1カ月におよぶ街をあげての建築イベント
「オープン・ハウス・メルボルン」

オープンハウスと言うと、建築家や不動産会社の住宅見学会を思い浮かべる人が多いだろう。けれど、ここメルボルンでは、毎年7月に街をあげてオープンハウスを行う「オープン・ハウス・メルボルン(OPEN HOUSE MELBOURNE)」が盛況だ。今年で11回目を数える同イベントは、25年前にロンドンで始まったOPEN HOUSEをオリジンとする姉妹イベントであり、現在ではシカゴやバルセロナをはじめ、そのコンセプトは世界各地に広まっている。

2008年に、8カ所の建物を公開する週末イベントとして始まったオープン・ハウス・メルボルン。昨年は会期中の約1カ月の間に200軒以上の建物を公開し、およそ9万5000人の来場者を集めた。今年も前年同様の約220軒の建物が公開され、クライマックスを迎える7月最終週にはトークイベントや参加型のワークショップなどが賑わいを見せた。

プログラムマネジャーのVictoria Bennettさんによると「建物を公開するイベントに加え、スペシャリストが街を案内するツアーや映画鑑賞会、子ども向けのワークショップなど30以上のアクティビティーを用意しました。また、7月の会期中だけでなく、来たる10月にはメルボルンと同じビクトリア州の北側にある都市ベンディゴで2日間だけの『オープン・ハウス・ベンディゴ』を開催予定です」とのこと。ベンディゴはメルボルンから北西に130km、19世紀にゴールドラッシュで賑わい、歴史的建造物が多く残ることで知られる街だ。オープン・ハウス・メルボルンの企画チームによる取り組みは、年に一度のメルボルン市街でのイベントという枠から拡張しつつある。

設計者が案内する、アートを取り入れた新校舎

さっそく今年のイベントの様子を紹介しよう。今回待ち遠しく思っていたのが、今年竣工したばかりのモナッシュ大学クレイトンキャンパス内のバイオロジービルディングの改装プロジェクトだ。当日は、設計者のKosloff Architectureを率いるJulian Kosloffさんに現地を案内してもらった。デザインは、建築家である彼らに加え、アーティストのCallum Morton、公共空間にアートを取り込むことを実践しているチームMonash Art Projectsという3者のコラボレーションによるものだ。

来訪者に強いインパクトを与えるオレンジ色のメインエントラスのデザイン意図を聞くと、「何から発想したと思う? これは、実は実験器具の三角フラスコを真っ二つに切って底から見たようなイメージなんだ。そのフラスコから溢れ出した液体と雫がエントランスの前庭に描かれている。また、白い外装もすべて今回の改装で加えたものだ」。

▲モナッシュ大学クレイトンキャンパスのバイオロジービルディング。実験用フラスコの形状からエントランスの造形はイメージされている

▲同ビル内に新設されたアートギャラリー

スチール製のオレンジ色の造形部分は、ホットロッドカーのカスタム塗装を手がけるペインターによる。また、凹凸のある白いGRC(ガラス繊維補強コンクリート)の外装は、太陽熱を39%遮る効果があるという。エントランス内には、常設のアートギャラリーが新設されたが、これは「生物学の研究には、アートの感性が必要という僕たちの考えと大学側が望むものが一致したからだ」と振り返る。広大なキャンパス内には魅力的な建物や庭園などが点在し、建築を学ぶ学生に混じり、家族連れや近隣住民の姿も目立っていた。

▲現地を案内してくれた設計者のKosloff Architectureを率いるJulian Kosloffさん。過去に同大学で他の建物のデザインも手がけている

建設現場で見つけた、個性豊かなリノベーション

竣工後の建物だけでなく、建設中の現場を見学するツアーがあることも、オープン・ハウス・メルボルンの楽しみのひとつだ。今回申し込んだのは、シティ中心部からほど近いカールトンの住宅改装現場。歴史的な建物や街並みを保護するため一部エリアでは建て替えに制限のかかることや、地価の高騰からメルボルンの中心部では、既存建物を生かした改装がブームとなっている。

▲インターネット予約が数分で締め切られるほど人気の工事現場見学ツアーの様子。中央で説明しているのは建築家のNicholas Braunさん

設計者であるSibling ArchitectsのNicholas Braunさんと施主立会いのもと、ツアーは始まった。参加者は、将来建て替えを考えている人と、建築関係者が半々というところ。「Ceiling House」と名付けられたこのリノベーションデザインのポイントは増築部分、2階の天井デザイン。なんと、ゴールドのミラー素材を一面に張り詰めるというデザインだ。大胆なアイデアについて尋ねると、「平屋だった住居に2階を増築するにあたり、自然光を室内に回すことを考えた。ノコギリ状の天井全面にミラーを用いることで室内に光を回し、さらに吹き抜けや階段周りを通して1階にも光が届くような構成とした」とのこと。既存部と新規部分のデザインや色調の合わせ方、どの程度クリーニングし、どの程度古い風合いを残すか、といった意匠上の細かい質問や、屋上防水の納まりなど専門的な質問も飛び交うなか、平凡な外観からは想像がつかない個性豊かなリノベーションプロジェクトを体験することができた。

▲増築された2階。ノコギリ状の天井には全面にゴールド色のミラーを貼る計画という

▲同外観。前面道路から見えるファサードは左右の住居と連続しているが、内部は独立した戸建となっている

建築は使う人のためのもの

最後に紹介するのは、このイベントの王道と言うべき歴史建築の見学ツアーで、シティの北に位置するヤラヴィル駅前にある映画館「Sun Theatre」を訪ねた。1995年に建物を購入した現オーナーは、1,050席の1室のみだったレイアウトを変更し、現在は200席から23席まで8室あるミニシアターとして営業している。

▲1938年に開館したSun Theatreのアイコニックな外観。太陽のサインは創業当時から変わらないが、ネオン管などは随時メンテナンスされている。当初の設計はHansen and Yunckenが手がけた

当日案内してくれたのは大学院で人類学と博物館学を学んでいるというJohn Morrisonさん。「1938年の開業当初は地域で最上クラスのシアターとして知られていたが、停滞期、一時閉館の時を経て再生したストーリーは、ヤラヴィルの街がたどってきた歴史と合致する。Sun Theatreが再び街のシンボルとなるにつれて、周辺に雰囲気の良いカフェや店舗がオープンして今に至るんだ。建物をきっかけとして、街の変遷を参加者と共有できるこのイベントは素晴らしいと思うよ」と語ってくれた。

▲館内で最大、200席を備える現在のメインシアター。デザインはアール・デコスタイル

▲街の歴史まで丁寧に解説してくれたJohn Morrisonさん

建築を、専門家だけが理解できるもの、といった堅苦しいイメージから解き放ち、建築は使う人のためのもの、という考え方のもと街の資産を皆で訪れて、眺めて、楽しもう、というオープン・ハウス・メルボルンのコンセプトを強く感じることのできた1カ月間だった。日常とともにある建築やアートを公開することで、“文化”的なものごとへの感性が刺激され、また同時に地域への愛着が生まれる好プログラムと言えるだろう。End