スイスの産地型イベント
「デザイナーズ・サタデー」がクリエイターを刺激するプラットフォームに進化
2018年は日本をフィーチャー

▲DSアワードのグランプリを受賞したドイツの家具会社ClassiConの展示。暗い通路を進むとガラス吹き職人や金属加工職人の大迫力動画が現れ、スクリーンの後ろにそれによってつくり出された製品(テーブル)が現れるという仕掛け。職人へのリスペクトが感じられる。©Designers’ Saturday

スイスきってのデザインイベント「Designers’ Saturday(デザイナーズ・サタデー、通称DS)」をデザイン誌「AXIS」では2010年から紹介してきた。2年に1度行われ、今年は11月2日(金)から4日(日)に開かれた、第17回の模様をリポートする。

スイスの地方都市ランゲンタールで開かれる訳

デザイナーズ・サタデーが行われるランゲンタール市は、スイスの首都ベルンからクルマで50分ほどの田園地帯。ミラノやロンドンといった大都市ではなく、のどかな地方都市というより田舎という形容がふさわしい地でデザインイベントが開かれるのには訳がある。

この近辺に拠点を構えるインテリア関連のテキスタイルやカーペット、木材、ガラス、家具工場が主催するイベントであり、自らの工場を会場としているのだ。このユニークさは他に例を見ないもので、工場ならではの空間を生かした展示や工場間をシャトルバスで移動するスタイルが人々に受け入れられ、デザイン関係者や建築家などプロのみならず、スイス国内はもとより、近隣国から地元住民まで広く知られる人気イベントとして定着している。

▲来場者の人気投票で1位になったスイスの椅子メーカーDietikerの展示。会場のタイル張りをプールに見立て、椅子はバブルの中で見せるという凝った構成。partout Hotel & Gastro Consultingによるデザイン。

ゲスト・カントリーとしてフィーチャーされた日本

今年は新たなキュレーターとしてヤン・ガイペル氏を迎え、従来のコンセプトを踏襲したうえで、新たな要素を盛り込んだ。目玉となったのは、DSスポットライトとしてゲスト・カントリーを迎えたことだ。その1回目として選ばれたのが日本。その理由をガイペル氏は言う。

「このイベントでは以前からイタリアやオランダなど外国企業の参加はありますが、もっと外からの刺激を受け競争していかなければならないと考えました。われわれにとってエキゾチックなだけでなく、資源に乏しいなかで培われた独自の美学があるという点で、スイスと通じるものがある日本をフィーチャーしたいと強く思いました」。

▲ヤン・ガイペル氏。1968年生まれのドイツ人。デンマーク文化省のアドバイザーとして、国際展示にも数多く携わってきた経験から、これからも欧州にさまざまなかたちで日本を紹介していきたいと語る。

建築家でもあるガイペル氏は、山本理顕氏の下で働いた経験があり日本のデザインに造詣があることはもちろん、豊富なネットワークを持っている。そのなかで同氏がぜひにと請い、参加したのが寺田尚樹氏(テラダモケイ)と鈴野浩一氏(トラフ建築設計事務所)、「燕三条 工場の祭典」などだ。

なかでも同じ会場で展示した寺田氏と鈴野氏は、意外にも今回が初のコラボレーション。ともに紙を素材にした製品である「建築模型用添景セット」と「空気の器」を、想像力を掻き立てるインスタレーションで見せ、DSアワードのグランプリを受賞した。

「寺田さんの作品は日常風景の中でクスッとしたスマイルを届けてくれましたし、究極とも言えるレイヤーで極限の軽さ見せた空気の器の展示も素晴らしかった」(ガイペル氏)。

▲圧倒的支持を受けてDSアワードのグランプリを受賞したテラダモケイとトラフ建築設計事務所。「来場者がひとつひとつきちんと見てくれて、とてもいい質問をしてくれたのが印象的」と寺田尚樹氏。

インキュベーターとしてのデザインイベント

DSアワードは展示されるプロダクトそのものに与えられる賞ではなく、プロダクトをいかに表現して展示するか、その手法を評価する。いかにオリジナルでそのプロダクトや企業のストーリーを語り、またどれだけイベントそのものや他の参加者、あるいは来場者とクリエイティビティを通じて交流したかが問われる。展示表現を評価するのは以前からだが、ガイペル氏はより“交流”を重視する。毎回、各地、各国のデザイン系学校が招かれて各々の会場で展示していたが、今回は1カ所の会場に学校を集結させ、各校がそれぞれでき上がった作品を持ち寄るだけではなく、幾たびの事前打ち合わせを経て、新たなコラボレーションを実現。若い世代のインキュベーターというイベントの位置づけをより鮮明に打ち出した。

「2つの学校は、与えられた会場(かつての製粉小屋)の低い天井という不利な条件を逆手にとり、そのヒストリーに根ざした展示は特筆すべき成果です」(ガイペル氏)。

▲Peter Behrens School of Arts(デュッセルドルフ)とHEAD University of Art and Design(ジュネーブ)による展示はスペシャル・メンションズ賞を受賞。水車による粉挽きが行われていた小屋で、その歴史を感じさせるインスタレーションだった。写真上の白い塊は小麦粉で、学生たちはここでパンを焼き、来場者に振る舞った。

現場に刺激を、人々にはインスピレーションを

今回、国内外から70以上の参加者があったデザイナーズ・サタデーは、もともと規模を大きくすることが目的ではなく、ものづくりの現場からデザインを発信していくために始められた。単にプロダクトの発表にとどまらず、それを含めた空間デザインにこだわるのは、2年に1度のイベントを通し、ものづくりの現場に刺激を与えるという意図もある。

商取引が行われる一方で、会場となる工場内では操業も一部続き、実際にカーペットやカーテン生地がどうやって織られるかなどを目の当たりにすることで、参加者や来場者がなんらかのインスピレーションを得ることは多い。今年の来場者は1万7千人だったというが、それだけの関心を集めるのは、ものだけではない空間を含めた包括的なデザインを実際に体験したいという人々の欲求があるからではないだろうか。

新製品のお披露目が主な目的である他のメージャーなデザインイベントは、情報解禁日にはネット上でそのプロダクトの閲覧が可能になることから、会場まで足を運ぶ意味が少しずつ失われている。実際に来場者が減少していると聞くなか、スイスの片田舎で始まったデザイナーズ・サタデーは、デザインイベントのあるべきひとつの方向性を示している。(文/鴨澤章子)End

▲屋外に置く暖炉でそのまま料理もできるファイアー・ボウルのFeuerring社は、実際にソーセージや肉を焼いて来場者に提供し、スペシャル・メンションズ賞を受賞。行く先々の会場でちょとした食事が振る舞われるのも、デザイナーズサタデーの人気のひとつ。

▲「燕三条 工場の祭典」の展示。同イベントが始まったきっかけのひとつが、「AXIS」2011年2月号掲載のデザイナーズ・サタデーの記事だったそうで、工場発のデザインイベントとして「DSは“いとこ”みたいなものかもしれません」と、工場の祭典の監修を務めるメソッドの山田 遊氏は言う。