クックパッド出口貴也とTakram神原啓介が語る
「エンジニアがデザインするということ」

クックパッドといえば料理レシピのサービスでお馴染みだろう。サービスのスタートは1998年の3月とのことなので、2019年の今年で実に21年目を迎える。

そんなWebサービス業界では老舗とも言える同社が主催し、サービス開発の手法や考え方について知見や学びを共有する勉強会「Cookpad Product Kitchen」が2018年12月6日(木)に開催された。

イベントでは、クックパッドの新規サービス開発部 UXエンジニア 出口貴也氏とデザイン・イノベーション・ファーム Takramでリードデザインエンジニアを務める神原啓介氏とが登壇。約75名の参加者を相手に、出口氏と神原氏それぞれが「なぜデザインとエンジニアリングの融合に取り組もうと思ったのか? プロジェクトにとって、デザインとエンジニアリングを越境することはどのような効果を生むか?」などといったトピックについて、それぞれが実践的に取り組んでいるノウハウについてプレゼンテーションが行われた。

コードを書きながらデザインするということ

出口氏は、クックパッド入社後、料理コミュニティ「みんなのカフェ」や、社内情報共有のためのSaaS事業「Kibela」の立ち上げを担当。最近では、料理学習アプリなど複数のWebサービスやアプリケーションの立ち上げを歴任している。また、これらの立ち上げ初期では「1人で携わる事が多かった」そうだ。

「最初はRails(Webアプリケーションフレームワークの一つ)しか書かないエンジニアからスタート」したそうだが、その後は、フロントエンドの開発、モバイルアプリケーションの開発、そしてWebエンジニアの枠を超えて、プロダクトマネジメント、コミュニティマネジメント、カスタマーサポート、、、とジャンルを超えて仕事に取り組んだと語る。気づけばユーザーエクスペリエンス(UX)の領域に足を踏み入れるようになったそうだ。

そのような状況を通じ、仕事に向かうための姿勢として「プロダクトの成功確度を上げるためになんでもやる」というスタンスが確立していったそうだ。「エンジニアとしてもデザイナーとしても特徴がない器用貧乏」と自身を評価する出口氏は、「何をやればいいのかわからない状況にこそ、越境が効く」と言う。

とにかく何かしらの手段で具体化する

Wicked Problems(厄介な問題)という言葉がある。定義することが困難な問題を意味する言葉だ。出口氏は「例えば、クックパッドのミッションは”毎日の料理を楽しみにする” ことだが、実際に楽しみにする方法は不明。さらに、その方法があるのかさえ不明。これがまさにWicked Problems」と語る。そして、これはその問題に立ち向かおうとする者を「禅問答に陥れる特徴がある」と言う。

氏はイギリス支社に滞在していた際、創業者に「クックパッドのレシピを見ても料理って上達しないが、なんとか改善することはできないのか?」と問われたことがあったそうだ。この課題について、議論しながらロジカルに解決策を講じようと試みたところ、いつしか禅問答にハマり、何ひとつ答えが出なかったそうだ。

そんな中、この課題を解くカギが朧げに見えたのは「1日1プロトタイプ生活」を自らに課していた時だったそうだ。これは、午前中にアイデアを出し、とりあえずデザインを行う。昼過ぎに作るものを決めて実装。そして、なんとしてでも17時までにデプロイして退社するというものだ。

▲1日1プロトタイプ生活における1日の流れ

「プロトタイプの形はアプリとも限らない。スプレッドシートの時もあれば、コンセプトビデオ、寸劇の時もあった。こういった経験を通して、抽象と具体を行き来することが重要だと考えるようになった。そして、この繰り返しのスピードを上げることが重要なのだ」と。

実際にこれを行うには、デザインとエンジニアリングをどちらも行い、また、それらを必然的に交互に繰り返すことになるのだ。

UXエンジニアの役割

「UXエンジニアの役割とは何かと言われれば、抽象と具体を行き来しながら、プロダクトの輪郭を描くこと」

では、そのようなUXエンジニアのプロダクトチームにおける役割というのはどういったものなのだろうか。

出口氏は、UXエンジニアがプロジェクトに向き合う心持ちとして、「基本的に仕様はFixしないものとして考えることが重要だ」と言う。もちろんそれは、全ての仕様変更を受け入れるという意味合いではない。新しいサービスをゼロからつくりあげる状況で起こりがちな”Wicked Problems”に取り組むには、大前提として”曖昧さ”を受け入れる覚悟が必要という意味だろう。

続けて、「職種ごとに作業を分担する一般的なサービス開発のフローと、プロジェクトメンバーそれぞれが垂直統合的にサービス開発を行うフローの特性を理解することが重要だ」と語る。

▲一般的な水平統合的なサービス開発フロー

▲開発ラインを複数用意する垂直統合的なサービス開発フロー

前者と異なり、後者のような垂直統合的にサービス開発を行うフローを取り入れた開発プロセスでは、「UXエンジニアが企画・デザイン・開発を繰り返しながら進めることで、『閃き』を素早くプロダクトに反映していくことができる。ただ、トレードオフとして、スケジュール厳守は難しくなる」という。そこで実際には「前者、後者の両方を取り入れたハイブリッドなスタイルでの開発を試している」そうだ。

▲課題の種類に応じて両方の開発フローを取り入れたハイブリッド型のサービス開発フロー

氏はUXエンジニアの役割として、サービスの面だけでなく、チーム内のワークフローの構築を円滑に進めるための新しいツールの検証の重要性を挙げた。最近では、FigmaというコラボレーションデザインツールやHaikuというアニメーションデザインツールなどに注目しており、実際に試しているそうだ。

デザインとエンジニアリングのその先へ

後半はTakramの神原氏が登壇し、「越境を生む環境」というテーマでプレゼンテーションが行われた。氏は、大学院修了後、株式会社はてなでソフトウェアエンジニアを担当。その後、大学院で博士号を取得した後Takramに入社した経歴を持つ。

同社では、NTTドコモのdmenuのUIデザインや羽田空港のPOWER LOUNGEのクリエイティブディレクションなど幅広いプロジェクトを手がけている。

そんなTakramでは最近、「UXデザイナー、ビジネスデザイナー、デザインリサーチャーなどの新しい形のデザイナーが増えている」と語る。今までのような、デザインやエンジニアリングだけでは解決できない課題が増えてきているのだ。

このような状況を説明するためBTCモデルが紹介された。BはBusinessのB。TはTechnologyのT。CはCreativeのC。それぞれの頭文字を取ったものだ。神原氏曰く、「これまでのデザイナーはCの領域に属していたが、最近ではデザイナーはBとTの知識を身につける必要が出てきている。Takramのメンバーは、それぞれがBTCモデルにおいて、全てが交わる頂点を目指している」と説明。当然ながら、スタート地点はバックグラウンドや特性によって異なるため、「BTCの山を登るコースは人それぞれ異なる」らしい。

▲様々なコースでBTCの頂点を目指すTakramのメンバー(例)

また、このように多岐に渡るプロジェクトを複数抱えるメンバーの管理にはとても苦心していたようで、この問題に対してTakramでは 10,000ftというプロジェクトマネジメントツールを導入することで解消することが出来ているようだ。

越境するということ

続いて神原氏は、越境という行為について「越境というと大きなジャンプをするイメージがあると思うが、実際は小さなジャンプを繰り返すことが多い。気づいたら大きなジャンプになっている」と説明する。

「越境は起きないことのほうが普通。なぜなら越境は自然発生的には起きにくいから。実際には、心理的、組織的、時間的などさまざまな制約がある」と語り、Takramではこの”越境のハードル”を下げるために、3 MEMBERS、3 PROJECTS、3 METERSという3つの仕掛けを設けているそうだ。

▲3 MEMBERS:あるプロジェクトにおいて、その分野に詳しい2人と詳しくない1人を加え、強制的に越境を促す仕掛け。それにより、スキルと新しい視点を享受し合うことができる。

▲3 PROJECTS:一つのプロジェクトは長期間に及ぶため、不得意領域プロジェクトだけだと精神的に負荷が高くなるため、それを和らげるための仕掛け。得意領域のプロジェクトを同時並行させる。

▲3 METERS:プロジェクトメンバーが、近くにいるという意味。異分野の人が近くにいるほど伝達が速く、濃くなる。越境することで異分野に対する解像度を高める仕掛け。

例えば、神原氏が紙媒体のデザインに精通したグラフィックデザイナーと同じチームでプロジェクトに取り組んでいた時のこと、そのメンバーがμm単位で文字詰めの作業に時間を掛けていたことがあったそうだ。その光景を見た時氏は、「驚きと同時に感心した」そうだが、プロジェクトの中で、このような「発見」とも「学び」とも呼べる状況を生む機会を戦略的に増やしているのだ。こうすることで、B、T、Cそれぞれをバックグランドに持つ人の視点を身につけていくことに繋がる。越境をする上で重要なのは、個々の価値観を共有することなのだろう。

テクノロジーやAIなど、ビジネス要件の範囲が広がっている今、デザイナーたちが向かい合う課題の難易度は増してきている。今後もこの傾向は続くはずだ。

そして、この流れの中で今までとは異なるバックグラウンドを持つ”新しいタイプのデザイナー”たちが登場し始めているのは、これからの時代におけるデザイナーの理想像を示しているとも言えるのだ。End