マルニ木工がブランディングの会社を立ち上げた理由。
マルニグローバルブランディングの神田宗俊氏に聞く

2018年4月、広島市に拠点を置く、創業90周年を迎えたマルニ木工が、海外戦略事業に特化した子会社「マルニグローバルブランディング」を設立した。これまで海外販路の開拓を一手に担ってきた同社の神田宗俊(こうだ・むねとし)氏が新会社の代表取締役社長に就任。同名会社のブランディングのためだけに新会社を立ち上げるのは、おそらく前例がない。業務を分社化した背景、狙いについて神田氏に聞いた。

▲マルニグローバルブランディング代表取締役社長の神田宗俊(こうだ・むねとし)氏。住商インテリアインターナショナル株式会社HF部欧米部門に勤務後、2009年に株式会社マルニ木工に入社し、海外事業課に在籍。18年に株式会社マルニグローバルブランディングを設立した。Photo by Sohei Oya(Nacása & Partners Inc.)

別会社を設立した理由

ーー「マルニグローバルブランディング」の業務内容についてお聞かせください。

マルニ木工製品の海外における販路開拓、そして、マルニ木工を海外に向けてどのように表現していくのかというブランディングの構築が主な仕事内容です。今後は変わっていくかもしれませんが、現在はこれまでマルニ木工本社の営業本部内に置かれていた海外事業課の業務を引き継ぐことになります。

▲クヴァドラ本社で使用される深澤直人氏のデザインによるRoundish

ーーしかし、ブランディングは企業の根幹にかかわるものです。それを本社から切り離して、どのように機能させていくのでしょうか。

分社化の最大の推進力となったのは、海外営業力の強化、そして経営判断の迅速化の必要性です。もともとマルニ木工は日本の家庭向けの家具メーカーとして誕生し、海外輸出のための部署は存在しませんでした。

そこに2009年、商社の住商インテリアインターナショナルからやってきた私が海外への販売強化を目的に海外事業課という部署を立ち上げました。今では、マルニ木工の輸出先は世界約30カ国に広がり、売上げも数億円に達しています。今後、取り引き規模がさらに拡大すると、私ひとりでは手が回らなくなります。そのため、有能な人材を増員しようと何度も試みてきましたが、そこで直面したのが製造業ゆえの社内体制でした。

▲深澤直人氏のデザインによるHIROSHIMAアームチェア

メーカーでは工場の生産ラインを中心に就業規則があり、業績評価もなされます。しかし、海外事業の仕事は商社的な性質があり、海を越えた事業主を相手にするものです。時差も超え、文化も超え、単位時間に関係なくアイデアとバイタリティで結果を積み上げていく。完全成果主義に基づき適性ある人材を採用する必要がありますが、同じ社内であっても、就業規則や業績評価の点で生産現場と別体制を敷くことの理解が得にくいのです。

マルニ木工のように長い歴史を持つ企業であれば、なおさら別体制をつくることは容易ではありません。また、同じ社内の一事業部であれば、会社全体での合意形成が必要となります。しかし、海外事業の進め方を理解していないと合意を取り付けるのに多くの時間を要し、取り引きチャンスを逃してしまうこともありました。

独立会社にすることで、決定権を持つ人の数が減り、経営判断の迅速化が図れます。もちろん、海外販売を担ういうことは、マルニ木工の社運を左右するような重要な決定事項をともなうので、わが社の会長にはマルニ木工の常務取締役に就いてもらっています。

▲HIROSHIMAを500脚以上納入しているシドニーの大手法律事務所

海外と日本、ブランドとメーカーの違い

ーー海外販路を開拓するためにはブランディングと一緒に戦略を立てる必要があるということでしょうか。

はい。商社時代から海外の家具メーカーと取り引きしてきたなかで気づいたのは、欧米企業はつくり手として以上に、“ブランド”として捉えられているということです。

商社の人間は今でも海外の家具メーカーを“◯◯ブランド”、一方で日本のメーカーを“メーカー”と呼んでいます。この認識の差が、家具業界における海外の家具ブランドと日本の家具メーカーの立ち位置を表していると思います。

海外の家具ブランドに対して、商社側は“売らせてほしい”とお願いします。つくっている側が上、もしくはつくる側、売る側の間にはフィフティーフィフティーの関係が存在するのです。

ヨーロッパのつくり手はこうしたブランドとしての打ち出し方に長けています。ブランドとして価値を高めることで、自ずとそのブランドの持つプロダクトの価値が上がり、小売店に対して自分たちに有利な価格設定も可能になります。そうなれば、つくる側は労働対価、設備投資を増やすことができる。こうした増資はブランドが持続的に成長していくために重要なことです。

ーー確固たる地位を築いている海外の家具ブランドには、早くからブランディングのための人材がいるということでしょうか。

最初からブランディングという職種があったのか、もとは別の職種の社員が時代の流れのなかでブランディングというポジションに就いたのかは企業によって異なるでしょう。外部からブランディングのための人材を招くこともあると思います。

一例としてクヴァドラは10年ほど前に本国でブランディングの一端であるコミュニケーション・マーケティングを担う専門スタッフを採用して以来、企業の価値を伝えるためにライフスタイル表現を重視してきたそうです。加えて、外部のパブリックリレーションズ会社を起用することで、同社の認知度を向上させ、ひいては売上げが増加しているとCEOのアンダーズ・ビリエル氏から聞きました。

ーーつまり、これからでもブランドとしての価値を変えることができるということですね。

そうです。


▲2018年ミラノサローネ国際家具見本市より

いかにしてライフスタイルを提案していくか

ーーでは、新会社ではどのようにマルニ木工というブランドを表現していくのですか。

本社との協議のうえですが、私としては家具ブランドの枠を超えたライフタイルブランドとして表現したいという思いがあります。今では“家具”のブランドとして価値を認めてもらいつつあります。

ミラノサローネ国際家具見本市では展示場所によって格付けがあり、出展ホールでそのブランドの格がおおよそわかります。マルニ木工は2016年のミラノサローネから、最も力のあるブランドが揃うホール16&20に日本の家具メーカーとして初めてブースを設けることができ、ブランドとしてやっと認められたと少なからず自負しています。MARUNI COLLECTIONを始めて10年、ようやく家具のブランドとして世界的に認知度を高めることができたのです。

これからは次のフェーズに向かいたい。海外のブランドを見ると、自分たちのブランドがどのようなライフスタイルを提案できるか、すでに適切に表現するレベルに立っています。マルニ木工に関して言うと、マルニ木工の家具を暮らしに取り入れたとき、そこにどんな暮らしが待っているのか、今はそこまで提案できていません。この部分を突き詰めていく必要があると考えています。

同社のアートディレクターの深澤直人さんとデザイナーのジャスパー・モリソンさんの頭の中では、すでに像ができているのかもしれませんが、それを言語化し、可視化し、誰もが想像できる暮らしのシーンを描いていきたい。そのためには一番ブランドを理解していなくてはいけないのはマルニ木工、私たち自身です。


▲広島の工場に貼り出されたポスターの一例

働く人々の誇りを取り戻すために

ーー今ではブランド確立がなされ、アップルからも共感を得ています。どのようにしてアップル本社である「アップル・パーク」へ納入が決まったのですか。

これは私たちだけの力ではなく、アメリカにおけるわれわれのパートナーディーラー、建築事務所のフォスター・アンド・パートナーズ、そしてIDEOの頃からアップルとつながりがある深澤直人さんという4つのつながりが実を結んだと思っています。もちろん私も慎重に働きかけをしました。フォスター・アンド・パートナーズの方は「HIROSHIMA」シリーズを以前から高く評価してくださっていたこともあり、アップルの新しい社屋の設計者に決まったとディーラーを通して耳に入ったとき、私のほうから提案したくてロンドンに赴いたところ、快く会ってくれたんです。

▲工場ポスターは納入事例ごとに神田氏自らが作成する

ーーアップルが選んだマルニ木工の椅子という情報はデザイン業界だけでなく、世界中に流れましたね。マルニ木工のみなさんも喜ばれたのではないでしょうか。

はい。どこの誰が認めてくれたか、ということは大きな意味を持ちます。広島の工場で働く社員にとって大きな誇りとなっています。

2009年、私がマルニ木工に着任して最初に心に決めたことがあります。それは、ここで働いている人たちの誇りを取り戻さなくてはいけないということです。2008年のリーマンショック後ということもあり、当社も業績が振るわず、工場の社員の表情が曇っていることが着任したばかりの私にもわかりました。これではいけないと、私はすぐさま海外の案件が成立すると納入の様子を大きなポスターにして工場に貼り出すことにしたんです。

シドニーの大手法律事務所に500脚以上の「HIROSHIMA」を納入した際には、法律事務所に椅子が納められた様をポスターにして工場の人の目に触れる、至る所に貼りました。あるいは、海外出張から戻ると現地でどんな会話、商談がなされているのか、どんなリクエストがあるのかといった詳細な報告書をつくり、全社にメール配信してきました。そうすれば、誰もがいつでも読むことができる。

そうして私が海外で受け止めたマルニ木工に対する評価、あるいは感じた課題を、広島にいる社員みんなが同じように感じることができるように、目的意識を統一できるように努力してきたつもりです。やがて、工場の人、生産本部の人の目の色が変わってきたことが嬉しかった。

これまでは要望に対して、ともすれば非協力的に映った工場の人が、商品企画の段階や素材開発の段階で改良、改善につながる提案をしてくれるようになったんです。マルニ木工が海外市場にはばたき、評価を得ることができたのは、会社のすべての人が目的意識を共有し、自分たちの仕事に誇りを持つことができたからだと信じています。End

ーーデザイン誌「AXIS」197号(2019年2月号)掲載の「特別対談 ジョナサン・アイブ×深澤直人 世界を変えた工業デザイン」では、HIROSHIMAチェアがアップル・パークに選ばれた理由が語られています。