国際的に躍進するデザインエンジニアリングスタジオTangent
Lexus Design Awardがキャリアのきっかけに

▲吉本英樹(よしもと・ひでき)/デザインエンジニア。1985年、和歌山県生まれ。2004年智辯学園和歌山高校卒、08年東京大学工学部航空宇宙工学科卒、10年同大学院修士課程修了、15年英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程修了。デザイン工学博士。同年タンジェント設立。
Photo: Toshiyuki Udagawa

Lexus Design Award 2013の受賞者である吉本英樹さん。受賞当時、英国RCAに留学中だった吉本さんは卒業後、ロンドンを拠点にデザインエンジニアリングスタジオTangentを設立。エンジニアリングとデザインの融合を強みとするスタジオとして、国際的にさまざまなプロジェクトを手がけている。「キャリアのきっかけを与えてくれたのがLexus Design Award」と話す吉本さんに、同アワードの特徴やプロセスについて聞いた。


Lexus Design Awardへの応募

――東京大学工学部航空宇宙工学科から、Royal College of Art(RCA)のInnovation Design Engineeringに進学しました。工学科からアートスクールへの転身という、ユニークなキャリアです。

専門を大きく変えたように思われるかもしれませんが、個人的にはそうでもないんです。もともと飛行機のパイロットになって空を飛び回りたいという夢があって。東大では航空機やロケット、人工衛星などのシステム設計を学びましたが、機械としての飛行機に向き合うよりは、飛行機が人々にどんな夢を与えられるのか、ということを考えるほうが性に合っていたんです。

▲Photo: Toshiyuki Udagawa

例えば大学では、ラジコンの光る飛行船「Beatfly」をつくりました。音楽や色々な機器に合わせて、地上から光や動きを操作できるもので、エンターテインメントや音楽等のパフォーマンスのための航空機というコンセプトを提案したんです。その経験がとても面白くて、「対象を航空機に限定する必要はないな」と思いました。

エンジニアリングやコンピュータサイエンスのスキルを使って、人々に夢を与えるようなアプリケーションをつくることに、興味の対象が移っていきました。

――そこからRCAに進んだ理由は。

工学部を卒業後、就職ではなくもう少し研究をしたいと考えて、選んだのが海外大学院への進学でした。いくつか候補があったなかで、RCAのInnovation Design Engineering(IDE)は、アートスクールでテクニカルなスキルを使うというコース。自分自身の幅を広げるために、アートスクールに行ってみようと思ったんです。

当初は、エンジニアリングの考え方と、デザインの考え方の違いを実感して試行錯誤した期間もありましたが、1年目のときにつくった照明作品「Yuen」が、Red Dot Design Awardのデザインコンセプト部門で最優秀賞を受賞しました。

――Red Dot Design Award受賞後、Lexus Design Awardに応募しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

受賞作「Yuen」は、花のような形をしたライトが、ゆっくりと首を動かしながら、常に暗い方向を探して照らすというもの。バネと形状記憶合金のワイヤーを組み合わせることで有機的な動きをつくり、人間が花のあいだを歩いて影ができると、花たちが一斉にそちらを向き、その動きが連鎖していきます。人間もライトも対等な立場で、光と影というひとつの系をシェアし、つながっているということをこの作品で表現したかった。終わりも始まりもなく、すべてがつながって輪廻しているという思想にも近いかもしれません。その後もRCAでは動きをテーマに取り組んでいきました。

▲「INAHO」(2013年)。Lexus Design Award受賞後、Tangentにより商品化され、LEXUSが提案するライフスタイルコレクション“Crafted for Lexus”のひとつにもラインナップされている。

アワード参加を通じた貴重な体験

――Lexus Design Awardの特徴のひとつが、プロトタイプ制作におけるメンターとのセッションです。Tangentを担当したのが、デザイナーのサム・ヘクトさんでした。

当時僕は学生で、プロのデザイナーと接する機会もほとんどなかったので、とても刺激的な時間でした。サムさんは大御所であるにもかかわらず、僕らと対等に話してくれて、さまざまな意見や助言をもらうことができました。

――具体的には、どんなことを話し合ったのでしょう。

サムさんから、「INAHOを美しいオブジェとして完成させるのか、遊園地の乗り物のように体験として訴求するのか、どちらかを選んだほうがいい」と言われたんです。でも僕たちは割り切れなくて、オブジェとしても美しく、体験としても魅力的なものを目指したかった。締め切りが間近に迫っていたのですが、急いで材料を買い集めていくつかのプロトタイプをつくってサムさんに見せて説得し、なんとか納得してもらうことができました。

▲Photo: Toshiyuki Udagawa

セッションを通じてサムさんが駆り立ててくれたからこそ、僕らのアイデアの幅も広がった。本当に時間がないなか、プレッシャーも感じながらプロトタイプをつくりましたが、それで新たにわかったこともあったので、本当に有意義なメンタリングでした。

(注)現在作品募集中のLEXUS DESIGN AWARD 2020は、ファイナリスト6組に対し、分野の異なる4人のプロフェッショナルがメンタリングを行う形式。メンタリングの初回は、ニューヨークで一堂に会しワークショップが開催される。

――作品は見事受賞し、2013年4月にはミラノデザインウィークのLEXUSブースで展示されました。

ロンドンに留学してから、ミラノデザインウィークは個人的に毎年見に行っていたので、トップクオリティのデザインが集まる大舞台で作品を発表できたことは本当に嬉しかったです。

でもどちらかというと、それをエンジョイする側というよりは、出展する側として設営から撤収まで立ち会って、大舞台の裏側をすべて見せてもらえたことがとても勉強になりました。そこでの出会いや体験は、今も役立っています。

個展では一般初披露のアートワークも

――今年9月のロンドンデザインフェスティバルでは、LEXUSがスポンサーするTangentの初個展が行われます。

Tangentは2015年に会社となり、ロンドンを拠点に、大きく2つの取り組みを柱としています。ひとつは、INAHOをはじめとするTangentブランドのプロダクトの製造と販売。もうひとつはコミッションワークとして、企業の展示会におけるインスタレーションや、ショーウインドウなど、コミュニケーションのためのデザインと制作を手がけています。

9月の個展では、Tangentのプロダクトをすべてお見せします。またコミッションワークについては、エルメスのために制作したアートワークを展示します。今年、僕らはエルメスに抜擢されて、高級時計の国際見本市SIHH(ジュネーブサロン)でのブースのインスタレーションとショーウィンドウをすべてデザインしました。インスタレーションとしては、直径3.5mの地球をテーマにしたスカルプチャー「Here」を制作しました。

エルメスの新作腕時計のテーマが「Double Moon(2つの月)」だったので、奈良時代に唐の国で客死した阿倍仲麻呂の詩歌を引き合いに、地球上で生きる人類が月を見上げながら、それぞれの想いを馳せるというコンセプトを表現しました。今回の個展が、一般の方への初披露となります。

▲SIHHにおけるエルメスのブース。アートワーク「Here」には、太陽電池パネルの素材を再利用したピース約2万個が使用されている。
Photo by Marie-France Millasson

――今後の展望を教えてください。

Tangentの強みはエンジニアリングをクリエイティブにアプライ(応用)していくこと。けれどテクノロジーが表に出すぎると、刺激の強い表現になってしまうことが往々にしてあります。僕らが目指したい方向は、人々の生活や時間に対してテクノロジーを突き刺すのではなく、寄り添わせるというスタイル。

Tangentという言葉には、「接線」という意味があるんです。クラフトにほんの少しテクノロジーが触れているくらいのバランス感覚をもって、さまざまなことに取り組んでいきたいです。

可能性と継続的な支援を与えてくれるアワード

▲Photo: Toshiyuki Udagawa

――大躍進のTangentですが、改めてLexus Design Awardは、吉本さんにとってどんなデザインアワードだったと思いますか。

プロのデザイナーによるメンタリングや、ミラノデザインウィークでの展示の機会を含め、とにかく「チャンス」を与えてくれる、ということです。たった1枚のスケッチにすぎなかったアイデアを、実際につくらせてくれて、それを大きな舞台で発表させてくれて、さらにレクサスという国際的なブランドの後ろ盾を与えてくれる。

これからインターナショナルに活動したいと思っている新人デザイナーにとっては、ある意味、賞金や表彰状よりも大切な、その後のキャリアに対する大きな可能性を与えてくれるアワードだと思います。

――最後に、これからLexus Design Awardに応募する人にメッセージをお願いします。

当然のことですが、受賞したその日からデザイナーとして大成功するわけでありません。けれど着実に、ミラノデザインウィークでの展示が、また違う国での展示につながり、新しい企業との出会いにつながって、プロとしての実績が積み上がっていきます。そして受賞から6年経った今、初めての個展にレクサスがスポンサーしてくれたり、名だたるラグジュアリーブランドと仕事ができるようになりました。

そのきっかけとなったのは、やはりLexus Design Awardの受賞なんです。Lexus Design Awardを受賞したら、そういったチャンスが待っているかもしれない。特に、インターナショナルに活動したい人は、応募してみるのがよいと思います。End


LEXUS DESIGN AWARDについて

LEXUS DESIGN AWARDは、革新的なデザインを生み出す気鋭のクリエイターの育成と支援を目的に2013年に創設された。全応募作品のうち入賞6作品のクリエイターは、世界で活躍する著名なメンターの直接指導を受けながら、最大300万円の制作費をもとに2020年1月〜3月にかけてプロトタイプを制作。

さらにミラノデザインウィーク2020に招待され、自身の作品を展示・世界に向けて発表する機会が与えられる。このメンターシップと世界の舞台へのデビューこそ、賞金には替えられないLEXUS DESIGN AWARDの最大の特長となっている。

「LEXUS DESIGN AWARD 2020」の応募作品テーマは「Design for a Better Tomorrow」。

レクサスが重視する3つの基本原則「Anticipate(予見する)」「Innovate(革新をもたらす)」「Captivate(魅了する)」をいかに具現化しているかという点を審査基準として評価。社会や個人のニーズを「予見」し、「革新的」なソリューションで、観衆や審査員の心を「魅了」するアイデアの提案が求められる。

LEXUS DESIGN AWARD 2020

応募締切
2019年10月14日(月・祝日)まで
応募方法
LEXUS DESIGN AWARD 公式ページにて