音をデザインするアーティスト、スズキユウリ。
日本人初のペンタグラムパートナーになった理由(後編)

ロンドンを拠点とする日本人アーティスト、スズキユウリインタビュー後編。世界各地にオフィスを構えるデザイン事務所ペンタグラムのパートナーになった経緯やロンドン・デザイン・フェスティバルなどの作品とあわせ、彼のポリティカルな一面もお届けする。

ペンタグラムのパートナー就任秘話

昨年末、ユウリさんがペンタグラムのロンドン支社に就任したときは驚きましたが、この経緯を教えてください。

ペンタグラムは、ロンドン、ニューヨーク、ベルリン、オースティンの世界4都市にオフィスを構えるデザイン会社ですが、パートナーシステムという形態をとっています。これは、大手のローファームが採用している仕組みで、デザイン会社ではひじょうに稀。現在、ペンタグラムでは僕を含めて23人のパートナーがいますが、ひとり一人が社長のような存在で皆同等の権限を持っています。

僕は、ロンドンのパートナーのひとりであるダニエル・ヴェイルから、パートナーの打診を受けました。ダニエルは、僕の活動に自らの若き日を重ねてくれたようで、いつも気にかけてくれていました。僕も、信頼できるメンターとして相談にのってもらう間柄だったのです。スワロフスキー・デザイナーズ・オブ・ザ・フューチャーを受賞した頃です。しかし、そこからのプロセスがひじょうに長かった(笑)。何せ、各国に散らばるパートナー全員とひとりずつ面談し、人格まで判断基準になるのですから。そして、年に2回開かれるパートナーミーティングで、全員から承認を得て最終決議にいたる。最初の打診から就任まで、ゆうに2年以上が経っていました。


▲元チーズ工場を改築したペンタグラムのロンドンオフィス。室内には、有名企業のロゴデザインが飾られている。

ペンタグラムというと、昨年、ニューヨークオフィスの重鎮、マイケル・ベイルート氏をAXISでインタビューしましたが、彼との面談では何を聞かれましたか。

彼とはカンフェレンス会場でよく会うような、周知の仲だったのですが、「アーティストとして充分、成功しているのになぜペンタグラムに入るの?」と尋ねられました。ただ、10年もひとりで活動してきて、そろそろ苦労を分かち合える同僚がほしいと思ったのと、年々、仕事の規模が大きくなり、マネージメントのサポートをしてくれる人が必要となったというのが本音です。また、僕がアーティストとしてどこかに起用される場合、ペンタグラムがエージェンシーの役割を果たしてくれるので、依頼内容に専念できるようになったと思っています。

ペンタグラムというと、グラフィックデザインやタイポグラフィーが得意な大手のデザイン会社という印象があります。ユウリさんの起用は、やはり広告や紙媒体の未来を見越して、新たな分野を開拓したいという意図があるのでしょうか。

正直なところ、未だに僕のやっていることを理解しているパートナーは少ないと思いますよ(笑)。ただ、音とエクスペリエンスという僕のスキルは、クライアントの名前は伏せますが、大手レジャー系企業とのプロジェクトで、発揮されている最中と言っておきます。

▲左から、ペンタグラム・パートナーのMichael Bierut、Danile Weil、Matassa Jen

リベラルな思想とこれからの活動

毎年、南アフリカ・ケープタウンで開かれるカンファレンス「デザインインダバ」の今年のステージで、ユウリさんがブレグジット反対を掲げ、「Acid Brexit」というヴァイナル・レコードを発表したのが、ひじょうに印象的でした。

誰ひとり壇上で、この話題に触れる人がいないのは、ひじょうに残念でしたね。多くのデザイナーは、政権に仕事が左右されることを恐れ、自分の政治的立場を公言できないのでしょうが、もし、英国が欧州から離脱したら、その影響を受けるのは、若い世代であることは確かです。僕自身はこの国では外国人で、選挙権すらありませんが、英国の文化が大好きで、若い頃、その恩恵をフルに受けて、今もここに住んでいる。それがこの一連の欧州離脱騒動で脅かされているのが、たまらない気持ちです。

▲南アフリカで開かれるデザイン・インダバでの講演より

昨年のデザインインダバでは、ニューヨーク支社パートナーのナターシャ・ジェンさんが、「デザインシンキングなんて糞食らえ」という衝撃的な講演をして、彼女のインタビューも掲載しました。その際、ペンタグラムは個人の思想に寛容な会社だと感じたのです。

ペンタグラムの社風には、リベラルの精神が貫かれています。今回の、僕の「Acid Brexit」には過激な曲名もあって、社内にも相談しましたが、皆、僕の考えを尊重してくれました。これは、本当に有り難かったです。


▲Acid Brexit

最後になりますが、今秋以降の活動を教えてください。

ロンドン・デザイン・フェスティバルの旗揚げとして、9月6日より、デザインミュージアムで「サウンド・イン・マインド」という作品展が催され、これまでの僕の作品群が一堂に展示されています。ちなみに、先ほど、述べた「Acid Brexit」は、デザインミュージアムのパーマネントコレクションに加えられました。

▲ロンドン、デザインミュージアムでの「サウンド・イン・マインド」。会期は2020年2月2日まで ©Felix Speller

また、9月28日よりマーゲートのターナー・コンテンポラリーで、「ザ・ウエルカム・コーラス」というインスタレーションをします。マーゲートは、ロンドン市内から電車で1時間半ほどのところにあるビーチリゾートですが、ロンドン市内の地価が高騰した結果、多くの人が移り住むようになりました。先住の人たちと新興住民の隔たりを、アートでつなごうというのがターナー・コンテンポラリーの設立意図ですが、僕も作品を通じて貢献したいと思いました。AIを駆使して、マーゲートに住む人たちの声を拾い、最終的にはそれをひとつの音楽にして、地元のコーラスグループに歌ってもらおうという試みです。

▲マーゲイト、ターナー・コンテンポラリー「ザ・ウエルカム・コーラス」は2019年9月28日〜2020年1月12日まで

ほかに、スコットランドのグラスゴーや、米国のダラスでも個展を開きますが、冬には東京・銀座のとあるショーウィンドウでインスタレーションを展開します。まだ内容は秘密ですが、これを機に私の活動を日本の人にも知ってもらえたら嬉しいですね。End

▲グラスゴー、ザ・ライトハウス「ファニチャー・ミュージック」。2019年10月5日〜2020年1月6日まで ©Corey Bartle-Sanderson

スズキユウリ/1980年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)ではデザイン・プロダクト学科で修士取得。音とエクスペリエンスをデザインするアーティストとして、インスタレーションからインタラクション、プロダクトと多彩な活動で知られる。デザインマイアミでは、デザイン・オブ・ザ・フューチャー受賞。MoMA、テートギャラリーなど、世界の名だたるミュージアムやフェスティバルで作品を発表。2018年にはペンタグラムのパートナーに就任。現在ロンドンで活動中。
http://yurisuzuki.com