「アアルトの声」を聴く回顧展
神奈川県立近代美術館 葉山「アルヴァ・アアルト――もうひとつの自然」


神奈川県立近代美術館の葉山館は今年で開館15周年を迎える。その記念となる「アルヴァ・アアルト─もうひとつの自然」展が現在開催中だ。同展は2014年9月にドイツのヴィトラデザインミュージアムからスタートして、スペイン、デンマーク、フィンランド、フランスと巡回した国際回顧展であり、アアルト生誕120周年の今年、満を持して来日を果たした。日本国内でも来年にかけて4会場を巡回する。ちなみにその2019年は日本とフィンランドの外交関係樹立100周年の記念すべき年でもある。

▲Photo by Petri Artturi Asikainen

アルヴァ・アアルトは日本ではインテリアデザイナーとしてのほうがより知名度があるかもしれない。たとえばアルテックのスツール 60やイッタラのアアルト・ベースは、過去の名作にありがちな希少なヴィンテージとしてコレクターズアイテム化しているといったこともなく、それぞれが今なお現役の、購買可能な北欧デザインを代表するプロダクトであり続けている。

しかし今回はその認識を新たにするに十分な幅広いバリエーションの作品が展開されている。アアルトの建築家としての側面に触れられるのはもちろんのこと、建築からインテリアデザインまでのすべてが有機的に結びついているのが伝わってくる。ヒューマンモダニズムという、彼が提唱した思想は具体化しているということか。

▲Photo by Petri Artturi Asikainen

今回、同館の水沢勉館長のガイドツアーで作品に接するという贅沢な機会に恵まれたので、その的確な解題の大意をいくつか書き出しておくことにしよう。

モダニズムという直線で構成された機能主義の世界に、その経歴の始まりから一貫して曲線的なもの=自然を取り入れてきたのがアアルトであった。彼のフィンランド人気質というものも大きく影響しているであろうそのスタイルは、モダニズムの直線的で合理的なものを和らげる「柔らかい」アンチテーゼだったとも言える。

それは自然との距離感の近い日本人にとってはなじみやすいスタイルでもある。そして有機的な曲線は自然からのみ生まれたわけではなく、同時代の芸術家たち——ハンス・アルプやフェルナン・レジェ——の作品からも大いに影響を受けていたことが今回の企画からは見て取れる。

▲Photo by Petri Artturi Asikainen

アアルトの有機的なスタイルは、1937年のパリ万博で坂倉準三の日本館、ホセ・ルイ・セルトのスペイン館とともに彼のフィンランド・パヴィリオンが建築部門のグランプリに選ばれている。

アアルトの家具、なかでもアームチェアは有機的な曲線が美しい。プライウッドのしなりを活かしたカンティレバーの構造は、デザインと機能が高い次元で融合された、まさにお手本のようなもの。よく似たリクライニングチェアを今もあちこちで目にすることができるのがその証だろう。


もちろんこうした有機的なデザインは合理的に生産されることが重要だった。今回の展示では当時の家具工場の様子などもうかがい知れる。製作過程といえばアアルト・ベースの木型は必見だ。現在も手吹きで作られるこの優美な器の、丸太をくりぬいたようなオリジナルの木型が展示されている。

建築家アアルトを伝える展示としては、いくつもの建築模型が並んだスペースがある。またパイミオのサナトリウムの一室を再現したコーナーも設けられている。惜しむらくはこれらからはアアルト建築の大きな特徴である曲面を感じ取りづらいので、現存するアアルト建築群を本企画のために撮り下ろした写真展示にて確認していただきたい。個人的には、バリアフリー優先の現在ではもう成立しないかもしれないアアルト建築の魅力のひとつ、高低差のある床面はぜひ再現してほしかったのだが……。

▲Photo by Petri Artturi Asikainen

さて、神奈川県立近代美術館だけの特別なお楽しみだが、まずは作品展示から。アアルト展の展示室につながる第1展示室では館蔵の「描かれた建築たち」の絵画作品を見ることができる。川端康成寄贈の古賀春江作品など、モダニズムの影響はいかにワールドワイドに享受されていたかがわかって興味深い。

続いて第3展示室海側の体験型展示ともいうべきアアルトルームについて。なんと、実際に名作椅子に座っていい展示室が用意されているのだ! それもただ無造作に陳列されているだけではなく、スタイリスト、黒田美津子さんによるリビングスペースなどのコーナーも展開されている。聞けばこの企画は美術館側からアルテック、イッタラへと持ちかけて実現したのだそう。

▲Photo by Petri Artturi Asikainen

インテリアデザインの展覧会であれば、実際には使うための家具である作品が目の前にぶら下げられながらも、触ることはおろか腰を下ろしたり肘をついたりなどもってのほか。さんざんフラストレーションが溜まったところで最後にたどり着くこのアアルトルームでは、すべてのチェアを心ゆくまで座り尽くしていいのだ。神奈川県立近代美術館よ、なんと心憎い取り計らいか。


アアルトルームの海が見える窓辺に設えられた寝椅子に横たわる。と、それまで見えていた水平線が見えなくなる。せっかく葉山館にいるのだから中庭から続くテラスに出て、海からの風を感じたいもの。いや、到着したらまず先にテラスまで足を運ぶべきかもしれない。巨匠の孫が言うところの「aaltoの声」を聞いてから展示室へ向かえばいい。フィンランド語でaaltoは波を意味するそうだ。End

アルヴァ・アアルト-もうひとつの自然

会期
2018年9月15日(土)~11月25日(日) 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日
月曜日(9月17日、9月24日、10月8日は開館)
会場
神奈川県立近代美術館 葉山 第2・3展示室
詳細
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2018_aalto
アアルトルームには一緒に記念撮影ができる立体的なアルヴァ・アアルトのパネルも。アアルトとのツーショットやお気に入りのインテリアスタイリングなどを撮影し、#alvaraaltosecondnatureのハッシュタグをつけてinstagramに投稿すると、当選者にはアルテックとイッタラからのプレゼントが!
巡回予定
2018年12月8日(土)~2019年2月3日(日)名古屋市美術館
2019年2月16日(土)~4月14日(日)東京ステーションギャラリー
2019年4月27日(土)~6月23日(日)青森県立美術館