メルボルン・デザインウイークに見る、オーストラリアンデザインの現在

▲「Welcome to Wasteland」の会場中央には、廃棄物を山のように積み上げたオブジェが来場者を迎える

3月14日から24日の会期で、ビクトリア国立美術館(NGV)がビクトリア州のサポートのもと主催する「メルボルン・デザインウイーク」が開催された。第3回目となる今年は、展示やトークイベントなど計200以上のプログラムが連日開催され、過去最大規模のイベントとなった。メインテーマは「デザイン・エクスペリメンツ」。廃棄物問題への提言や、マテリアルの探求、メルボルン中心部を流れるヤラ・リバーとの連携といった取り組みがギャラリーやインテリアショップなどで展開された。ここでは、マテリアルや資源問題へのチャレンジを中心に、今年のイベントを振り返ってみたい。

ようこそゴミの国へ!

▲右手前は、Thomas CowardとNick Rennieによる黄色く染色した大理石を用いた作品「Marmor」。もちろん廃棄予定だった大理石を用いている

プログラム発表時から楽しみにしていたのが、タイトルからして挑発的な「Welcome to Wasteland」展。同展を企画したFriends & Associateの共同代表で、自らスタジオを運営するデザイナーでもあるTom Skeehanさんは、「現代のクリエイターは、ただ美しいものをつくり出すのではなく、使用素材の原材料や、廃棄物の処理を踏まえたデザインをしなければいけない。そこで、ようこそゴミの国へ!とあえて扇情的なタイトルを掲げ、その問題に対するプロフェッショナルな洞察を見せてくれるデザイナーの作品を集めて見せることにした」と語る。

紀元前の染色技術を用いて、大理石をショッキングな黄色にしたThomas CowardとNick Rennieによるイス「Marmor」は、その堅牢性ゆえに捨てる際の負担が大きい石の性質をあらためて認識させる。クラフトマンシップ溢れる照明ブランドとして知られるChristopher Bootsは、廃材である真鍮や水晶の破片を樹脂で一体化させた、異素材による幾何学的なコンポジションが美しい「Platto Table」を展示した。

▲Christopher Boots、Heidi Chaloupka、Sam Fuller、Jules Zaccakの手による「Platto Table」は、照明器具の廃材である真鍮パーツや水晶などが美しく配列された、工芸的なニュアンスの家具 Photo by Kristoffer Paulsen

会場内では紙による配布物をなくし、作品のキャプションは、白く塗装した壁面にハンドジェットタイプのプリンターで壁に直接文字を描くという徹底ぶり。また、同展のオフィシャルサイトは、サーバーの消費電力を抑えるために不要な機能を省き、使用画像の解像度を極端に下げることで、一般的なウェブサイトの20%のデータ量でデザインされたものだ。

サーバーの電源は会場外のソーラーパネルで賄っており、発電量や消費電力は逐次、同サイトで確認することができる。誰も疑問視しないウェブデザインを工夫することで、二酸化炭素排出量を抑えるという彼らの視点には驚かされた。キュレーションの質の高さに加え、廃棄物や環境負荷を減らすというテーマの実践という面からも、今年訪れたなかで最も印象に残る展示だった。

▲同展のディレクター、Tom Skeehanさん。右後方に見えるカラフルなメルボルン・デザインウイークのサインが、街行く人の目印となる

素材はどこから来て、どう消費されるのか

もうひとつ、マテリアルをテーマにした興味深い展覧会として、コンテンポラリーアートのディーラーとして知られるSophie Gannon Galleryが開催した「Designwork #3 The Supply Chain」が挙げられる。
素材はいったいどこから来て、どう消費されていくのかをテーマにした展示だ。

メルボルンから2,000kmほど離れた、セントラルオーストラリア産の砂岩を素材にした、椅子型のオブジェ「Strata Stratum Stratus」は、実物は砂岩を切り出した産地に置いたまま、作品をARのアプリを用いて、タブレット端末の画面越しにその姿を見せた。それにより、重たい素材を生産地から運ぶ必要性とその負荷を来場者に問いかけるものだ。

▲「Designwork #3 The Supply Chain」展のElliat RichとJames B. Youngによる「Strata Stratum Stratus」は、ARアプリ越しに作品を見る仕掛け。後ろの壁面に掛かるのは産地に置かれた現物の写真

他にも、自動車のエアバッグのように現物から発想したものもあれば、都市部と郊外というコンセプトから生まれた作品もあり、それぞれの背景を読み込むほどに楽しめる展示となっていた。

▲同展の様子。右手側は、照明器具などを多く手がけるインダストリアルデザイナー、Jonathan Ben-Tovimsによるエアバッグを内照した作品。普段目にすることのないエアバッグの安全性と危険性から発想したもの

▲ミラノデザインウイークに出展する照明器具の準備中のJonathanをアトリエに訪ねた

豪華ラインアップのトークイベント

トークイベントの豪華なラインアップは、例年、デザインウイークの楽しみである。会期中盤に開催された「Break the Business Model」では、ファッションレーベルArnsdorfの創設者でありデザイナーのJade Sarita Arnottさん、設計事務所Russell & Georgeの共同代表、Byron Georgeさん、WeWorkのジェネラルマネジャーとしてコミュニティの構築を実践するBalder Tolさんというそれぞれ業界の異なる3者が登壇し、進行役のジャーナリスト、Alice Blackwoodさんとのトークを繰り広げた。

旧態然のビジネスに立ち向かったそれぞれのエピソードのなかで、オーストラリアでも勢いのあるWeWorkのByronからは、かつて所属していたAirbnbとの比較も含め、顧客目線でビジネスを行うことの重要性が語られた。また、ファッションデザイナーのJadeからは、大手のファッションビジネスと一線を画し、地元の工場で生産する方法やサスティナブルな服づくりという、彼女のブランドアイデンティティを支える思想の一端が明かされた。

▲Mercedes meで行われたトークイベント「Break the Business Model」。こうしたトークプログラムは有料にも関わらず、すぐに満席となるほどの人気だ。左からモデレーターを務めたIndesign編集長のAliceとスピーカーのBalder、Jade、Byronの3人 Photo by Margund Sallowsky

街なかで披露されたメルボルンならではの家具

ここからは、家具デザインを中心に街なかで出会ったプロダクトをいくつか紹介したい。

Officeというクリエイティブチームがキュレーションし、先住民の大切にしてきた地域を管理するCulpra Milli Aboriginal Corporationとのパートナーシップにより実現した、アボリジナルの文化的豊かさに思いを巡らせる家具とアートワークの展示「Furnishing Culpra」では、日本では目にしたことのないRiver Red Gumという、深い赤みのあるユーカリの一種を用いテーブルやスツールが、伝統的なテクニックで織られたアートワークと共に展示された。

▲「Furnishing Culpra」のRiver Red Gum材を用いた家具は、あえて裏面に不均一な樹皮側の形状を残したデザイン

▲同展の会場となったBlak Dot Gallery

石材やタイルなどのサプライヤーであるArtedomusによる、単一素材の使用をストイックに突き詰めた「New Volumes」という新たなプロダクトラインの展示では、ギリシャの一地域だけで採掘されるElbaという石材だけを用い、機能よりも使う人の感情に訴えかける形を表現できるデザイナー7人に依頼したというプロダクトが発表された。

▲「New Volume」は、クールなグレーの中にごくわずかにベージュの色味を感じる美しいギリシャ産の石、Elbaだけを用いたプロダクト。右手前の台の上にある3点はEmma Elizabethによるキャンドルスタンド

また、ヨーロッパのヴィンテージ家具やオーストラリアのデザイナーによるジュエリーなどを扱うフィッツロイの人気ショップModern Timesでは、「Material Thought」と題し、サスティナブル/アンサスティナブル、天然/合成、など素材に対する視点にフォーカスしたアイテムが独自のセレクションで展示された。また、一方で、Alt. Materialが主催した「Elasticity」では、そのタイトルが示す通り、素材の“弾性”をテーマに据え、アイデアの発露をそのまま表現した家具やプロダクトを見ることができた。

▲「Material Thought」展を案内してくれた、インテリアショップ「Modern Times」のギャラリスト、Ella Saddingtonさん。同店はデザインウイーク期間外でも定期的に企画展を仕掛けている

▲「Material Thought」では、テーブルから照明器具、テーブルウエアまで大小のプロダクトが集められていた

▲同展の象徴とも言えるアイコニックなMaddie Sharrock によるコンクリート製のチェア「Snake Head Seat」 Photo by Modern Times

▲「Elasticity」に出展されていた、レーザーカットしたステンレスにレザーストリングスでテンションを掛けることで立体になるボウル「Sunny Centrepiece」。デザイナーはAdam Cornish

生木の乾燥過程にインスピレーションを得た器作家

最後に紹介したいのは、メルボルンを代表するインテリアデザイナーのひとり、Fiona Lynchさんのスタジオに併設するかたちで、先頃オープンしたばかりのギャラリー「Work Shop」だ。そこで大きくフィーチャーされていたのは、メルボルンを拠点に器の作家として活躍する龍神真紀子さんの「Shinki Series」だった。

▲この3月にオープンしたばかりの「Work Shop」に展示された龍神真紀子さんの作品「Shinki Series」

▲インテリアデザイナーのFiona自身の目にかなうアーティストの作品や照明器具などが厳選して置かれている

メルボルンでフォトグラファーとしてキャリアを積んできた龍神さんは、あるとき、趣味的に家具工房でものづくりを体験し、そこから旋盤で木材を加工する楽しさに目覚めたという。柔らかい生木を削ることに夢中になり、本格的にウッドターナーとして技術を身につけていくなかで、生木が乾燥する際に大きく変形することに着目。そこからさらにひと手間加えようと、表面を燃やすなどの試行錯誤を重ね、現在の作風に至った。

「旋盤で加工した後に、火をつけると、木目の詰まり具合によって大きく変形します。自分でコントロールできない力に最終形を委ねるというプロセスに今も惹かれており、また、そのコンセプトから、Shinki(神器)と名付けました」とのこと。昨年、NGVのパーマネントコレクションにも加わった龍神さんの作品は、ミニマルな形状に詩情を感じさせるものだ。

▲メルボルンの北側、Fawknerにアトリエを構える龍神真紀子さん。器の制作には、オーストラリアで採れるスパニッシュオークやユーカリの生木を使っているという

全体を振り返ると、オーストラリア人デザイナーの社会問題への関心の高まりを感じるとともに、トークイベントで昨年のオープンハウスメルボルンツアーの参加者と偶然再会したり、見知らぬ来場者同士がお気に入りの展示情報をシェアしている姿を見かけたりと、ヒューマンスケールの都市メルボルンのデザインイベントとして人々に浸透しつつあることを感じる11日間だった。End