への思いやりは必要だが、「今自分が感じている苦しみに気づき、受容する」ことではじめて自尊心と自慈心のバランスの取れたマインドフルネスの状態を自らの内側に築くことができると川野さんは言う。

また、スマートフォンによって同時に複数のアプリから絶え間なく情報が入ってくるマルチタスク化したわれわれの生活は、脳が常に待機電力を消耗する「デフォルト・モード・ネットワーク」過剰状態にあることを指摘し、マインドフルネスの実践において重要とされる「今この瞬間の感覚にすべての集中を注ぐこと」がいかにストレスの軽減に効果があるかを医学的見地から解説した。

▲手のひらの中心に息を吹きかけてみる、という実習。その息を吹きかける行為に集中することが即ちマインドフルネスにつながるが、これがマインドフルネスと関連する行為であると意識してしまった途端、当初の無為に向けられた集中は失われる。一度きり有効なマインドフルネスの実践だ。

坐禅と歩く瞑想の実践

レクチャーでマインドフルネスに関する理解を深めたあとは実践あるのみ。全員で本堂に移動し、大きな楕円を描くように座って位置についた。ひとりひとりに「禅宗経典」が配布され、川野さんとともに「般若心経」を読むところから開始した。

禅は「今この瞬間に注意を向ける」ことが大切。瞑想中は自分の呼吸に意識を向ける。呼吸が浅くても「浅いな」とありのままを認めるだけで十分、「もっと深く呼吸しなければ」という風に考える必要はないと川野さんは言う。ふとした時に集中が外れて、別のことを考えてしまう瞬間がどうしてもある。その雑念も浮かぶうちは「呼吸に意識を戻そう」という風に雑念の存在に気がつき、意識的に軌道修正していくことで「今この瞬間」への集中を研ぎ澄ますことができていく。

次に体験したのは「歩く瞑想」だ。歩く際の動作ひとつひとつに集中しながら歩き、その時の足の裏の感覚に意識を向けてみるといつもしている歩行がマインドフルネスにつながっていく。参加者も足裏に感じる畳の感覚を含め、楽しんだ。

食事もマインドフルネスにつながる

最後は食事を通したマインドフルネスの実習。今回は川野さん監修のもと、けんちん汁の由来となった建長寺に伝わる「建長汁」をご用意し、参加者のみなさんには時間をかけて味わっていただいた。この建長汁は川野さんが修行中にお寺で頻繁につくっていた精進料理なので植物性の食材のみを使用している。しっかりと取った昆布出汁としいたけの出汁が効いた、滋養のある食事となった。

今回は特別にWASARAの美しい器で建長汁をご提供。手のひらに感じる優しい紙の質感さえも、禅を体験した参加者の方々にはいつもより豊かに感じられたに違いない。

マインドフルに食事をする際には、喋らずできるだけ食事の音を立てないように静かに食べることが推奨されている。意識を向けて食事をすることで、目で感じ、香りを感じ、食感を感じ、味わいを感じる。忙しい毎日ではなかなか実践できていない食べ方だ。スマートフォンを片手に、あるいはテレビやPCの前に座りながら食事をすることも少なくない。忙しい時には最初の一口だけでも意識して食すだけで感じ方も違ってくると言う。

無理せず、できることをできるぶんだけやってみることで、心と頭がどう違いを感じるのか。これを機に意識的になることで自分自身の変化を観察してみたい。座って行う坐禅だけではなく、食事や歩行など普段している行為に意識を向けることがマインドフルネスな状態に導いてくれる、ということは禅をより身近に感じる契機となった。

研ぎ澄まされた感覚を身につけるために

スマートフォンのアプリが同時にいくつも開いている状態と同様、マルチタスク化している現代の私たちは1点に集中することの難しさを日々感じているのではないだろうか。「現在の様子を受け入れて意識を向けること」が目の前のことを着実にこなす状態を生み出し、結果的にさまざまな仕事を手がけることが可能になるという道筋が今回のマインドフルネスのレクチャーと実践を通して見えてきた。

禅を生活のちょっとした時間に取り入れることで自分たちの心を整え、五感を研ぎ澄ます感覚を得る。その状態で見えてくる景色やモノの形、手にしたときの感触や快不快への気づきなど、ひとつひとつを創造に活かすことができれば、まだ自分も気づいていないような創造の可能性を紐解くことができるかもしれない。End
(特別協賛: 株式会社WASARA

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