LIXILが「間の間」で軽やかに切り開く
これからの住まいにおけるアドバンスデザイン

世界的企業は今、デザインと経営を結びつけて、デザイン思考から変革を生みだそうとしている。LIXILもその戦略を進め、この数年間、デザインを強化してきた企業である。2019年3月、世界3大デザイン賞のひとつである「iF DESIGN AWARD 2019」において、TOSTEMやINAXを含む5ブランドから17商品が受賞したことも、成果の一端といえるだろう。

また今秋、LIXILとして初めて「DESIGNART TOKYO」に参加し、「間の間(あいだのま)」という展覧会を行うことでも注目されている。同展の狙いやデザインへの取り組みについて、LIXIL Housing Technology Japan デザインセンターのセンター長である羽賀豊さんらに語っていただいた。

▲左よりデザインセンターの和田明日香さん、羽賀豊さん、蒲原充さん。

成熟した住まいの市場を感性価値でとらえ直す

――これからの住まいにおけるアドバンスデザインとして、10月17日(木)から20日(日)まで「DESIGNART TOKYO 2019 間の間(あいだのま)」展が開催されます(代官山のT-SITE GARDEN GALLERY)。禅問答のようなタイトルも気になります。まず、先行開発のデザイン(アドバンスデザイン)を発表することに至った経緯などをお教えください。

▲「間の間」展

羽賀 豊(デザインセンター センター長) 確かに、広告戦略のイメージとは異なるタイトルかもしれませんね(笑)。デザインセンターでは、10年先の先行的なもの、数年先、今年発表するものという複数の時間軸でコンセプトワークやデザイン開発をしています。

今回は先行のコンセプトワークのいくつかを対外的には初めて発表し、皆さまから寄せられるご意見に耳を傾けようという意図でDESIGNARTに参加することとなりました。その詳細は担当した和田から後ほど説明してもらいます。

LIXILは、2015年に国内外グループ企業を水回りの「ウォーターテクノロジー事業」、住宅建材の「ハウジングテクノロジー事業」、ビル関連の「ビルディングテクノロジー事業」、キッチン関連の「キッチンテクノロジー事業」からなる4つのテクノロジー部門に分けた体制に移行しました。

その時に私たちの所属している「ハウジングテクノロジー事業」のデザインを統括するデザインセンターとして独立し、ハウジングテクノロジー事業トップの直下に置かれることになりました。

それまではそれぞれインハウスのデザイン部門はありましたが、決定のプロセスや責任が明確ではなかったり、デザイン全体を統括した活動ができていなかったりといった課題があったからです。

――デザインを統括し、経営と結びつけていくという戦略であり、デザインから改革を生んでいこうという発想ですね。

羽賀 ある調査では、世界的にデザインを重視している企業の企業価値はそうでない企業の2倍以上の評価の差があるという結果が出ています。企業の中におけるデザインの意味や役割は変わってきており、近年、より重要になっています。

企業にとって技術というものは生命線ですが、デザインはその技術と同じぐらいの価値があると私は考えています。技術は競争力をもたらし、よりよい製品を生み出し、よりよい暮らしをもたらすことでブランドイメージを高めますが、デザインにも同じことが期待できるからです。

また、よいデザインは自社商品への愛着や自信ももたらします。もちろん、そこに技術力や企画力がないと、よいデザインにはなりえません。

――よいデザインがある環境からは、さらによりよい商品が生まれてくるという、好循環のスパイラルも生じますね。

羽賀 それもデザインに期待できることのひとつです。LIXILの使命はお客さまの、良い暮らしにつながる「絆」をつくる「Link to Good Living」です。それは快適な住生活の未来に貢献することを意味します。

LIXILは総合住宅設備・建材を製造する企業グループで、住まいに関するほとんどすべての商品を持っていますので、貢献できる部分がたくさんあります。単品で優れたものを提供するだけでなく、それぞれが掛け合わせて総合的な完成形を提供することができるのです。

一方、住宅は歴史も長く、市場はすでに成熟しています。成熟したカテゴリーであればあるほど、機能価値を高めていくだけではなく、感性価値を深掘りしていくことが求められると考えました。

気配をつなぎ、臨機応変な空間をデザインする

――感性価値を探求したコンセプトワークなのですね。3つのコンセプトモデルが発表されていますが、どのようにしてつくられたのでしょうか。

和田 明日香(デザインセンター デザイナー) 先行のデザインを考えるにあたり、まず、弊社の現行の製品を分析することからスタートしました。

昨年11月に発表した「フェンスAA」は、アルミ製ですが、天然木のような風合いに仕上げてあり、木の表現力も高く、好評をいただいています。ここまで表現力をあげられたのならば、次のフェーズはどうなるだろうかと考えました。

日本は戦後、人口が爆発的に増える中、個別に住まいを与えていくために、空間をフェンスや壁で仕切ってきました。合理的ではありますが、それによって失われたものもあります。例えば、竹垣がそのひとつです。竹垣は、現代社会で求められるような機能はありません。向こう側が見えるし、防犯性も高くない。でも気配をつなぎながら、空間を仕切ります。あるいは障子は、陰影を感じながら家の内と外を気配でつなぎます。こうした空間における響きが昔の住まいにはありました。この考えをアドバンスのデザインに落とし込みたいという発想で取り組みました。

障子や竹垣を新たにつくろうというのではありません。その良さを入れ込みたいというのが、今回の展示の主旨です。

――なるほど、だから空間の気配をつなぐ、間と間をつなぐということでの間(あいだ)の「間」(ま)なのですね。

和田 そこにあることによって向こう側の気配を感じる透け感や、光が投影されたときに影が美しく落ちるといった、それによって得られる効果に重点を置きました。

モデルは3点で、「kasanari」は、庇のような位置づけですが、空とその下を明確に区切ったり遮ったりするのではなく、空や光の陰影を感じられるような新しい関係性をもたらすものとして提案しています。

▲メッシュの花びらが光を通す「kasanari」。素材は樹脂と金属で、熱可塑加工で立体的にし、グラデーションをつけたり、模様を入れたりなどして、表情豊かに仕上げている。

フレーム状の「fukumi」は、植栽との絡みを楽しむ提案で、「yuragi」は、ファサードに置き、外と内をつなぎながら、その陰や変化を楽しむことができます。社内で試作し、社外のビルダーの方にも見ていただき、発売前ではありますが、テストケースとして関連物件にも納めています。

▲細いカーボンの糸が重なる「yuragi」。仕切ることに特化させるため、視界を遮る柱を廃した構造にした。

日本の建築様式は平安時代の寝殿造りから始まりますが、大きながらんどうの建物の中に屏風などで空間を仕切っていました。それが日本の文化に息づいていました。レンガを積み上げて間取りを固定する欧州の建築とは発想が異なります。臨機応変な空間の仕切り方は日本に根付いたものであり、今回のデザインにもその考え方が入っています。

羽賀 フェンスや塀はこれまで機能を優先して開発されており、デザインの観点ではまだまだ十分には考えられていないと感じます。

竹垣は、防犯、目隠し、風を防ぐといった機能でとらえるとさしたる機能性はもたないのに、そこにあるとないとを比較すると、ある方がいい。竹垣で仕切られた双方の空間が響き合い、相互作用するからです。

▲「yuragi」の試作品。小さなサイズでスタディを重ね、1〜2メートルの大きさまで制作可能か検討した。

その効果を現代に焼き直して、現代の住宅にあうものを現代のテクノロジーで表現できないか検討した結果、この3点が生まれました。

カーボンの新たな用法で軽やかにファサードを彩る

和田 庇は、雨という不快なものを避ける機能があります。それはマイナスだったのをゼロにするものです。このデザインは晴れているときに、その下に入ると、日差しを避けるというのではなく、心地よい体験ができる、ゼロがプラスになるように発想したものです。

――住設メーカーのつくるものは、強固で重いものというイメージがありますが、この3点はどれもかなり軽いのにまず驚きます。「yuragi」は女性でも持ち上げられる重さです。

蒲原 充(デザインセンター デザインディレクター) 住宅の窓やドア、壁など、実際に強固で重いものが多いですが、こうした覆い隠す機能だけではないものも私たちは考えています。

先ほどの「フェンスAA」もそうですが、既存のフェンスでさえも、光や風を感じられたり、少し不均質な隙間があるなど、ニュアンスがある方が好まれる傾向がみてとれます。

これからは隠すことができればよいという方向ではなくなっていくと考えます。エモーショナルなものも住宅には必要なのです。

――皆が隠すと閉じた空間になってしまいますね。互いの景色を借景として借りながら美しく見せ合うという関係性は理想的です。

和田 コンクリートブロックで隣家との境を区切ることがありますが、その際は自分の家の方だけを塗装して隣家は塗装しません。そこに表裏が生まれてしまいます。

裏表があるよりは、両方見えたほうが、空間も、人間関係も気持ちよいのではないでしょうか。

羽賀 外から見えるフェンスや塀は、家並みをつくり、街並み全体にも影響を及ぼします。ですから私たちメーカーはその調和を考慮して、ものづくりしていきたいと考えます。

――「kasanari」は、一見すると現代アートのオブジェのようですが、これを外に持ち出そうというのは住設メーカーならではですね。

羽賀 そう言っていただけると嬉しいですね。フェンスや壁、ファサード周りなど、まだまだ固定概念に縛られているところがあり、「こんなものでいい」という思い込みがつくり手、使い手双方にあるのが実情です。

つまり、まだまだ新しい価値を見つけていく余地がそこにあるのです。その一つとして提示したのが、今回のコンセプトワークなのです。

――今回の作品の中でも特にユニークなのが「yuragi」です。ファサードにこのようなオブジェを置くという発想自体、これまでありませんでした。まず素材について教えてください。

和田 これは細い線を巻き付けて形にしています。熱硬化する糸を最初にアルミの端材に巻いて、造形物をつくってみました。鉄などさまざまな素材で試し、最終的に、細くて強度のあるカーボンを選びました。

カーボンはアルミなどに比べてより軽く、自在性も高いのです。カーボンの量や巻き方次第でプロダクトの表情は変わってくるので、ひとつとして同じものがないのも特徴です。

▲「間の間」会場構成のシミュレーション画像。

蒲原 糸の束を樹脂で固めていますが、同じような巻き方をしていても、絡み方が一定にならないので、画一的にはならないのです。それは意図してクラフト的な趣を出した結果です。

同じものを生み出すことが技術的に困難だった時代は、均質的なものが求められましたが、今は人の手がつくりだす温かみや個性が求められています。

▲「kasanari」のディテール。複雑な形状や多彩な加工により、単調にならず、背景のようにその場に馴染むオブジェとなっている。

ここでは、自然の風景と馴染むにはどうすればよいか、どうすれば木の表情のようなニュアンスや味が出せるか、さまざまなトライを重ねました。

羽賀 カーボン自体は昔からある素材で、クルマではシート状にして用いられたりしていますが、建材には使われていませんでした。また細く巻き付けるといった使い方の事例もなかったので、大変に苦労しました。

蒲原 小さな見本をつくって、それを2メートルのサイズにできないか、和田がいろいろなメーカーに掛け合って交渉したのですが、日本では試したことがないと断られてしまい、最終的に韓国のメーカーに行き着きました。

二人で韓国に行って説明したら、理論的にはできるのではないかと言われ、可能になったのです。

デザインが見いだす可能性の種が経営層を動かす

――材料の調達から試作、会場を借りて外部に向けて発表するまで、一貫してデザイナーが関われるというのは、組織として配慮していないとできることではありません。貴重な機会だと感じます。

羽賀 デザイン部門にはさまざまな人材がおり、LIXILの前身の企業から勤務するデザイナーと新しく中途採用で入ったデザイナーがいますが、その出身はクルマ、家電、アクセサリー、雑貨、デザインハウスなど多様です。

アドバンスデザインは一歩先の開発なので、企業によってはそれ専門の人材が担っていることもあるかと思いますが、私たちは専任に任せるのではなく、全員が日常のデザインワークと並行して行っています。

アドバンスではより飛躍することを目差し、新しい素材や加工法を探しますが、日常の商品開発のサイクルがヒントをもたらすこともあれば、そこでの着眼点が日々の仕事の突破口になることもあります。

デザイナーに負荷は多くなりますが、うちではこのような体制をとっています。ですから各個人の自主性や自立性を尊重して進めています。今回は和田が中心となって進めてきました。

和田 作り方から自分で探しフローまで体感できる機会は、デザインの仕事の中でもなかなか得られることではないと思っています。そのステップを踏めたのは、貴重な経験となりました。また自主性に任せてくれるので、担当者としてはとても楽しい経験でもありました。

羽賀 アドバンスは「可能性の種」を見つけていく作業なので、作り方や安全性、耐久性、建築法規など実施面における検討はまだまだこれからしなければなりません。でもこういったとことに確かに魅力があるという、コアなところが見つかれば、それを生かして製品にしていくための具体的な検討をしていけばいい。

とにかくコアを見つけないことには話にならないので、それを生かしていくためのプロセスをとっています。

――こうしたアドバンスの発表について、経営層も理解しているのですね。

羽賀 デザイン発信で、経営層や事業部に向けての提案を定期的に行っています。デザイン部門が商品開発の最後に参加して外観を仕上げるという方法では、絶対によいデザイン、商品にはならないでしょう。

商品開発や設計が決まる前、さらには商品企画が起こる前から、デザインがさまざまな提案を行っていくことが必要なのです。

▲Photos: Aki Kaibuchi

それがアドバンスを行っている理由です。商品企画が出てきたときに、自分たちがたくさん種をもっていて、パッとそれを見せることができるように、日々挑戦しているのです。

――それがこれからの住まいの可能性を広げてくれるのですね。本日はありがとうございました。End(インタビュー・文/石黒知子)

「DESIGNART TOKYO 2019 間の間(あいだのま)」展

会期
2019年10月17日(木)~10月20日(日)
18日~20日は9:30~21:30
※20日は19:30まで開催
会場
代官山T-SITE GARDEN GALLERY
東京都渋谷区猿楽町16-15
入場料
無料