職人的なアプローチのデザイナー、アレックス・アールの工房を訪ねて。
彫刻的な存在感を放つ、木製スピーカーや照明を製作

▲Alex Earlの「Sound System One」はホーン型スピーカーとウーファー、真空管アンプを組み合わせたサウンドシステム。Photo by Lynton Crabb

オーストラリア・メルボルンの中心部からほど近いコリングウッドにショールームとアトリエを構え、家具やプロダクトのデザインから製造販売までを手がけるデザイナー、アレックス・アールさんは自身の名前を冠したブランド「Alex Earl」から照明器具や家具などを発表している。そんな彼のショールームで一際目を引くのが、2018年から本格的に販売を開始したという木製の大型スピーカーだ。ここではクラフトマンシップ溢れる彼のデザインを紹介したい。

▲アレックス・アールさん。後ろの黒い壁面に見えるのは真鍮製の照明「Hotplate Wall Sconce」のプロトタイプ。

アイデアを即座に試すために工房を持ちたい

約10年前に自身のショールームと工房をコリングウッドに構えたアレックス。学生時代にアートを学んだ彼の経歴はユニークだ。メルボルン中心部から50kmほど離れた自然の豊かなギプスランドで生まれ、陶芸家の母とエンジニアだった父が使う道工具に囲まれて育ち、物心つく前から何かをつくることが日課だったと語る。

総合大学を経て入学したビクトリアン・カレッジ・オブ・アーツで彫刻とクリエイティブ・ライティングを学んだ後、いったんは出版のビジネスに携わった後、自分の手を使ったものづくりを志し、数年間、家具工房で基礎を学んだ。また、学生時代から大工仕事の手伝いなどをしていたこともあり、それらの技術を生かして、2000年頃から照明器具などのプロダクト製作を自ら手がけるようになった。

その後、およそ10年前に、自らの工房を持ちたいという衝動を抑えきれず、資金を工面して一通りの工作機械を揃え、コリングウッドに工房とショールームを構える。すべては、つくりたいもののアイデアを即座に試したいという思いからだったという。「それまで、アイデアがあるのにすぐに試せないことが大きなストレスだった。費用の面でも大きな決断だったが、自由に使える自分専用のスペースが必要だったんだ」。

▲大型の工作機械を備えた工房スペースは、ショールームのすぐ奥に位置する。製品のクオリティをコントロールするためには、自分の工房がどうしても必要だったという。

▲整然と工具が並ぶ工房。基本的に製品は受注後に製作される。

機能だけでなく、アートのような存在感のある照明を

創設当初はテーブルやイスなどシンプルな家具がビジネスの中心だったというが、徐々にアーティスティックなプロダクトが拡充されていく。壁面を飾るオブジェのような「Telegon Wall Light」は、直径1,100mmと700mmという2種類のサイズで展開する大型の壁付け照明器具だ。LEDを内包した真鍮製のフレームで囲まれた中央部分はブラックウォールナットの無垢材をルーターで立体的に削り出したもの。ポリゴン形状のシャープなラインとその表面に刻まれたかすかな凹凸が繊細な陰影を見せる。「機能だけの照明ではなく、アートのような存在感のあるウォールライトを木材でつくりたかった」とそのデザイン意図を語った。

また、同様のフォルムを金属プレートだけで構成した照明「Hot Plate Wall Sconce」は切り子のような磨き仕上げの真鍮が強いきらめきを放つアイテムだ。正面から見ると、三角形の金属パネルをタイル状に組み合わせたように見えるが、実際にはスリットの入った一枚の金属板をプレス加工して製作している。

▲彫刻的な壁付け照明「Telegon Wall Light」。Photo by G. G. McGauren

▲「Telegon Wall Light」のディテール。消灯した状態でも美しく見えることを企図してデザインされている。

オークとウォールナット材を組み合わせた彫刻的なスピーカー

最新の自信作「Sound System One」は、ホーン型スピーカーとウーファー、アンプを組み合わせたサウンドシステム。「もともと音楽を演奏するのが好きだったからギターをつくったりしていた。家具づくりの技術を生かせるので、楽器の次にスピーカーをつくるのはごく自然な流れだったんだ。また、高価でもハイエンドなスピーカーを求める人がいることはわかっていたからね。真空管アンプと組み合わせたシステムとして本格的に販売を始めたのは今年のことで、開発には6年も費やした。イスなどのシンプルな家具であれば試作して座ってみれば良し悪しがわかるけれど、部品数の多いスピーカーはつくるのにもテストにも時間がかかるからね。でも、妥協せずに何度も試作を繰り返し、最終的には、満足のいく高品質のスピーカーを完成させることができたんだ」。

▲十角形のホーン型スピーカー「Sound System One」は手前側にオーク、奥側にウォールナットを用いている。Photo by Lynton Crabb

オークとウォールナット材を組み合わせたホーンの彫刻的なデザインはまさに彼の真骨頂と言える。アンプの設計は音響エンジニアと協働することで極めて再現性の高いサウンドシステムが実現している。

「ひとつのアイデアをもとに、手を使って徹底的に追い込んでいくのが僕たちのやり方だ。自然素材を使うことも大切なポイントだし、木材であればどの部分を使うのが最適か、ひとつひとつのマテリアルと向き合って丁寧に製作していく。そういうものづくりをできることが工房を持つ強みでもあり、僕らが自分たちの手で最終形まで仕上げることにこだわる理由でもあるんだ」。

▲幾つかのサイズが用意されているペンダント照明「Antler Light」。Photo by Lynton Crabb

また、メーカーの立場としては、カーボンニュートラルな自然素材を使い、サスティナブルなものづくりをすることや、廃材をできるだけ減らし環境負荷を抑えることにも注力していると語る。

将来について尋ねると「まずは今あるラインアップをより充実させたい。例えばスピーカーであれば、よりコンパクトなモデルを開発中だが、性能を犠牲にしたくないので、そこが難しいところだね。そして長期的には、さらにアート要素の強い彫刻的なプロダクトをつくりたいし、インスタレーションなどにも興味があるよ。ただ、僕らの目標は、ショールームを世界中に増やしていくことではなく、この工房をベースに自分たちが納得できるクオリティでものをつくり続けていくことだ」。

職人の技術を持つデザイナーによる、メード・イン・メルボルンの製品たち。アレックスのパーソナリティーが現れた次のプロダクトを目にするのが楽しみだ。End

▲自作のギターを奏でるアレックス。工房内には製作中のギターが何本も壁にディスプレイされていた。