暮らしのなかの「光」を問い直す、
デザイナー田村奈穂 × アンビエンテックがミラノで見せた
ふたつの照明の魅力

▲スパツィオ・ロッサーナ・オルランディでアンビエンテックが行った「ターン」と「セージ」のエキシビションは「festive glow」と名づけられた。イーゼルを用いた展示空間も田村奈緒によるデザイン。

日本の照明ブランド「アンビエンテック」は、2019年4月のミラノ・デザインウィークにおいて新作展を行った。デザイナーの田村奈穂が手がけた「ターン」と「セージ」は、ともにダイニング向けのポータブルなコードレス照明だが、それぞれ異なる背景から生まれている。

業務用精密機器のパーツ美、金属の造形に生かす

4月恒例のミラノ・デザインウィークの会期中、市内で開催される無数のイベントのなかで、必ず話題になるのがスパツィオ・ロッサーナ・オルランディだ。ギャラリーやカフェを併設する、この高感度な複合スペースで展示ができるのは、コンテンポラリーデザイン界の目利きであるオルランディ女史が認めたブランドやデザイナーに限られる。アンビエンテックは15年にこの場所に初出展を果たし、今年が3回目の出展となった。

アンビエンテックは09年に創業し、独自の充電式LEDモジュールを強みとするコードレス照明をプロデュースしてきた。その技術力は、業務用の水中撮影機材などの製造を通して培われたものだ。今年、彼らが新たに起用したのは、ニューヨーク在住の田村奈穂である。彼女は、ミラノサローネの一環で開催されるサローネサテリテで10年に最優秀賞を受賞し、その後も国際的に活躍を続けている。

▲デザイナーの田村奈穂(右)と、「ターン」を手にしたロッサーナ・オルランディ(左)。スパツィオ・ロッサーナ・オルランディでのアンビエンテックの出展は3回目で、すでに信頼関係ができ上がっている。

今回発表された「ターン」と「セージ」は、いずれもテーブルの上で用いるポータブルな照明器具だ。ターンの発想の起点は、田村とアンビエンテックの最初のミーティングにあったという。「参考に持ってきてくれたダイビング用の照明機材を見て、パーツがすごくきれいだと思いました。防水性などの機能を高めることに特化した形ですが、それは彼らの得意とするところ。その魅力を隠さずに見せるデザインを考えたのです」と田村は話す。

時間とともに愛着を増すデザイン

食器の間にあって邪魔にならない大きさと、手元や料理を照らすのにちょうどいい高さ。ターンの簡潔な姿は、光を発する道具に徹することで生まれたものだ。「金属の塊を機械で削り出した、そのままの形を生かしています。樹脂成形などではできない、削り出しの曲線の美しさやエッジのシャープさを大切にしました。手で持つ部分のテクスチャーも金属ならでは。すべて素材から発想したフォルムです」と田村。ターンというネーミングも、金属を回転させて削り出す様子から導かれた。

▲アンビエンテックが培ってきた精度の高いものづくりを踏まえ、金属を切削加工した「ターン」。シェードの上面に触れるとオンオフや4段階の明るさの調整ができ、明るさに合わせて光の色温度も適切に変化する。

材質はステンレス、真鍮、アルミニウムの3種類で、金属の比重に応じて製品の重量も異なる。ステンレスには透明感のある輝きが、真鍮には品格や温かみが、そしてアルマイト加工したアルミニウムには独特のスタイリッシュさが備わっている。読書や仕事に適した明るさから、ロウソクと同程度の明るさまで、シェード上部のタッチセンサーにより4段階の調光が可能だ。「いちばん暗いモードからスイッチをオフにすると、食事の後にロウソクを吹き消すときと同じように、スッと暗くなるのが気に入っています。機械らしいデザインですが、そこだけはエモーショナルな感じがします」。

アンビエンテックは、寿命の短い安価な製品とは異なり、長く使うことで愛着が深まるデザインを一貫して考えてきた。ターンの無垢な佇まいは、人間が本能的に感じる美しさのひとつの典型を思わせる。

暮らしのなかでの光の役割を改めて意識するために

ターンとは対照的に、セージはアンビエンテックにとって新しいチャレンジと位置づけられる。同社がスタートしたプログレッシブ・コレクションの第1弾であり、製品開発についても、また市場での存在意義についても、従来にない試みとなった。この製品を、田村はこう説明する。「ひとりで食事するのと、家族や友だちが大勢集まるのとでは、ダイニングのムードや気分が全く違います。例えばスパツィオ・ロッサーナ・オルランディのカフェは緑が多く、人でにぎわっている。そんな変化を光で表現したいと思いました」。

▲「セージ」は1対のシェードの角度をそれぞれ簡単に変更でき、下を照らしたり、壁面に向けたり、読書灯にしたりと、さまざまな使い方が想定される。複数のセージを組み合わせると、いっそう多様な表現が可能。

双葉を連想させる有機的な形は、たくさん並べるといっそう植物のように見え、多彩な表情を持ちはじめる。シェードは一定の角度内で回転するので、光に変化を与えることもできる。「LEDの基盤は、以前から葉脈のようだと思っていました。植物の葉が太陽の方向によって向きを変えるのも、セージのシェードの向きが変わるのに似ています」。

セージと同等の明るさを実現するには、本来LED8個で十分だという。しかし基盤を薄くして葉脈のイメージに近づけるために、232個の細かいLEDを敷き詰めた。この製品には使う人への問いかけが含まれていると、田村は話す。「そのままひとつ置いて使うか、壁に当てて間接照明にするか、いくつか並べて遊ぶか。その体験は、光をもっと意識するきっかけになるでしょう」。

▲デザインウィーク会期中、ミラノ市内のISSEY MIYAKE / MILANでは、田村奈穂がデザインしたイッセイ ミヤケ ウォッチの新作「1/6」(6月発売)とともに、アンビエンテックの「セージ」がディスプレイされた。

今回の展示構成も田村によるもので、木製のイーゼルを使い、自然の持ち味と製品の緻密さを表現。アーティスティックなデザインが多く並ぶスパツィオ・ロッサーナ・オルランディの空気感にフィットさせながら、製品の完成度を伝えようという意図を込めた。その場のコンテクストを読み取ったうえで、デザインのコンセプトからディテールまでを整然と形づくるところに、田村の創造性の確かさが垣間見える。アンビエンテックと彼女の息の合ったコンビネーションは、身近な照明の可能性がデザインによってさらに拓かれることを、実に的確に発信していた。(Photos by Giuseppe De Francesco)End

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※この記事はデザイン誌「AXIS」200号に掲載された、株式会社アンビエンテックとAXISの企画記事の転載です。