建築家・弥田俊男、ディテールへの配慮から心地良い空間をつくり出すために

▲1,000点以上の国宝や重要文化財を所蔵する、春日大社国宝殿。2階の展示室で、その貴重な宝物を展示公開している。Photo by Mitsumasa Fujitsuka

建築家の弥田俊男(やだ・としお)は、岡山と東京というふたつの拠点で活動している。隈研吾建築都市設計事務所の在籍中には、東京のサントリー美術館や根津美術館の設計に携わり、独立後は奈良の春日大社国宝殿(旧称:宝物殿)の増改築や岡山の地域活動にも取り組む。活動の場を広げている弥田に話を聞いた。

▲春日大社国宝殿の1階部分は、ガラスを多用することで浮遊感と開放感をもたらした。併設するカフェや屋外トイレ、バス停、修景整備も弥田が手がけた。Photo by Koji Yamazaki, Prise

未知の地に可能性を感じた

ふたつの拠点で活動するようになったきっかけは、岡山県に初めて建築学科が新設された大学から、准教授就任の要請を受けたことだった。弥田は新たな挑戦と捉えて独立し、2011年に東京に事務所を構え、東日本大震災も重なり、家族との住まいを岡山に移した。それから東京と岡山を行き来する生活が始まった。

弥田にとって岡山は未知の地だったが、「大きな可能性を感じた」と言う。「東京にいると、物事の価値観が中心側からしか見えない。ほかの地域に片足を置くことによって、今よりもいろいろなものが見えてくるのではないかと思いました」。

▲春日大社国宝殿を訪れた人が最初に目を止めるのが、高さ6.5m、重さ約2tの鼉太鼓(だだいこ)を納めた印象的な中央ホールだ。鼉太鼓は祭事の舞楽演奏に用いられる。Photo by Mitsumasa Fujitsuka

過去から未来へとつないでいく

独立後、思いがけない仕事が舞い込んだ。第60次式年造替記念事業の一環として行われた春日大社国宝殿の増改築である。宮司と学芸員が各地の美術館を視察したなかで、2009年に新創された根津美術館に魅力を感じ、当時、設計室長として携わった弥田に白羽の矢が立った。

国宝殿の建物は、1973年に谷口吉郎が手がけたモダニズム建築で、左右非対称のH型をしている。この躯体を残して磨き上げることで、谷口吉郎建築の真の輝きを蘇らせようと弥田は考えた。同時に、周囲の自然との調和を考えながら、受け継がれてきた貴重な宝物とともに過去から現在、そして未来へとつないでいく設計を考えたという。

▲直径2.8mの鉄製の水盤「神奈備(かんなび)」。Photo by Koji Yamazaki, Prise

▲水盤と同じ部屋にある、10層重ねたワイヤーに境内の景色を投影する「春日」。光と水と映像によって、空間が動的に変化し不思議な体験が味わえる。

建物の中で興味深いのは、「神垣(かみがき)」と名付けられた空間だ。宮司からの希望は、エントランスから展示室に行く導入として、神の気配を感じるような心静まる場を設けることだった。弥田が最も苦心したと言うこの空間で、展示デザイナーの尾崎文雄、照明デザイナーの岡安 泉、画家でアーティストの福津宣人らとともに話し合い、実験を繰り返すことで完成に至ったという。

モチーフにしたのは、春日大社の御神体である御蓋山から湧き出る生命を育む神聖な水。水盤に投影されているのは、福津が春日大社の自然の景色を撮影した映像だ。岡安の演出によって時折、光を帯びた水滴が落ちて水紋が広がり、底からも水が湧き上がり、映像がゆらめく。それは天井にも映し出され、生命体が生まれる瞬間のような神秘的な模様が広がる。

この空間を出ると鼉太鼓(だだいこ)ホールへ、さらに雲の中をイメージし、作品を際立たせるために無彩色にしたという2階の展示空間へと続く。

▲2階の虫籠窓が特徴的な明治中期の建築。「たまりBAR」のイベントでは、建物の外にも屋台が並んだ。

岡山の地域プロジェクト

岡山での仕事は、人の縁に導かれるように結びついたという。後楽園近くの門前町にある旧福岡醤油の建物の再生・保存・活用を目指したプロジェクトもそのひとつだ。

この辺りは戦前からの歴史的な建物が多く残るが、空き家は解体されることが少なくない。趣のある建築というだけでなく、かつては人通りの多い賑わいのある場所だったことから、弥田は旧福岡醤油の建物に潜在的な可能性を感じていた。

周囲の人に声をかけていくなかで、以前からこのエリアで街づくりの活動をしている人々など次第に人の輪が広がり、2013年に福岡醤油建物プロジェクト実行委員会が組織された。まずはこの建物を地域の人に知ってもらおうと、「たまりBAR」という出店イベントを企画。回を重ねるごとに訪れる人の数も増え、今後は建物の改修も検討中とのことだ。

▲地面に近い部分は座ったり寝そべったり、思い思いに過ごせる居場所をつくるストリートファニチャーのようなCLTのオブジェ。JR岡山駅広場に設置された。Photo by Yudai Okamoto

新建材CLTの可能性を探究

新建材として世界的に注目を集めるCLT(Cross-Laminated-Timber:直交積層材)のプロジェクトは、「たまりBAR」開催中に訪れた関係者から声をかけられ結びついた。各層が直交して積層接着された強度、耐震、耐火性などに優れたパネルで、欧州では中高層建築の実例もある。

近年、日本でも各地でCLT建築の開発が進められているが、国内初のCLT専用工場は岡山の銘建工業にある。岡山県はCLTの普及を目指し、2015年度から2017年度の3カ年計画で産学官連携による「おかやまCLTリーディングプロジェクト」を立ち上げ、CLT検討委員会を設立。以前からCLTに興味を持っていた弥田も委員に加わった。

初年度には多くの人にCLTを実際に見て触れてもらうことを目的に、岡山マラソンに合わせたウェルカムゲートを製作、弥田が設計デザインを担当した。

▲雄大な景色の中に佇む「道の駅あわくらんど」の公衆トイレ。夜間には梁の中などに仕込んだ照明によって建物が浮かび上がる。

続いて、CLTを提案する新しい木の建築物として、岡山県北東部の西粟倉村にある「道の駅あわくらんど」の公衆トイレを設計し、2018年4月に竣工した。

全国の建築を学ぶ学生を対象に設計コンペを実施し、その最優秀受賞作品とCLT検討委員会のメンバーの意見を反映させながら、弥田が設計図案を考えた。これまではパネルを90度でつなぎ合わせるのが主流だったが、斜めに交差して組み合わせるという実験も試みた。

「道の駅あわくらんど」は、ハの字に開いた入り口から自然と中に誘われていく構造で、内部はパネルが秩序だって交錯する面白い空間だ。この3カ年のプロジェクトはいったん終了するが、今後もCLTの開発は続いていく予定だ。

▲リノベーションを手がけた「住吉の居場所」。右側にはクライアントの希望により石壁を配した。ピーター・ズントーの名作、スイスのヴァルス温泉施設と同じ材を運よく安価に入手して使用したという。Photo by Ikuo Kubota

正しく新しい姿を追求して

弥田はこれまで見たことのない目新しいものをつくりたいのではなく、「正しく新しい姿を見つけて形にしていきたい」という。

例えば、リノベーションというと、天井や床をはがしてスケルトンにするケースが多いが、「そうではない建築的な解があるのではないか」と疑問を投げかける。

独立後、最初に手がけたマンションのリノベーション「住吉の居場所」では、天井に木板を取り付け、既存の大きな梁やダクトなどを上手く隠しながら、開口部に向かって勾配をつけた。それにより、空間に躍動感が生まれ、部屋を移動すると景色が変わっていくという、新しい生活の居場所を創出した。

▲天井の木板が空間にダイナミックな変化を与え、玄関から奥のリビングへと人を誘うようだ。Photo by Ikuo Kubota

建築を考えるうえで留意していることは、「些細な違和感も残さず排除していくこと」と弥田は言う。「ちょっと変だなという感覚や、引っかかりみたいなものが残っていると、空間を体感する気持ちよさが阻害されてしまう。ノイズやずれた価値観のような、少しでも違和感になるものは徹底して取り除いていきます」。

その際、自身の考えに固執せず、クライアントやプロジェクトメンバーとの話し合いの中から解を導き出すことを大事にしているという。根津美術館では、展示ケースや照明、外看板などにも目を配り、小さなピクトサインについても学芸員とともに素材、設置位置、大きさ、色などの検討を重ねていった。弥田の手がける建築空間は、そうした細部にわたる丁寧な配慮の積み重ねによって生まれる、心地良い体感が魅力なのだろう。

今後も岡山と東京の2都市に限らず、人の縁を大事にしながら、多様な地域の多彩な分野の建築に挑戦していきたいという。End


弥田俊男(やだ・としお)/建築家。1974年愛知県生まれ。京都大学大学院修了後、隈研吾建築都市設計事務所に13年間在籍し、サントリー美術館や根津美術館をはじめ、数多くの物件を手がける。2011年より岡山理科大学建築学科准教授に就任し、弥田俊男設計建築事務所を設立。現在、岡山と東京の2拠点を軸に活動している。http://tosiyadarchi.com

春日大社国宝殿
「奉祝 春日大社御創建1250年 春日信仰の美しき世界 ―神々の物語と珠玉の名宝―」展

会期 2018年9月1日~12月13日 10:00~17:00
詳細 ※10月12日展示替えにつき休館
   春日大社御創建1250年を奉祝し、数々の至宝や絵画などを展示。
   末社三十八所神社伝来の流鏑馬木像は、修理後初公開となる。
http://www.kasugataisha.or.jp/h_s_tearoom/museum/

福岡醤油建物プロジェクト
http://www.fukuoka-shoyu.com

道の駅あわくらんど
http://www.pref.okayama.jp/page/570175.html