第4回 トミトアーキテクチャ

町の物語へと続く道

文・詩/大崎清夏 写真/金川晋吾

詩人・大崎清夏が建築家の手がけた空間をその案内で訪ね、建築家との対話を通して空間に込められた想いを聞き取り、一篇の詩とエッセイを紡ぐシリーズ。

第4回はトミトアーキテクチャの冨永美保さん、伊藤孝仁さんと宿・キオスク・出版社の機能を併せ持つ「真鶴出版2号店」(神奈川・真鶴)を訪ねます。大崎さんの心に浮かぶ、この空間に投影された記憶とは?

tomito architecture(トミトアーキテクチャ)

冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。主な仕事に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した〈CASACO〉、真鶴半島の地形の中に建つ住宅を宿+キオスク+出版社へと改修した〈真鶴出版2号店〉ほか。受賞・実績として2018年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展、SD Review 2017入選、第1回LOCAL REPUBLIC AWARD優秀賞など。

真鶴駅を出ると、道は半島の先へ向かってゆるゆると下っていきます。坂道は地形に沿って曲がりくねり、その坂道に沿って建つ家並みもやはり自然に歪められた敷地に素直に沿って建ち、赤や青のかわいらしい屋根屋根は、日光を求めてさまざまな角度に拡がる木の葉のようにあちらやこちらを向いています。

坂の下には港があって、干物屋と、スーパーと、昔ながらの一杯飲み屋を兼ねた酒屋があって。崖の上には神社があって、ときどき猫がいて。お肉屋さんの店先では、お店の人と買い物客がのんびりお喋りしていて。

真鶴の地図を描くのは、きっとかなり楽しい作業だと思います。道と、家と、店と。猫と、犬と、ひとと、海と。それらを1枚の紙に描きこめば、街の生態系が、生活の質感が、地図上に見えてくるからです。真鶴出版2号店の設計図はそんなふうに、子どもの頃に色鉛筆でわくわくしながら描いた地図のように、描かれました。白黒の図面ではなく、ちゃんと色を使って。

ゲストハウスと出版社を組み合わせて営む真鶴出版は、自身も東京からの移住者である川口 瞬さんと來住(きし)友美さん夫妻が手がけ、真鶴の内と外の人が行き交う玄関口のような場所としてその1号店を開きました。所在地を記号だけで示す控えめなブリキの看板の先には、家と家の間を細く抜けてゆく背戸道。道の右にそびえる立派な石垣に見とれながら――1号店は石垣の上にあったそうです――おばあちゃんの家を訪ねるような気持ちで歩いていくと、道の左側、よく育った緑の奥の低みから、2号店の広々とした窓がこちらを伺っていました。

この道が次々に細かく繰り出す、飛びだす絵本のような風景のリズム。設計を手がけたトミトアーキテクチャの冨永美保さんと伊藤孝仁さんは、そのリズムを空間に引き入れて増幅させるように、建物の構造そのものに小さな場をいくつも連ねていきました。もともと店舗兼民家だった物件は、増築を経た2階建て。この増築がもたらした床面のずれも、柱と柱のありえないような近さも、ブロック塀さえリズムの一部になりました。

何をどこまで残し、活かすのか。残されたものを見れば、それらはずっと前からそこにあったように澄ましているけれど、もっとダイナミックにすべてをつくりかえる案だってあったそうです。1号店での3年間に宿泊客と幾度となく町歩きを重ねた來住さんが真鶴ならではの居心地のよさを語るとき、それはまるで真鶴という町そのものが人格化して話しているようだったと冨永さんは言います。建築家にとっては地味すぎるかもしれない作業にトミトのふたりはじっくりじっくり時間をかけて、真鶴が語る真鶴の居心地の良さを追求していったのでした。

キオスクと呼ばれる、エントランスに面した明るい販売コーナーの奥には、最寄りの郵便局の建て替えを機に採集した机や棚が並ぶ出版オフィス。キオスクから背戸道を覗く広い窓も、もとは郵便局のものでした。時おり犬が道を行くと、みんなの視線が一気に窓に集まります。東西からの採光と、砂を塗りこんだ壁の仄白い色が陽射しの移り変わりを捉え、トミトのふたりが「弱いハイライト」と呼ぶ出来事としての風景が、ひとつ、またひとつ、浮かびあがります。

この真鶴出版への宿泊をきっかけに、すでに10組・30人以上が真鶴町への移住を決めたといいます。私は正直思いました。この町の何がそんなに人を惹きつけるんだろう? でもそのあとすぐ、來住さんのご好意で小一時間の町歩きに連れ出してもらい、あちらこちらの美しい背戸道や、ご近所ネットワークを駆使して集められた空き物件情報や、1993年に制定された条例のひとつ「美の基準」を満たした公共施設「コミュニティ真鶴」や、猫や、商店街を見て歩いているうちに、すっかり真鶴に愛着が湧いている自分に気づきました。

実は私もこの取材の前に2度、この町を訪れたことがありました。1度目は川上弘美さんの小説「真鶴」を読んだのがきっかけで、女友達ふたりと小旅行に。2度目は2017年、アートイベント「真鶴まちなーれ」の一環で、詩の朗読をしに(その朗読の場は、他ならぬコミュニティ真鶴でした)。

町に導かれる縁というものがもし本当にあるなら、それは具体的にはどんな出来事を指して言うのか。その答えを、私はこの3度目の真鶴訪問で初めてちゃんと教わったような気がしました。3万年前の箱根山の噴火がかたどった岩の地形と、その地熱の上に繁る自然の生命力と、その生命力に包まれてある人々の暮らし。そのすべてに比べれば短い時間かもしれなくても、トミトのふたりがこの土地と深く関わり、ちょうど取材の日、大工さんも呼んで地魚の舟盛りを囲んで、真鶴出版2号店の1周年を祝うパーティーが開かれたこと。町の物語の太い一貫性を感じた私自身の全身の安らぎに、どんな売り文句よりも強い説得力がありました。


Photos by Shingo Kanagawa

真鶴出版2号店

住所 神奈川県足柄下郡真鶴町岩240-2
ウェブサイト http://manapub.com/

大崎清夏(おおさき・さやか)

1982年神奈川県生まれ。詩人。詩集「指差すことができない」が第19回中原中也賞受賞。近著に詩集「新しい住みか」(青土社)、絵本「うみの いいもの たからもの」(山口マオ・絵/福音館書店)など。ダンサーや音楽家、美術家やバーのママなど、他ジャンルのアーティストとの協働作品を多く手がける。19年、第50回ロッテルダム国際詩祭に招聘。https://osakisayaka.com/