ベルギーの建築家ユニット
「アーキテクテン・デ・ヴィルダー・ヴィンク・タユー」インタビュー。
思考のプロセスを可視化する建築展

東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間では、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で銀獅子賞を受賞するなど世界中から注目を集めるベルギーの建築家ユニット「アーキテクテン・デ・ヴィルダー・ヴィンク・タユー」(以下ADVVT)のアジア初となる個展「ヴァリエテ/アーキテクチャー/ディザイア」が開催中だ。

コンテクストに対する深い洞察力、そこから生まれる斬新なコンセプトに、職人やクライアントとの協働によって育まれるクラフツマンシップが融合し、独自の表現を構築している彼らの建築を理解する貴重な機会だ。本展の注目すべき点は、単なる作品展ではなく、東京工業大学の学生たちとのワークショップを通じて生み出された点にある。ベルギーと日本という双方向のコンテクストから、ADVVTの建築的エッセンスを可視化するとともに、東京という場のポテンシャルを引き出していることも興味深い。開催にあたって来日した共同主催者のヤン・デ・ヴィルダー氏とヨー・タユー氏に、展示の意図、そして建築への向き合い方について話を聞いた。

▲ヤン・デ・ヴィルダー氏(左)とヨー・タユー氏(右) Photos by Shinichi Kawakatsu

ーー展覧会には東京工業大学の学生たちと実施したワークショップの成果が展示されています。あなた方の作品を紹介するだけでなく、このような方法を採用したのはどのような理由なのでしょうか?

ヨー・タユー まずどのように展覧会の準備を始めたかをお話しします。私たちはこの10年間に携わったプロジェクトの中から、異なるコンテクストの住宅を11件選び、その模型を日本に持ち込みました。そこから学生たちとの共同作業を始めました。最初に試みたのは学生たちが私たちのプロジェクトを理解するため、建築のキーとなるエレメントを見出し、それを模型化するということでした。私たちはこれを「エッセンス模型」と呼んでいます。次に、複数の日本人建築家が手がけた11の住宅を選び、それぞれの敷地や状況にこのエッセンス模型を適用した住宅を設計しました。学生たちはエッセンス模型をベースとしつつ、それを再解釈することによって、新しいプロジェクトを立ち上げていったのです。

▲エッセンス模型の一例

ーー展示されているものの多くは、学生たちによるものということでしょうか。

ヨー そうですね。なので特殊な展覧会になったと思います。私たちが設計した住宅の最終形ではなく、実際に行われたコラボレーション、日本とベルギーの文脈のオーバーラップを展示しています。それは、私たちが普段取り組んでいる教育や仕事での関係性を持ち込んだとも言えます。

ヤン・デ・ヴィルダー せっかくTOTOギャラリー・間に招待されたので、特別なことがしたいと思いました。なのでお互いの文化を知ること、学ぶことは、作品を紹介することと同じくらい重要でした。完成した建築の模型や図面を提示するのは簡単です。それは素晴らしいことですが、学生たちと接していると、もうそんな時代ではないと理解するようにりました。これまでとは異なるプレゼンテーションの方法をいかに生み出すか。もちろん今回の展示は11件の住宅についての展示ですが、私たちが重視したのはプロセスのプレゼンテーションを発見し、それをどのように伝えるかでした。

ーー学生たちとの相互作用を見せることが重要だったのでしょうか。

ヤン ベルギーという遠いところからやって来て、自分たちの作品を見せびらかすというようなことはしたくありませんでした(笑)。私たちはここに来て、ワークショップを行い、互いに学びました。コンテクストを知り、文化を理解することが、本当に必要だと思います。持続可能性に関する議論においても、異なる視点を獲得し、影響を与え合う文化的側面を探究する重要性を理解すべきだと思います。

▲ADVVTの住宅と日本の住宅、それぞれの分析がドローイングで示されている

ーーこの場所でしか成り立たない展示というものの可能性を模索されたのですね。

ヤン もう少し詳しく説明すると、会場で模型を置いた木製ボックスは、今後、世界中を旅します。模型はデンマーク、イスタンブール、ロンドンなどに移動し、東京と同じような学生ワークショップを実施する予定なのです。また、今回は展示壁の後ろのスペースも使っています。すでに壁をつくり変える作業が進んでいましたが、作業を止めるようにお願いしました。塗り直したところもありますが、中山英之さんの素敵なラインも残っています。結果的に作品写真のスライドショーを写すモニター展示に面白い効果が生まれました。モニターが壁の背後にある亡霊のようで、来場者はそれを探すように鑑賞するという具合です。同時に建物の構造体がわずかに見えるようにしていますが、そうした操作は私たちがよく使う方法です。

▲壁の裏側のスペースとモニター

ーーなるほど。会場構成の中にADVVTの手がけてきた建築空間を感じることができるのですね。

ヨー そうですね。模型も一種のプロセスであって、プレゼンテーション用の表現や設計上の資料ではありません。教えること、そして模型をつくること、それはものごとを理解するために重要だと信じています。模型をつくることのある種の遅さは、必要なアイデアをもたらしてくれます。時間をかけながら選択しないといけないですからね。また、相互の関係について理解しなければなりません。材料、プロポーション、空間性など。それらがすべて模型の中で統合されます。模型をつくるということはコミュニケーションであり、ものごとを変化させ、反応を生みます。それは、思考することと同じです。

▲3階展示風景

ーーワークショップを通じた交流の中で、おふたりにとってどのような発見がありましたか?

ヨー 建築について話すこと、建築をつくること、その両面で多くの共通項が見出せましたね。日本と同じくベルギーにも戸建住宅を建てる文化があります。私の理解では日本では敷地が徐々に細分化し、結果としてコンパクトな住宅が重要なトピックになっていますが、それはベルギーでも同じです。

ヤン ワークショップは日本建築を理解するのにとても有益なものでした。日本における暮らしの文化や伝統は、長い歴史のなかで培われたたものですが、それは今日においても不可欠なものだと思います。特にどのように家に住むかという考えにおいて卓越していますね。私にとって日本建築というのは生き方であり、暮らしそのものだと理解しています。例えば日本の浴室は機能である以上に入浴という行為の定義だと思います。こうした会話によって、日常を楽しむための小さな差異について話せたのがワークショップを成功に導いたと思います。

▲4階展示風景

ーー言うなれば今回の展示はプロジェクトの広義のリノベーションだと思います。リノベーションに向き合ううえで重要なことはなんでしょうか。

ヤン 世界は常に変化しているので、今あるものを無視し、常に新しいものを生み出すという考えも理解できます。けれども私たちはそろそろ違った考え方をするべきだと思います。それは、私たちが今、何を所持しているかを理解し、それを資源とみなすという考え方です。これは昨今の環境問題についての取り組みに反するものではなく、手元の資源を理解したうえで根本的な再スタートを切ろうということです。今日の建築的なトピックは、資源としてコンテクストを扱うことだとも言えます。

ヨー 既存の建物には多くの制限があり、その制限がきっかけでプロジェクトは前に進みます。こうした要素がプロジェクトをガイドしてくれます。だからこそ、つくり方やプロセスを毎回変化させることが重要だと思っています。

ーー建築に向き合うなかでのさまざまな出会いの可能性を大事にされているのですね。工事をスタートさせるとき、設計は言うなれば未完成の状態ということでしょうか。

ヨー 確かに改修プロジェクトでは、解体し、要素に分解することで初めて考慮すべきトピックが見つかることがあります。しかし、後から変更する可能性を与えるためにこそ、しっかりと設計しておく必要があります。設計することで建築を理解し、変更可能性の限界を知ることができます。そうして初めて工事のなかでプロセスを変化させることができます。

ヤン 建築は手順どおりにつくるものというよりも、ときに複数のことが同時に起こるようなものです。当初の意図を超越し、互いに変化を引き起こす。そのためにもしっかりと見ること、観察することが必要です。特に建築を設計するうえで、観察は素晴らしい力をあなたに与えてくれます。全く新しい方法でものごとを結びつけてくれるからです。

▲4階展示風景

ーーお聞きしていると建築とは常に変化する運動のようなものだと感じました。実際ADVVTの建築において完成という考えはあるのでしょうか?

ヨー 重要なのは、工事が終わったときが最後のステップではないということです。まさにその瞬間に建築はスタートします。引越し前に写真を撮ることではなく、そこで暮らす人がどのように自分の居場所を発見できるかが大切です。暮らすということは、その場所を快適だと感じることではないでしょうか。そしてこの最後のステップは、次の展開につながります。それが私たち建築家がよい仕事をしなければならない理由ですね。

ーー最後に日本に来て期待していたことはありますか。

ヨー 日本人がいかに高い精度でものを扱っているかを知りたいと思っていました。それは、そのものをよりよく理解するためだということです。ものごとに時間を与えるという考えが興味深かったです。

ヤン ひじょうに高い精度で他の文化を吸収する能力こそ日本の文化だと信じています。吸収すると同時に別のものに変化させる。その力はひじょうに強力です。食事の作法から一緒に仕事をする方法まで、私にとってどれも大変魅力的でした。End

▲会場にてヤン氏とヨー氏

アーキテクテン・デ・ヴィルダー・ヴィンク・タユー展 ヴァリエテ/アーキテクチャー/ディザイア

会期
2019年9月13日(金)~11月24日(日)11:00~18:00
休館日
月曜・祝日 ただし11月3日(日祝)、11月23日(土祝)は開館
会場
TOTOギャラリー・間(〒107-0062 東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F)
詳細
https://jp.toto.com/gallerma/ex190913/index.htm