nendo佐藤オオキが日本のデザインにみる「隠す」ことの価値とは?

nendo(ネンド)の佐藤オオキは、日本の伝統的なものづくりから現在のデザインへと継承された価値観として、海外のクリエイションとは対照的な「隠すこと」を挙げる。そして、多様性を受け入れざるを得ない日本の現状は、その蓄積を前向きに応用するための好機だと考える。




隠すこと。それが日本のデザインの特徴であり、さまざまな文化やものづくりに通底するテーマであると、ネンドの佐藤オオキは指摘する。例えば歴史を遡ると、江戸時代初期の芸術家にして陶芸家、本阿弥光悦に「熟柿」(じゅくし)という茶碗がある。今年ネンドが手がけた、サントリー美術館の「information or inspiration? 左脳と右脳で楽しむ日本の美」展で、佐藤が展示作品として選んだもののひとつだ。

「この茶碗の大きな特徴が、熟柿という名前の由来にもなった高台付近の造形です。海外で見るプロダクトは基本的に、見えるところはしっかりつくり込んでも、そうでないところにはあまりこだわらない。しかし熟柿の高台は、器をひっくり返さないと見えません。つまり、ものの魅力が、あるフィルターの向こうにあるのです」。




▲赤楽茶碗 銘「熟柿」 本阿弥光悦 江戸時代前期 17世紀前半 サントリー美術館蔵 Photo by 岩崎寛

日本のものづくりの特徴として、間、余白、見立てなどがしばしば指摘されるが、そこにも共通して「隠す」という要素があるのではないかと佐藤は述べる。

「日本らしいとされるミニマルな表現も、マイナスよりは圧縮の結果だと思います。江戸時代の尾形乾山による作品には、特にそれを感じますね。例えば周囲に春夏秋冬が描かれた茶碗は、季節に合わせてその面を客人に向けて差し出します。四季を1個の器に凝縮して、ひとつの季節だけを見せ、他の季節は隠すようにデザインされているのです」。

こうした手法を、現代の技術と組み合わせて成功した例として、佐藤は「ポケモンGO」を挙げる。

「リアルな空間にいろんなモンスターが隠れていて、それをスマホを使ってあぶり出していく。最初からモンスターが見えていたらイベント性はなく、あの面白さは生まれません。そこに、誰もいなかった公園に人が集まったりと、都市空間を変化させるほどの力があったわけです」。

▲東京・お台場海浜公園で、ポケモンGOに興じる人々。©宇田川俊之/Toshiyuki Udagawa




ユーザーの目線で考察する、わかりやすさのさじ加減

2002年にネンドを設立し、当初から国際的な展示会に出展してきた佐藤は、そんな日本の「隠す」美学が海外では通用しないことを身をもって経験してきた。海外のデザインは、コミュニケーションを重視して、アイデアをわかりやすく伝えるのが前提になっているという。

「つまり日本のものづくりとは対極です。日本では一を言って十を知るのが美徳とされていますが、一を言っても0.5しか伝わらない状態があります」。

彼らが初めてミラノで展示を行ったとき、ある程度の評価は得たものの、デザインに込めた意図があまりに伝わっていないことに衝撃を受けたそうだ。そこで2年目は、展示した作品を来場者がじっくりと見て、能動的にデザインを読み解くように、展示構成を工夫した。

「そのときは、あえて小さい作品を出展して、展示スタンドに人垣ができるようにしました。離れていても全貌がわかる展示より、人だかりで作品が見えにくい展示のほうが、誰もが見ようという気持ちになります。今にして思えば、隠すことの意義に気づいていたのかもしれません(笑)」。


▲ネンドが、建築、インテリア、サインまで総合してデザインしたKASHIYAMA DAIKANYAMA。小さな箱を重ね合わせたような建物の内部には変化に富んだ空間が広がっている。 Photo by Takumi Ota (Top), Sayuki Inoue

現在のネンドは、国内にも国外にも多くのクライアントがあり、仕事の幅もきわめて広い。「隠す」「隠さない」のさじ加減は、プロジェクトによって大きく異なる。佐藤の視点から、日本企業が海外市場を目指して発表した商品を見ると、そこでつまずいている事例が少なくないという。

「ある商品が海外で受け入れられないとき、価格の高さや規制の違いなど、いろいろな要素が考えられます。しかしデザインのわかりにくさに原因がある場合も多いでしょうね。日本のデザイン教育が、つくり手の都合に寄っているのが問題だと思います。ユーザーの目線から考えて、タッチポイントを丁寧に見つめることが重要です」。

▲佐藤オオキ(さとう・おおき)/デザインオフィス「ネンド」代表。2002年早稲田大学大学院建築学専攻修了。12年「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」をはじめとする、世界的なデザイン賞を数多く受賞。代表的な作品は、MoMA(米)など世界中の美術館に収蔵されている。近年では、24年稼働予定のフランスの高速鉄道TGV新型車両の内外装デザインを手がけるほか、「ネンドノオンド」(日経BP)を今年4月に刊行。©井上佐由紀/Sayuki Inoue




立体的なマニュアルとしてのデザインを考える

ただし難しいのは、従来以上に幅広いユーザーを対象にするケースが増えていることだと、佐藤は話す。彼らが現在取り組む日本航空のプロジェクトでは、利用者の年齢層が幅広いうえに、住んでいる国もさまざまだ。そのぶんデザインの精度を上げにくくなる。また、進行中のコンビニエンスストアの仕事では、外国人の店員にとっても支障がないように多くの工夫が求められる。購買者の嗜好も多様で、さらに海外からの旅行者や移民の増加といった変化も見込まれる。

「サバの缶詰のパッケージなら、どんなサバの写真が好感をもって受け取られるかは、国によってかなり異なります。それをシンプルなイラストにすると、好き嫌いなく認識できるようになる。しかし、この手法がすべてのケースに当てはまるわけではありません。アイテムごとに柔軟に考えて対応するのが、結局はいちばんうまくいく。立体感のあるマニュアルを構築するということです」。

▲持つと違いがわかるボールペンbLen。重心が低く、紙に沿うようなブレない線を描くことができる。©藤井 真/Makoto Fujii

佐藤が指摘する「隠す」という行為の価値が根づいてきた背景には、世界のなかで稀なほど均質な日本の社会があると考えられる。その均質性がついに変化しつつある現在は、この国のデザインが過去の蓄積を前向きに応用する転機になり得る。佐藤が語るような「立体感のあるマニュアル」は、そのためのひとつの方法論と位置づけられる。このアプローチは、海外と日本のデザインのギャップを超えるためにも役立つことだろう。End




本記事はデザイン誌「AXIS」200号「Japan & Design 世界に映る『日本のデザイン』の今」(2019年8月号)からの転載です。